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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
三蟲 天上天下在す予言

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蟲涌に守られし姫

 こんなにゆっくりできない休日というのも初めてだ。


「おはようございます。寝覚めは悪そうですね」


 まず朝に起きてやったのは、両親に部屋に立ち入られない事だ。朝ごはんなんて物は期待しない。あの二人に迷惑を掛けない為には顔を合わせない方が良いのだ。だから万一にも遭遇しない為に施錠した。唯一問題があるとすれば靴で、俺はうっかり用意していなかったのだが帰り際に凛が持ってきてくれていた様だ。そうでなければ待ち合わせをいつにしたとしても俺と彼女が出会う事はなかっただろう。

 デートとは言うが、服装に気を遣う暇は無かった。適当にストライプの入った白い半袖を着てきたが風情は度外視で、たまたま目についたからという理由なので女の子とのデートという意味なら最悪だ。例えばこれが初めて出会う様な人とのデートであれば―――出会い系であるのなら、即座に脈なしである事が分かるだろう。

 対する凛はシースルーのゆったりした白い服に薄茶色のニットスカートを着て俺を待っていた。彼女の本質が無愛想で世話焼き、真面目というのは言うまでもないが、学校で見せる顔は軽率・軽薄を散りばめたギャル顔だ。学校で見かける度に思うがかなり化粧を頑張っていると思う。化粧には無知なので余程下手でもない限りしてるかどうかもいまいち気づかないが、毎夜毎夜会っていると流石に顔の印象の違いから化粧の有無が分かってくる。

 今回もしているのだと思う。清楚っぽいファッションも相まって、学校で出会う七愛凛とはまるで別人だ。毛先にも遊びがないし、軽率さも軽薄さも、はたまたギャル凛が醸し出していた第三の軽こと尻軽さも感じられない。

「……おはよう。別人だな」

「真昼間に顔を隠すのも怪しまれますから。それに、昼に素で話すのは初めてかもしれせんね。自分でも不思議だと思います。澪雨様にしか見せてこなかった一面を、まさか衆目に晒す事になろうとはー」

 心なしか喋り方も難しくなっているが、時々気の抜けた様に語尾を伸ばすのは変わらないか。やはり彼女は凛だ、薄い生地だから何もしなければ下着が透けるのは当たり前なのだが、彼女の場合は元々持っている物があまりに豊かなので生地を大きく突っ張らせて自己主張している。流石にそのまま完全に透けている訳ではないが、基本的には白を基調とした水色の何かが見えている。

「…………何か言う事でも?」

「ん? ああまあ…………可愛い、んじゃないか」

「ふふ。有難うございます。日方君ならそう言ってくれると思いました」

「な、何でだよ」

「女性に免疫がなさそうだからですね」

 初恋を考慮しなければそうなるか。否、初恋を考慮しても……初心なのだろうか。意地を張ってもあまり良い事はない。たかが初恋が終わったからと言って、それは免疫になっているのだろうか。初恋が原因で転校した様な奴が、それを理由に恋を語れるのか。女性を語れるのか。

 いろいろ考えた結果、多分俺には免疫がないのだと思う。実際、新鮮な凛の姿に少しドキドキしている。

「さ、朝早くから集まったのですから早い所デートを……ではなく、調査をしましょうか。クラスメイトに出くわす様な事になっても私だとは思わない筈です。今日は一日自由。何処へなりともお付き合いしますよ」

「そりゃ有難いな。俺も家には出来るだけ帰りたくない。本当に一日付き合わせるぞ。何の成果もないと澪雨に怒られそうだし」

「それは…………気にしなくてもいいでしょう」

 別にデートっぽくする必要はないのだが、凛は露骨に腕を組んで、身体を捩らせた。




「行こ、デートに」




「あー…………いや、まあ行くんだけどさ。凛。その―――普通に朝食を取ってなくて、出来れば先に済ませておきたい気持ちがあるんだが」

「何食べたい?」

「…………うーん。サンドイッチとか?」

「へえ。朝は重い物あんまり食べないの」

「そういう訳じゃないけどな。ただがっつりステーキとか食べると後で苦労するだろ。食後の休憩とか言って無限に休む事になりそうだ」

「ああ、そういう。だったら丁度いいね、この鞄に今朝私が作ってきたばかりのサンドイッチがあるのだけど、食べる?」

「…………もしかして俺が朝食抜かす事、知ってたのか?」

「さあ、どうだろー」

 なんて棒読みだ。国語の授業で読み合わせが嫌いな奴がするタイプの棒読みであり、演劇部なら即指導モノ。凛は蠱惑的な笑顔と共に、鞄の中にある物をちらつかせてくる。コンビニで済ませるつもりだったのに、やたら察しの良い女友達のせいで計画が狂った。

