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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
壱蠱 知らぬが一夜の過ち
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夜を知らねば平和な事で

 気にしすぎかもしれないが、俺達が夜間外出をした事でこの集会は開かれたのではないか。

 

 結論から言うと、分からない。


 全校集会が突発的に行われるのは間々ある事だ。何処かの部活が賞を取ったから表彰するとか、そんな理由でも開かれる。体育祭や文化祭前の注意喚起としてもこれは執り行われる。だから何が原因かなんて分からない。校長先生の話題で推測するしかないのだ。

「ん~だり~っすねー」

「何で朝なんだろうな」

「それ以外にやる時間ないからっしょ。は~ほんと」

 喜平は当たり前だが乗り気ではない。というかこれが乗り気な生徒は希少種だ。先生の話は少しも面白くないし、おあとがよろしくても俺達はよろしかった試しがない。立っているのさえ辛い、怠い、面倒くさい。何故こんな物があるのか理解に苦しむ。

「校歌斉唱~!」

 何より一番しんどいのは、これだ。四番まである癖に一番と四番しか歌わない奴。それならこれに何の意味があるのだ。こんな物何百回歌ったところで学校に対する誇りとか忠義心とか好感度が上がる訳ではない。そもそもそこまで名門の学校なら俺は入学出来てない。

 そんな事情もあって、一年もすると野球部以外はまず誰も歌わなくなる。俺も歌わないつもりで、今まではそれが罷り通ってきたが、一番を謳い終わった所で生徒指導の先生が壇上に上がり、マイクに向かって叫んだ。

「野球部に任せんじゃねえ! これは全員で! 歌う物なんだよ!」

 

 音割れもいとわない怒声に何人かの生徒が耳を塞いだ。少し間をおいて、やたらと騒がしくなる。何故今日はそんなに機嫌が悪いのか、と。疑問に思う声がちらほらと。俺達のクラスは担任がそういった声を宥め、やんわりと「もう一度歌えよー」なんて言ってくる。


『私の努力ですー。そんな事より日方君。今日は大声を出さない方が良いよ』

『録音機、持ってる人が居たから』


 凛の忠告が脳裏を過る。

 ただ従えば良いという物でもない。どうやって全員を確認しているかにもよるが、細かく全員を確認出来るなら―――例えば凛、澪雨、俺の三人だけが声を出していなかった場合。それで逆に特定されてしまう。

 録音機の性能がどんなに良くても歌いさえすれば他の人の声も混じって分からない……という考え方もある。また、歌わない生徒が絞られた場合、指導という名目で個別に話をしてしまえばそこでもう声は録りたい放題だ。何故、誰が録音機を持っているかなんて分からないが、もしも先生の中にいるならその声は簡単に照合出来るだろう。

「…………クソ」

 絶対にリスクを回避できる方法は存在しない。録音機を持っている人間との読み合いだ。間違えば特定される。間違わなければ……一先ず大丈夫。



「あーさーひうーけーて――――――!」



 合唱という点を考慮した結果、俺は裏声でわざと女子の声に混じる事にした。これはわざとやろうとしなくても音楽に通じていない男子なら誰でも起こりうる事だ。基本的に人間の耳は高い声を優先して拾うので、男子の低い声は封殺されやすい。そのせいで歌おうとするとどうしても女子の声に合わさってしまう。それを嫌がって歌うと、今度は一人だけ音程を外す。

 無理のない偽装だ。去年の文化祭でも俺はやらかしている。他のクラスメイトも俺をあざ笑える程真面目にやっていないので、誰もこれについて突っ込む者はいない。担任の先生がうろちょろと列の外周を回っているのは、口の動きを見ているからだろう。

 彼が録音機を持っているかは知らないが、その方法になら抗える”


 校歌斉唱が終わる。生徒指導も今度は出しゃばらず、スムーズに校長先生の話に移行した。












  













 俺にしては珍しく、一言一句を逃さないで話を聞いたが、面白くもなければ危機感さえない。これから雨が多くなってくるから傘の準備をしようだの、暑いから水分補給をしようだの、夏に体調を崩すのはよくある事で、それには予防が……だの。まあ聞く価値がないテンプレートな注意喚起だ。いつも言われている事。大体話題に上がる事。

 本当に、心の底から肩透かしを食らった。ホッとした半面、気にし過ぎだったかどうかは少々疑問が残る。何故今更校歌斉唱なんかで怒られなくてはいけないのか。今までは見逃されていたのに。

「はぁ~もう帰らせてくんねえかな」

「帰ってゲーム。これが一番っしょー。いやー眠いっすわ」

 左雲とは距離が遠いので、喜平と話しながら体育館を後にする。その入り口で、何人かの先生が待ち構えていた。

「林山。ちょっとこっち来い」


「え?」


 そんな感じで、クラスメイトの一人が呼び出される。他の先生も自分の管理する生徒を呼び出しているようだった。頭髪や服装検査を行うのは今に始まった事ではないが、それは流れでの注意が殆どで、一度生徒を離して注意するなんて、前例がないような気もする。


 ―――もう何でも怪しく見えるな。


 駄目だ。疑ってかかると全てが怪しく見えてしまう。どうしても、気が休まる時がない。悪いのは凛だ。誰が持っているかくらいは教えてほしかった。何故あんな曖昧な言い方をしたのか。後で問いただしてやろう。

「うちってあんなに検査きびかったっけか?」

「ん~知らん…………ゲーム持ってきてたらやばかったっすな~」

「お前……今日もか?」

「いや今日は眠いしー。朝何となく嫌な予感がしたんすよねー。ゲーマーの勘って奴かねえ」

「…………」

 体育館を出る際には靴を履き替える必要がある。上履きに足を入れるのにもたついていると、同級生と駄弁る凛が肩を通り過ぎた。その服装は印刷室で会った時と変わらず乱れている。ワイシャツを着ている点はどうやって誤魔化したのだろうか。


 ―――え、


 凛が素通りしているという事は、服装検査ではない。スカートだって持ち上げているし、そもそも俺のワイシャツだし。服装の是非を問うなら確実に引っかかる筈だ。やはり杞憂では済まされないかもしれない。

「どしたん? 早く行こうや」

「……ああ」

 体育館を抜けて、自分の教室へと戻る。

 一時限は少々開始が遅れるらしく、束の間の休憩時間に、俺は自分の席で考えを纏めていた。表向きは暇なので勝手に迷路を作って遊んでいる様に見せている。


 ―――まずは登校直後から今に至るまでが杞憂だったかどうかだが。


 多分、杞憂ではない。放課後まで、俺は何度も同じ心配をするだろう。偶然がここまで連続するならそこには何かしらの意図がある。俺に求められるのは、いつも通りを過ごす事だけだ。それには出来るだけあの二人と会話している必要がある。今日はとにかく話題に乗ろう。少しでもいつも通りを演じれば……

 演じる?

 俺は夜に外出をしただけだ。する前と後でどうしてここまで変わらないといけない。別に特別な事ではないだろう。外出は移動手段があるなら誰にだって出来る。自分の足でも車椅子でも、それこそ這ってでも。

 気負う必要はない。それはむしろぼろを出しかねない。大丈夫だ、何の問題もない。俺はいつも通り、ゲームの話をするだけ。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。


「はーいではお待たせしました。授業を始めまーす」


 一時限目は国語だ。教科担任が入ってきて、挨拶をスキップして授業に入る。






 林山は、遂に戻ってはこなかった。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通にホラーじゃないですか… [一言] 歌ってなかったのかな?
[一言] ラブ、、こめ、、、?ホラー、、?
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