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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
三蟲 天上天下在す予言

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君の笑顔は蜃気楼

 率直に言って、俺の初恋は最悪の終わり方を迎えている。


 だからと言ってこれからの付き合いに影響が出るとは限らない。直前であれば流石に免れなくとも、俺にはサクモや喜平、椎乃とのゲーム漬けの一年が緩衝材として確かに存在している。どんな傷も軽減出来るのが時薬だ。完治ともなると非常に長い時間を要するかもしれないが、たった一年でも、刺激的で怠惰で堕落した日常は大半が有意義かつ無意味で、その空っぽさがかえって俺の心に余裕を与えてくれる。

 そうでもないと、凛と手は繋がないし、肩を密着させて歩く様な事も出来ない。

「右というのは主観的方向に過ぎず、東という意味じゃない。そういう言い方するんだったら、これを見てまだ右って言えるのかな」

「………………『右』、あ、いや。左か」

 人の流れに俺達は逆らっているとして、予言の影響下にあると思わしき人間が向いているのは左側の方向。誰がどう見ても明らか。盲目か、もしくは上下左右の概念を知らない人間でもないと見間違えない。いや、知らない人間はそもそも間違う事自体出来ないし、盲目は見てすらいないので何もかも正確じゃない。

 何故俺は左だと思った?

「ついていくよね」

「俺の方は大丈夫なのかな。万が一声かけられたら詰んでる気がする。声―――今までの様子だと大丈夫だと思うんだが」

「大丈夫。その時はフォローするから。予言を言ってる奴が何者なのかが分かれば、夜にすべき事も見えてくるかもよ」

「…………女の子に守られるなんて、変な気分だな」

「暴力沙汰になったら助けてくれるんでしょ。信じてるよ」

 肝心の暴力沙汰も怪我を負うのかどうか。考え物だが。ともかく凛の強い希望もあって、俺達は密かに流れへ乗って、予言の行き着く先とやらを確かめる運びとなった。ついていくと言っても予言はハーメルンの笛吹きよろしくそのテレパシー染みた力で人々を集めている訳ではないだろう。影響はもっと別口……例えば行き交う人に話しかけてほんの少しの頼みを聞かせる―――もとい、予言に従わせる。その筈だ。

 では何故予言の影響を受けた人間が声の聞こえる方向を向きながら歩くのかと言えば、それこそ彼らが完全に狂気には染まっていない証拠だろう。この世に神は居るのか居ないのか。それに答えが出る日は来たり来なかったりするとして、信ずるならば神に祈るだろう。しかし神の所在が不明瞭な物だから、ともかく人々は偶像に祈りを捧げる。神を象ったモノ、神の代理としてそれらは存在し、人々はそれに祈りを捧げる。

 偶像崇拝のない宗教はさておき、もしも地上において特定の方向から大変ご利益のある予言が聞こえてくるなら、果たしてそいつは何者なのかと気になるのが人間だ。リスクがあっても見に行くのが人間だ。現に俺達がそういう行動を取ってしまった。それに引き換え今回は予言を信じているならおよそリスクらしいリスクが見当たらない。心優しい神みたいな何かが居るかもしれないと。その程度だ。その程度の危険性なら流石に好奇心が勝つ。

 幸い、俺達のどちらも素性は割れていない。相手は見ず知らずの老人、中年、もしくは子供。流石に赤ん坊ではない。今までの傾向からすると恐らく赤ん坊は言語が理解出来ないので予言は訪れないし、誰も従わせようとは思うまい。

「…………怪しい宗教施設とか行かないよな」

「まあ、大丈夫でしょう」

 無声音で会話をする。幸いというか予言の影響下にあるからと言ってロボットの様に無機質になる人間は見た事がない。俺達は確かに預言者(予言を受けているから多分これが正しい)ご一行に混じっているが、傍から見ればそれぞれで話し込んでいるだけの人の塊だ。全員が仲良しという訳ではない。それぞれがそれぞれの何人かと知り合いで話し込む程度で、周りは飽くまで同じ目的を持っているだけ。だから俺達も怪しまれていない。

 仮に怪しまれる事があれば弁慶よろしく白紙の予言でも凛に詠んでもらって切り抜けるしかない。十分程追跡したが、目的地はまだまだ先だ。途中で集団が少し離れてしまった。たまたま行き先が一致していただけの一般人か、もしくは予言でも下ったか。多くは斜め前方に佇むコンビニの中へと入っていく。

