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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
壱蠱 知らぬが一夜の過ち
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動き出す日常(ふおんのく)

「何、その傷……痣?」

「うーん分からないなあ。ヘッドホンが絡まったとかじゃないか?」

「ヘッドホンって……どんなつけ方したらこうなるんだ!」

「知らないよ。今日は寝相悪い日だったんだって。ほら、別になんもないだろ。俺は大丈夫だって。ご飯だってこんなに食べてるじゃないか!」

 あんな傷は、いつ付いたのだろう。

 昨日の夜に心当たりがあるならまだ良かったが、首に何かされた記憶はない。俺の記憶が確かなら……というか、三、四時間くらいしか寝ていないので確かでない訳がない。凛や澪雨と話している時からこんな痕跡はなかった。流石にあれば教えてくれただろう。だからこれは、俺が眠っている間に何故か付いた事になる。

 ご飯と卵焼きと味噌汁だけの簡単な朝食を済ませ(うちの食卓は栄養の事などあまり気にしていない)、自分の部屋に戻る。まあそれなりに急がないと普通に遅刻をする。部屋の扉を閉めてワイシャツに着替えていると、ふと携帯が気になって、スリープを解除してしまった。

 画像フォルダには、俺が握ったらしい唯一の弱みが保存されている。


「…………昨日の俺は、どうかしてたな」


 わざわざ口に出さないといけないくらい、罪悪感が凄い。そしてこの写真を脅しに使う事は……どうだろう。ないかもしれない。罪悪感と背徳は紙一重。ややもすれば青春のない俺にとってこれは一生の宝物になる。

 何となく親に見つかるのが嫌で、グラビアアイドルの本なんかは手にしてこなかったが、これは大丈夫だ。何も邪な事などない。



 俺が一方的に肩を組んで、二人にはダブルピースしてもらっているだけだなのだから。



 若干俯瞰気味に撮っただけ。胸が出るギリギリまでボタンを外してもらっているお陰で二人の谷間がもろに見えているが、これは本人の身体的特徴だ。別にエロさとか微塵も追及していない。何もない。なんてことない。邪なんてありえない。

 あまりにも素晴らしい構図に思わず携帯の待ち受けにしてしまう所だが、そんな迂闊な真似はしない。これは弱み。そう弱みだ。だから誰にも明かしてはならない。大切に保管しよう。画像フォルダへのアクセス履歴を消去して、今度こそ準備を完了。窓からではなく玄関から、外へ出た。


 良い日差しだ。


 風も気分よく吹いている。数時間前の気持ち悪い空気は太陽の光が焼却してくれたようだ。夏だし日も出ているから暑いは暑いが、この暑さなら全然水分補給程度でやっていける。身体に不調をきたすような気持ち悪さは何処にもなく、むしろカラッとしていた。

「ふぁ~ああああ~」

 単純に眠い。寝てない自慢とかではなくて、睡眠不足だ。後はゲーム三昧だから体力が落ちているのもある。心身共に体力が削られているせいで判断能力も鈍っているようだ。信号が赤である事に気づくのに三秒かかっている。この分だと、夜とか関係なしに事故に巻き込まれて死ぬだろう。こういう時には水が有効とされるが、目自体は覚めているのであまり効果は見込めない。単に冷たいだけで、その冷たさもここまで意識がノロマだとあまり感じない筈だ。


 ―――二人は上手く誤魔化せたのか?


 凛はどうにかこうにか出来たとしても、澪雨が心配だ。信号が青になったので歩き出す。時間帯的には社会人の通勤とも噛み合っており、この信号も俺だけを塞ぐ障害物にはなり得ない。道行く大人が俺の隣を通り過ぎていく――――――。

「…………?」

 一人、二人、三人、四人。


 五人、六人。七人。


 

 大人達は俺を気に留める事なく通り過ぎていく。何てことのない瞬間だが、この気温で柄にもなく鳥肌が立ってしまった。

 少し、気にし過ぎかもしれない。ホラーゲームも斯くやと思われるような目に遭って少々過敏になっているだけだ。首の痣はワイシャツの襟を閉じて誤魔化している。多少暑いが、これが何かの間違いで夜間外出の手がかりになるかもしれない。もしもそれが努力義務でないのなら、バレるのは非常に不味い事になりそうだ。

