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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
壱蠱 知らぬが一夜の過ち
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きっかけは闇色の匂い

「はあ、はあ、はあ…………」

「もう無理! もう駄目…………追ってきてないよね?」

「だ、大丈夫だろ……」

 追跡者はいない。流れからしてももう一度あそこに行くのは危険すぎるので解散が妥当だったが、何故か二人共俺の家にやってきてしまった。俺自身も、家に帰るつもりはなかった。まずは公園まで戻って、それから行動を考えようというつもりだったのに、なぜか家に戻っている。

「ひ、日方君。ちょっと、休ませてもらえる?」

「……窓から入ってくれよ」

「手伝ってよ。一人じゃ入れない」

「……は?」

「上から手、引っ張って」

「すみません。私もお願いします」

「…………普通に壁踏んで上がれよ」


「そんなお転婆な事、出来ませんわ」

 

 成程。

 所で俺達はさっきまで何をしていたのだろう。暗闇に紛れて逃げおおせた事に余裕が生まれたか。俺は本殿で聞いた謎の音に気を取られっぱなしで気が気でない。考えを整理する時間が必要だ。それは部屋に居た方が確実だろう。外に居る間はいつまでも不安になりそうだが、中にいればこの暑苦しい空気ともさよならだ。

「ほら、手出せよ」

「ん」

 先に澪雨を引っ張りあげて、それから凛。疲れた体に人間の体重は重すぎたが、何とかして二人を持ち上げて、部屋に招き入れた。最後に部屋主である俺が入って、窓を閉めれば夜更かしはお終いだ。遮光カーテンを引いて、他の家と同じように夜の景色を否定する。一人部屋に三人も集うと暑苦しくて仕方ないので、扇風機もつけた。

「ありがと。はあ……あっつ」

「もう少し軽装になりましょうか」

「……何か飲み物持ってくるな」

 深夜に家の中を歩き回る分には誰にも怪しまれない。普段から俺はゲーム途中で離席して冷蔵庫による事が良くある。酷い時は入浴まで済ませているので、両親とて俺が夜中にふらふらしていても、ただ冷蔵庫に行くくらいでは気にも留めない。だから万が一遭遇しても、大丈夫だ。

 この状況でジュースを飲もうとは思わない。適当に水とコップを取り出して部屋に戻ると、男子にはあまりにも刺激の強い光景が広がっていた。

「ぶはっ!」

 澪雨も凛も俺の家を何だと思っているのだろう。ブラウスを胸元が露わになる限界まで開いて、扇風機に当てていた。それで気が付いたが、二人共発育が良すぎる。澪雨に関しては水泳の授業に全く参加した経験がないので男子の誰も知らないだろう。このクソ暑い季節にブレザーを着るなんておかしな奴だなと思っていたが、まさか体型を誤魔化す為だったのか。

 凛に至っては、原理が良く分からない。サラシでも巻いていたのだろうか。開けたブラウスが突っ張ってボタンの隙間を広げ、そこからピンク色の下着が顔を覗かせている。二人に共通している事だが、その胸は正しく山となり、谷となっていた。

「おま………男子男子! 自分家かここは!」

「仕方ないじゃん。暑いんだから」

 夜更けのお嬢様は我儘だった。俺の言うことを素直に聞いてくれたのは凛だけだ。コップを二人に配って水を置くと、俺はベッドに寝転んで天井を見上げた。多分これが、視界的にも一番安全。

「…………ありがとな。お前が頭突きしてくれなかったら、捕まってたと思う。ちょっと痛いけど、まあ勉強代と思う事にする」

「その件はごめんなさい。でも日方君……なんか変な感じだったじゃん。様子がおかしかったっていうかさ」

「それは……俺も、ちょっとどうかしてた気はする」

 考えたら妙な事はある。誰も俺達の存在には気づいていなかったのに、狙いすましたように俺達が居る方向に向けて助けを求める声は、被害者にしても不自然だ。何かしら存在を感じていたなら俺達の前にやってきた奴にも助けを求めるべきだし、俺達を狙ったなら姿も分からない奴を何故狙いすましたかが分からない。

 つまり、不自然なのだ。

 興奮と緊張でそのことに頭が回らなかったとも言えるが、あの時の俺は……自分でも良く分からない。ただ、助けないとという気持ちだけが先行していた。

「…………明日、外出バレるかな」

「追われてないんだから、大丈夫じゃないの?」

「そう簡単な話ではないと思いますよー。逃げるのに際して制服を汚してしまいましたから。私なんて腰に巻いてたせいでかなり擦りました。私はブレザー置いておけばいい話ですが、澪雨様はそうも行きませんよね」

「どういう事だ?」

「帰路の間は暑かろうともちゃんと着ていないと駄目なんです。ですから私みたいに置いておくという選択肢は……」

「全然意味が分からん。澪雨の家って変なんだな。まあ、今更かもしれないが」

「もう気にしてないよ」

「いや、お前がどう思ってても俺は気になってるよ」

 寝転がったまま聞くのは失礼だろうと思い、上体を起こす。澪雨はぺたん座りのまま俺を見つめて首を傾げていた。自分には隠し事なんて無いと言わんばかりの純朴な顔だが、俺は騙されない。こんな事になるなら、もっと突っ込んで聞くべきだった。