「入る? 嫌なら、私だけで行ってもいい」

「いや、俺も行く。昼飯の為に何か買っておきたい……流石に用意してないよな?」

「お望みとあらばすぐにでも?」

「…………じゃまあ、おやつだけ?」

 コンビニの商品であれば味は保障されているが、純粋に凛の手料理が気になるのでここはほんの少しの我慢だ。俺が食べたのはまだサンドイッチだけ。確かに美味しかったし、彼女が料理上手なのも言われれば普通に信じるくらいにはそういう雰囲気もある。だがまだだ。まだ証明が足りない。手料理とはもっと込み入った状態で評価するべき物の筈だ。レトルトカレーが上手く作れたからとか、トーストが上手く出来たからとか、その程度で料理上手になるなら俺でも名乗れる。

 コンビニに入ると、多くの人間が店内に散っており、そこに目的意識は見えてこない。各々が各々の行動を取っているだけ。つまり日常風景だ。コンビニにしては人が多いのも、この町なら不自然ではない。

「どうせなら二人でシェアする? 楽しいかもよ」

「遠足かよ。バナナはおやつに入りますかって、バナナは売ってないんだけどな」

「バナナアイスはおやつだよね」

「溶けるぞ」

 しかし敬語もなし、制服もなし、世間知らずのお嬢様もなしとなるといよいよ凛はちょっとお茶目な女の子だ。ちょっぴり表情が固いのが玉に瑕だが、ポーカーフェイスを続けた結果だろう。顔に出やすい人間なら俺はもっと早く先程の違和感に気づいていた筈だ。

 真剣にお菓子を選んでいる凛を見ていたら何だかおかしくなって、つい茶化すように口を挟む。

「なんかデートっぽくない感じだな。遠足といい、擬態これといい」

「じゃあっぽいデートって何? 映画館でも行く?」



『悠心! 初めてのデートだね! 何処に行くッ、何処に行こうかな~。動物園とかいいよね! あ、水族館! 映画! あーでも映画に詳しくないんだっけ! おすすめある!? そうだそうだ遊園地は外せないよね~あはははは!』

『……公園とか?』

『え、何聞こえない! そうだキャンプとかもいいよね~! あでも用具ないんだっけ! 悠心が用意してくれるからいいか! ねえどうする!?』

『……じゃあ』

『うん、じゃあ出発進行!』

 


 ………………強引だった。

 明るいというよりハイで、質問している様で自分のしたい事を素直に行動指針とする様な子だった。俺はいつも振り回されていたが、当時はそれこそチャームポイントだと信じて疑わなかった。何の違和感も拒絶もなかった。

 アイツはとにかくっぽいデート。派手であったり強く思い出に残る様な場所ばかり求めた。デートとはそういう物だと思っていたので、凛に首を傾げられるとこちらも自信がなくなってくる。

 彼女は俺に近寄ってきて、小分けされたクッキーの箱を俺に見せつけてきた。

「デートは二人の時間。お互いが楽しかったら何処でもいい筈。遠足みたいなお菓子選びとか、確かにちょっと子供っぽいとか思わなくもないけど、私は楽しいよ。貴方は?」

「……………………俺は」

「日方君って、見た目に反して素直じゃないよね。そこがちょっと可愛い」

「か、かわ……! お前、それ褒めてないだろ!」

 食って掛かった所で凛はどこ吹く風と聞き流すばかり。クスクスと悪戯っぽく微笑んで、肩をすくめた。

「褒めてなかったらさ、こんな事しないよ。それにしてもあんまり過剰に反応すると図星みたいだから、恥ずかしいなら意固地にならない方が良いんじゃない?」

「う…………この」

「ふふふ」

 傍から見ればカップルだろうか。痴話喧嘩? それともじゃれあい?

 ともかく、怪しまれてはいない様だ。集団の背中を後にするように、俺達もコンビニを脱出。その手にはまずまず大きなレジ袋が一つ。

 ゆっくり食べられる様な場所に行けばいいが。 























 


 預言者ご一行に混ざる事一時間。炎天下に思考と肌を焼かれた末に辿り着いたのは、無人の駐車場だった。




 ―――目的地はここか?




 

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