 学校に到着するまでの道中、ここまで気が休まらなかったのは初めてだ。校門を通り過ぎるだけでも落ち着かない。そわそわする。これも自分のクラスに戻れば、落ち着くだろう。早く行かなければ。行って、喜平や長幸と駄弁っていれば元の自分に戻れる。


「あーーー! ユーシン、おっは~!」


「ひっ……!」

  

 声を掛けられただけだが、条件反射は存在する。驚いて振り向くと、昨日とは似ても似つかぬ口調の凛が俺に話しかけてきた。目つきの悪さは微妙に変わらずだが、ギャルっぽくはなっている。

「お、おはよう」

「悪いんだけど~。ちょっと用事に付き合ってくれない?」

「用事?」

「ん~ノートを貸してほしいんだよねー」


「リンの彼氏?」

「彼氏なんか居たの!?」


「いんや~違うよー。単なる友達ー。ノートが綺麗なんだー」

 その試しはないが、理由は何でもいいのだろう。昇降口で一度別れてから再合流、印刷室まで強引に連れていかれると、念入りに扉を閉めて、本来禁止とされる施錠を行った。

「……お前、サラシでも巻いてるのか? なんか胸がちいさ」

「私の努力ですー。そんな事より日方君。今日は大声を出さない方が良いよ」

「は、何で?」



「……録音機、持ってる人が居たから」



 凛は有無を言わさず鞄から紐に括られた小袋を握り締めると、俺のポケットに突っ込んだ。足早に去っていこうとする彼女を慌てて声で制止する。

「おい! ちょっと説明不足が―――」

「今日一日は、私にも澪雨様にも話しかけませんよう。とにかく、ご自身の身を一番に考えてください。これは澪雨様にもお伝えしてあります」

「は? は? は!?」

「また夜に、お会いしましょう」

 施錠を解いた凛は、パタパタと階段の方へ向かっていく。彼女は何かを知っているようだ。それも澪雨とは個別で。或いは今朝に何かを見てしまった。録音機を持っている人が居たからなんだという話は、夜にならないと解決しなさそうだ。


 ―――何だったんだよ。



 少し時間を置いてから印刷室を出る。誰も俺を不審には思っていない。その場を離れるように階段を上って教室に飛び込むと、長幸と喜平が既に会話で盛り上がっていた。彼等だけは何の変わりもないいつもの風景。俺にとっての日常だ。

 自分の机に鞄を置くと、食い気味に二人の会話へと割り込んだ。

「よう。おはよう」

「おー課題は終わったか?」

「それともゲームやりたすぎてサボった系?」

「や、ちゃんと終わらせたよ。いつまでも引っ張ってたら普通に怒られるしな」

 会話の合間を縫って澪雨を見やると、心なしか元気がないようにも見える。誰とも交流していないからだろうか。ブレザーで誤魔化せされてはいるが、下はちゃんと俺のワイシャツだった。

「お、じゃあ今度こそゲームすっか! 今日、な?」

「俺はいつでもウェルカムだ。昨日とか、お前が欲しかったよホント。すげーレアドロしてたのに」

「昨日はRPGでもやってたのか? うーん……あ、すまん。ちょっと勉強のせいで寝不足でな。いけるいける。今日はやろうぜ」

 二日連続で断るのは気まずいが、それ以上に怪しまれる。直前で外出についての是非を問うた俺のせいだ。ここで断ってしまったら、二人には俺が外出をしているかもしれない可能性について突っ込まれる可能性が非常に高い。

 だから断るのは不可能だ。夜間外出禁止は、どうも努力義務ではない可能性が俺の目線から見ても高くなってきた。破ったらどうなるか想像もつかないが、知らぬが仏だ。破ったことさえバレなければ今までの生活が保障される。



 そういう認識で、いいだろう。



 HRを知らせる鐘が鳴り、担任が入ってきた。逃げるように自分の席へ戻り、挨拶を済ませる。

「あー。だるいとおもうが今日は全校集会になった。一時限の前に全員体育館へ移動してくれ」



 ―――気にしすぎ、何だよな。



 確認する度、不安になっている。

 不安になる度、確認している。





 本当に、バレていないのだろうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 黒幕系彼女から流れてきました! 恐怖心を煽るような描写がすごくて引き込まれます! [一言] 誰が録音機持ってたとか関係あるのかな
[一言] 盛り上がってきましたね。
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