「じゃあ、いただくよ。せっかくだし」

「なら二人で落ち着ける場所、探さないとね」

「―――なんか敬語じゃないと落ち着かないな」

「澪雨様もいないし、たまには本当に息抜きしないと」

 じゃあ今までは息抜きをしていなかったのかと突っ込みたくなるが、それは言葉の綾というか何というか、本人にだけ分かる些細な違いという奴なのだろう。時刻は朝の七時で、休日ならば人通りもまずまず存在する。というのもこの町には夜がない。夜型の人間が存在出来ないから、必然的に朝だったとしても人通りは多くなるのだ。 

 ひょっとしたらこの些細な時間にもクラスメイトとすれ違っているかもしれないが、凛に声を掛ける人は居ない。歩いている最中も度々『右』を向いている人間が居るが、知り合いではないからか声は掛けてこない。

 この感じだと、知り合いでなくとも声を掛ける場合は影響下にある人間の属性によるのかもしれない。レストランで働いてるとか、自営業だとか。赤の他人にも積極的に声を掛けるような環境があるなら、という話。


 ―――しかしこれは、またとない機会なんじゃないか?


 今までは澪雨と凛がセットだった。二人一組というか、侍女ならそれが当たり前なのかもしれないが、お陰で聞き辛い事なんかも少なくない。凛に澪雨の事を聞いたとして、隣に本人が居たら遮られるか俺が怒られるだろう。もしくは角が立つのを気にして当たり障りのない事を言われるか。だが今ならそれを気にしなくてもいい。二度とはないかもしれない瞬間、見逃す理由はない。ただし、今が昼である事は留意しておこう。『夜』に関わる話題は身の安全の為に避けないと。

「凛。色々聞きたい事がある。秘密はなしで頼みたいが」

「何でも聞いていいよ」

「じゃあまず……澪雨の事を聞きたいな。アイツと知り合ったのはいつからだ?」

「生まれた頃から」

「嘘っぽいな」

「四歳くらい。私の家……七愛は代々の巫女様に仕えるの。私の前はお母さんがやってた。お母さんは澪雨様の母親……真雨まお様に仕えてたねー。代わる条件とかは分からないや。別に死んでる訳じゃないし」

「まあ死んでたら流石に俺も知ってると思う。アイツも言うだろ。で、娘が生まれたから今度はお前と。同年代なのは偶然か?」

「基本的には年が近い子供―――親の思惑とは裏腹に関わりを持ってしまった者が選ばれます。私はどっちもだけど」

「…………代々やってるのに、お前と澪雨の関係は誰にも気づかれてないのか?」

「秘密の関係ってそういう物よ。日方君との関係よりも以前からずっと……私達が生まれる前からずっと…………そういう関係が続いてた」

 昔からずっと。

 二人は末永くこの関係に落ち着いている様だ。俺が転校する前から秘密を結んでいたならその繋がりは何よりも強固で、どちらかがどちらかを裏切る様な事はない。そこに懸念点が生まれるとすれば俺の存在だ。信用に値するかどうかの実績は何処にもないが、何故か俺は平常点が澪雨と同率一位―――恐らく満点らしい。数字は嘘をつかない筈が、平常点が最高などという冗談が通用しているのはどういう奇跡だ。俺が一位なら喜平もサクモも満点であって然るべきだろう。

「…………澪雨の加護について、どう思う?」

「澪雨様が知らないから、私に聞くって訳だ。秘密にしてくれる?」

「じゃなきゃ聞かないだろ。言えよ」




「本物だよ」




 恐らく本人以上に木ノ比良澪雨を知る者の、貴重な証言。

「…………本当に、本当だな」

「続きは、あそこでね」

 出来るだけ誰にも見られない様な場所を探した結果、あの秘密基地だ。これもデートとしてはどうなのかと思ったが、確かに目立つ事もなければ万に一つの声掛けも起こらない。

「ご飯食べないと。澪雨様居なくて暇だし、お世話してあげるよ」
























 机と椅子がまともに使えるのは非常に大きい。デート感は現状全くないが、日中に二人きりの時間を取れるのは、それもお互い演技する必要もなく、ゆったりとした時間を過ごせるのは初めてだ。とても安心出来る。

 お互い最大の禁忌を破っているからこそ、多少だらしない素面はどうでもいいという寛容が生まれるのだ。

 それはそうとこのサンドイッチが美味しすぎる。空腹のせいだとは思わない、塩気の配分が完璧だ。がっつく様に食べる俺を見て、凛は嬉しそうにボロボロの台所に腰かけていた。

「『口なしさん』の時、日方君は保健室で目覚めたね」

「ああ。その時に左目の視力を喪った」

「澪雨様は泣いてて気づかなかったかもだけど、見つけた時、貴方はもう殆ど死んでた様な物だった。大量に血が流れて、ね。私も見た事ないくらい」

「…………で?」

「保健室に運んだのは私。澪雨様は泣きながら貴方の手を握って祈ってた。蟲の指輪がある方ね。それで暫くすると―――なんて不思議な事でしょうか、日方君は無事に出血が収まって目覚めましたとさ」

