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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
壱蠱 知らぬが一夜の過ち
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昏き眠るは『ヒト』の町

 静かすぎるのも、考え物だ。眠るときに秒針を刻む音が気になるように、僅かな物音一つ取っても今の俺には感じ取れる自信があった。盲目の人間は聴覚が研ぎ澄まされると言われているが、それに近い。懐中電灯があっても視界は役に立たず、であらば音を頼るのは当然の道理。


 ―――――――――。


 特に、何も聞こえない。

 ああいや、それは嘘か。澪雨と凛の息遣いだけがハッキリと聞こえてくる。どちらも小刻みに息を震わせて、普段よりも大袈裟に呼吸を繰り返していた。


 ―――怖くない訳、ないよな。


 この『夜』は、当たり前ではない。いや、当たり前だから誰も外出しないと言われたらそれまでなのだが、少なくとも澪雨にとっては違う。そうでないと、わざわざ俺におかしいと思わないかなんて尋ねてはこない。価値観の相違は往々にして存在するが、彼女の想像する夜と俺の想像する夜は少なくとも一致している。

 心臓に手を当てると、これもまたいつになく早い。俺も、怖がっているのだろうか。心臓が怯えているから、汗が止まらないのだろうか。

 大丈夫。まだ何も起きていないし、何も起きない筈だ。

 

 だってここには、誰も居ないんだから。


 無人の道路を横切り、明かりの消えた建物の前にやってきた。一軒家にしては広い駐車場、近くの交差点と、その裏側に連なった古い家の数々。

「……コンビニじゃねえかここ」

「暗いですねー」

「ちょっと調べよ」

「じゃあ俺が裏を見てくる」

 二人から離れて、俺は懐中電灯替わりに携帯のライトでコンビニの壁を薄暗く照らした。監視カメラは流石に取り付けられているものの、機能している様には思えない。電気がついていないと心なしかみすぼらしく見える。カメラが壁の方を向いているのは何故だろう。電源が入っているとも思えないが、見かけだけでも機能させておけば良いものを。

 側面から店内に光を通してみたが、商品は全て片付けてあるようだ。二十四時間営業でないならそういう判断もあるか。しかしこれでは、閉店しているみたいだ。裏口から入れるという偶然もない、しっかり鍵が掛かっている。

 駐車場に戻ってくると、呑気に写真撮影をする二人を見つけてしまった。

「……何してんだ?」

 澪雨がコンビニを背景にピースをし、それに合わせるように凛も頬を突き合わせて指を映り込ませている。怖がっているかと思っていたのに、前言撤回。彼女はこの状況を楽しんでいるようだ。

「―――俺が心配するのもどうかと思うんだけどさ。証拠が残る様な真似をするのは良くないんじゃないか?」

「そうだけど、思い出って大切じゃんね。流石の私もこの写真を持ちっぱなしにはしないよ。後で日方君にあげる」

「卒業アルバムみたいな事されても。俺、映ってないんだけど」

「これから先、大人になってから死ぬまで。私には自由がないと思うから。だからせめて、君には私が自由だった瞬間を覚えていて欲しいかも」

「後で現物をお渡ししますね」

 二人は何てことのないやり取りをしているのかもしれないが、今の発言はえらく、悲痛な叫びに聞こえた。自由がない。それが好待遇の裏に隠された澪雨の願い。夜更かしは正に一夜限りの過ちだ。あらゆる束縛から逃れた彼女が、唯一自分らしく動ける瞬間。