「何でお前は夜の町に出ようと思ったんだ?」



 頭突きの慰謝料代わりに教えてくれないか、と。己の頭を指さしながら尋ねてみる。自由でありたいと彼女は言ったが、それだけでここまで割に合わない目に遭うのはごめんだ。もしかしたら命の危険に晒されるかもしれない。何となくそんな気がしている。そうなるくらいなら、学校で怒られた方がマシだ。

「…………おばあ様の真意が、知りたかったの」

「おばあ様?」

「うん。もう死んじゃったけど……おばあ様が最期に教えてくださったの。『夜には気をつけなさい』って。今まで私は、お父様やお母様に言われるがまま、規則正しく生活してきた。夜更かしとは無縁の生活を何年も続けてきた。そんな私に、おばあ様の発言は不自然だと思わない?」

「確かに……」

 夜には外に出るな、ではなく。『気をつけなさい』という発言が気になる。というか、外に出るなという意味ならは今更個人に向けて発信するべき言葉ではないだろう。それは半ば常識になっているのだから。

 つまりそこには別の意味がある。

「神社の事は何も知らなかった。ただ夜に何かあると思ったから出ようと思ったの」

「俺を選んだのは?」

「それは……七愛に聞いて?」

「え? 選んだのお前じゃないの?」

「彼女に一任したわ」

 流れは沈黙を決めていた凛へと向けられる。彼女は自分に矛先が向いた事を自覚すると、頬を染めてそっぽを向いた。

「…………たまたまですよ。たまたま」

 何を恥ずかしがる事があるのかは分からないが、試行回数というのは嘘だったらしい。写真如きで憂鬱になっていた自分が途端に馬鹿らしくなってきた。予定調和であったなら、最早諦められる。澪雨が不安そうに身を乗り出して、俺の手を握ってきた。

「ねえ、日方君。一夜だけのつもりだったけど……もう少しだけ、付き合ってくれない?」

「やだよ。俺に何のメリットもない。どうしても協力してほしいなら、何かくれよ」

 命が危ない、というのは大袈裟なのかもしれないが。いずれにせよこれからも夜に出歩くなら危険が伴う。怪我なんてしたくない。痛いのは嫌いだ。

「―――あ、そうだ。三人で写真を一枚撮ろう。それで納得する」

「え?」

「脅迫返しですか?」

「そういう事。よく考えたら俺脅迫されてこんな目に遭ったんだし、一個くらい弱みを握らせてくれよ。それでチャラにしよう」



「……分かった。いいよ。どんな写真を撮るの?」



 俺は卑怯な男だ。

 ゲームでは正々堂々を好むくせに、現実はまるで正反対。だからと言って悲観はしていない。ゲーム仲間の二人は気の良い奴らだ。だがそれはそれとして、青春が出来るならしておきたい。それがたとえ脅迫という手段に訴えていたとしても。かつての失恋を埋められるなら、俺の人生に不備なんてなかった事になる。

「最低ですねー」

「……こんなの、恥ずかしいな」

 文句は一切受け付けない。タイマーの設定された携帯が、シャッターを切った。

 

   


 

  






















 深夜まで起きて、走り回ったせいだろう。その代償は寝起きに筋肉痛として現れた。

「イタタタタ……!」

 勘違いしないで欲しいが、決してあの二人とあんな事やこんな事をして筋肉痛になった訳ではない。二人はちゃんと帰った。ブレザーはどうにもならないが、ブラウスに関しては俺のワイシャツを貸し与える事で解決した。よく見るとかなり違うが、パッと見は気付かれまい。凛には兄弟を捏造してもらって、それでやり過ごしてもらおう。澪雨は…………分からない。ブレザーで誤魔化せたら奇跡だ。

 痛いのは身体だけでなく首も痛い。寝相が悪かったのだろうか。軽く首を回してみるとゴキゴキと軽快な音が鳴った。気持ち負担が軽くなる。現在時刻は七時半。そろそろ起きないと大変だ。

「おーい。起きろ!」

 

 何故なら父親の声が煩いから。


 日方聖二ひなたせいじの声は、無駄に大きい。昔から大きかったので、寝起きに聞くと今でも心臓が驚いて、否が応でも目覚めてしまう。その時の気分がなんとも不愉快だから、早めに起きたかった。

「何だ、またゲームやってたのか? それはいいが、寝起きだけはしっかりしろよ。遅刻して反省文は嫌だろ」

「ん……ごめん」

「―――どうした? 何かあったのか?」

「え。何で?」

 父親は困惑する俺を洗面所まで連れ出し、鏡を見せつける。





 俺の首には、無数の縄で締められたような痣がくっきりと刻まれていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 体型マジックショー!? そして一体どんな写真を撮ったんでしょうね。気になります。
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