「…………また嘘ついてないか? だってどう見ても変だろ。聞いた感じだとアイツは自覚してない。なのに治療出来ると思ったのか?」

「この町では重傷も病気も事故も殺人も極端に発生してないのは知ってるよね。澪雨様は見て分かる通り世間知らずっていうか、箱入り娘……あー壺入り娘? この町に住んでるって言ってもさ、たまにはこの町の外に出る事もあるから流石に色んな人間がこの町の加護については自覚してるんだよ。この町に居る限り怪我とか事故もないし、仮に負っても早く治るし。だからこの町って住もうとする人がそれなりに居るんだよね。勿論、表向きは眉唾だけど。長く住んでれば嫌でも分かる。だからみんな、澪雨様を、木ノ比良家を信仰するの。でも澪雨様は違う。この町から出た事がない。だから―――どうしようもない死は正しく認識出来ても、重傷、重体。一般的に瀕死って呼ばれる様な状態に対する認知が歪んでる。祈れば治る、必ず助けられるって思ってる」

「…………馬鹿な」

「それも教育だね。澪雨様は自由を謳歌してるつもりかもしれないけど、教育という名前の鎖からは逃れられない。だから『口なしさん』……ううん、あの一夜の果てに大勢が死んだ時から、澪雨様は混乱してる。惨たらしく死んでいく人に耐えられない。だから日方君や、もしくは私に頼ろうとするの。その場凌ぎでも責任を精神的に押し付けたくて。そうじゃないと耐えられないから」

 飲み物を注文したら水筒から水を提供してくれた。周りのボロさに目を瞑ればレストランに居るみたいだ。しかもウエイターはつきっきりで注文を聞いてくれる。後は……言う必要があるとは思わないが、美人だ。

「………………そうか。じゃあついでにもう一個聞いても良いか? 嘘だけはやめて欲しい」

「しつこいのね。何? どんな事?」

「……最初に神社に行った時の事は覚えてるな。俺が声を聴いて、壁を叩かれた時のあれ。最初に音が聞こえるって言ったのお前だったよな?」

「それが?」

「俺には声が聞こえた。澪雨には何も聞こえなくて、お前には物音に聞こえた。不思議な話だと思ったよ。今じゃ大して気にもならないけどな。何も分からないし。ここで問題なのは澪雨には音が聞こえなかった事じゃない。音が聞こえていた俺とお前とで解釈が違うって事だ。で、中に入ったら壺があった。全員に先入観がない上での判断だったら俺も何も言わないが、お前の家はどうも何年も前から澪雨んとこと付き合いがあるらしい。だからもしお前に……中に物があるっていう先入観があるなら、この解釈の違いも頷けるんだ」

 そうでもないと声と物音を聞き間違えるとは思わない。無理筋な部分はあると思う。結局澪雨に聞こえない点を一旦置いといた上での仮説だ。だがさっきの情報を聞くと、どうもそんな気がしている。澪雨は己の力を知らないが、彼女だけは把握している所とか。

「………………はぁ。まあ。そうね。一部だけ、認めておく」

「一部?」

「壺がある事は知ってたけど、中身までは知らなかったの。うーん…………一応、知ってる事だけ言うね。あの時神社に居たのは町内会の人間。木ノ比良家の息がかかってるって言えば分かるよね。あの壺はね、大事な物らしいよ。それ以外は……分からないけど」

「澪雨に言わないのか?」

「……いくら私でも、命は惜しいの。澪雨様にだけは言えない。後でこれがバレて、信用を失ったとしてもね」

「………………『口なしさん』や『ヒキヒメサマ』については?」

「そっちは本当に知らない。でも、木ノ比良家は関係ないと思う」

「その心は?」

「『口なしさん』は特にそうだったけど、澪雨様にも危険があった。木ノ比良家の巫女はその役目がある限り決して死んではいけないらしいから、そんな真似するとは思えないなって」

 俺は自分の想像以上に凛を疑っていたし、彼女は彼女でかなり多くの隠し事をしていた。一度でも漏らすと歯止めが利かなくなってポロポロ出てくる秘密の情報。しかしこれ以上は本当に何も知らない用で、この痕についても澪雨が持ってきた以上の情報は知らないらしい。

「満足?」

「ああ。サンドイッチの方も美味しかった。お前を従わせてる澪雨が羨ましいくらいだ」

「お粗末様ー。じゃあお互い隠し事が無くなった所で―――調査を始めようか…………八時くらいになったら商店街の方向に行こう」

「何かあるのか?」






「予言を聞いてる人は右を向いてるんじゃなくて、特定の場所を見てる。何があるのか気になるでしょ」

「ん? でもさっき見かけた奴は『右』を」

「北を向いてたよー」


 ………………? 

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