 それがこんな熱帯夜だとしても、楽しいモノは楽しいのかもしれない。


「…………ごめんな」

 思わず口から出た言葉が、次の場所へ向かおうとする澪雨の足を止めた。

「え?」

「お前。ずっと一人じゃん。俺はまあ……羨ましいとかってより単に話が合わなそうってだけだったんだけどさ。やっぱり傍観は傍観だろ。だから、謝りたくなった」

「……謝んなくていいよ。謝られても、明日になったらどうせ話しかけないじゃん」

「話しかけに行くのが不自然すぎるからな」

「でしょ。だったらいい。もう気にしてないよ。私にとっちゃちやほやされるのも腫れ物みたいに扱われるのも、何も変わらんし」

「そういえば、凛は話しかけないのか?」

「私と澪雨様の関係は公には公表されていませーん。だって面倒くさいじゃないですか。それに、これは澪雨様のご意向ですよ」

「七愛まで一人ぼっちになったら、責任を取りかねますからね」

 俺は校則違反の証拠によって脅されている。



 それを差し置いても、今はこの二人が不安だ。特に澪雨は……傍から見ても明らかなくらい、自分の殻に閉じこもろうとしている。


 

 俺に出来るのは、せめて今夜の探索で結果を残す事くらいだが。何もない世界で何を見つけようと言うのか。



















 




 コンビニであったりガソリンスタンドであったり、交番であったり。夜に人が起きていそうな場所を巡ったが、収穫はなかった。やはり人気はないし、働いている様子もない。ここまでくると不審者一人にさえ希望を感じられるのだが、それも居なかった。

「はい。どうぞ」

「すまん。……飲み物は考えてなかったな」

 バス停のベンチに座ると、凛が水を分けてくれたので束の間の水分補給タイムだ。虫よけスプレーは全く無駄になってしまった。虫にとってここまで理想的な環境で一匹も見当たらないというのは変だ。これでは木にはちみつを塗ってカブトムシを取る事も出来やしない。

「澪雨様。どうなさいますか? そろそろご帰宅なさった方がよろしいのでは」

 現在時刻は深夜の二時。丑三つ時と呼ばれる時間帯はこの辺りだったか。お化けに遭遇した訳ではないものの、いつ遭遇してもおかしくない様な、そんな心の準備が出来てしまっている。

「…………これ、明日寝不足でバレたりするんじゃねえかな」

「それはいつもの事では?」

「いやまあそうなんだけどさ……え。何で知ってんだ?」

「企業秘密です―――と、澪雨様?」

 凛と明日の学校について他愛もない話をしていたら、彼女の様子がおかしい。暗闇の一点をじっと見つめて、立ち止まっている。

「おい、どうした?」

「ついてる」

「は?」

 懐中電灯が向けられた先には、鳥居と長い階段が。





 それらを上った先にある本殿には、提灯のような明かりがぼんやりと灯されていた。






「…………澪雨様。あれは」

「行かないなんて、言わないで」

「………………」

 全員、分かっているのだ。

 ここまで何時間も歩き回って、俺達以外の光源を見つけられなかったのに。ここに来てようやく発見した光源が、まともな物である筈がない。何よりもそのまともでない状態を求めていたのに、いざ目の前にすると恐怖で足が竦む。

 

 ―――何故?


 ただ明かりが、ついているだけだろう。

 気を紛らわせる為に、俺は必死に頭を巡らせて冗談めいた事を言った。

「な、なあ。もし人がいるなら……外出しても問題ないって事にならないか?」

「確かめようじゃん。人がいるなら居るで、何で夜に居るのか聞けば理由もみえてくるよね」

「……お供いたします」

「こうなったら俺もついていくけどさ。なんか……ちょっと待った方がいい。とりあえず近づくだけ近づいて、その後考えないか? 嫌な予感がするっていうか……なんかあの神社を見てると、気持ち悪くなってきた」

 虫が体の中を這いずっているような気色悪さ。ゴキブリが夜な夜な人間の口の中に入って水分補給しているという話を聞いてから、その真偽はさておき暫く眠れなくなったものだが、感覚はそれに近い。俺の喉には今、ムカデが住んでいる。

「申し訳ございません、澪雨様。実は私も……同じ気持ちでして」

「……いいよ。近づくだけ、近づくんだね。それでいい。でも大丈夫そうなら入るから」

 熱に浮かされたような頼りない足取りで、俺は澪雨の背中を負っていく。赤い鳥居がどんどんと近づいてきて、やがて潜り抜けると―――





 

 身体を覆っていた熱は、氷の冷たさへと裏返った。

  

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