生意気お嬢様と無気力な俺達
「なあ。お前ら夜ってどうしてんの?」
脅されたとはいえ、それで他の場所でも交流ができる訳ではない。澪雨はいつも一人だ。今日は心なしかいつもより早く下校していってしまったが、それを気に留める者はいない。どうせ習い事、どうせ勉強。どうせ誘っても来ない。というか誘いたくない。
あらゆる意味で正しい思い込みが、精神的にも澪雨を孤立させている。とはいっても俺にそれを咎める権利はない。本人を困らせてしまうのは目に見えているとはいえ、俺も結局は現状を傍観している一人なのだから。
「は? 急に何だ。ゲームか?」
脈絡もなくそんな質問をされれば誰だって首を傾げたくなる。友人の一人である左雲長幸も例外ではなかった。俺には特別親友と言える様な人間はいないが、高校の中で誰が一番仲良しかと言われたら彼になる。お互いのプライベートについては暗黙の了解で聞いてこなかったが、俺の質問は、それを破る様な発言だった。
「俺っちはゲームしかしてない~」
括って尋ねたとはいえ、これは想定外。答えたのはもう一人の友人である長谷河喜平だった。俺は主にこの二人とゲームをしている。何か一つに熱中しているという訳ではなくて。気になった物をつまみ食いする形だ。
「つーかゲームしかする事なくねー。夜に勉強とか頭おかしなんぞ」
「テスト前とかはともかくな」
「……俺もゲームしかやってないな。急にどうした。予定の確認なんかして。仮に勉強なんかがあっても時間くらい幾らでも捻出するぞ?」
二人共性格は逆だがだからこそかみ合うのかもしれない。俺が転校してきた時も積極的に絡んできたのはこの二人が最初だった。ゲームで話がかみ合うなら基本的には他の男子ともかみ合う。そういう意味で言えば、俺のクラスは非常に仲が良いと言えるだろう。
澪雨を除いて。
「あーいや。変な事聞くんだけどさ。お前ら夜に外出した事あるか?」
「ない」
「ある訳ない」
二人は悩む様子もなく答えた。テスト前でも平気でゲームを朝までやる様な悪ガキでも、外出禁止の令は守るらしい。
「俺もない。でも用事があるなら出ると思うんだ。お前らのどっちかに今から遊ぼうぜって言われるとか」
「あー成程な。でもそんな事しねえぞ」
「俺っちもそれはパス。金積まれてもやらねー」
「何で?」
二人は顔を見合わせ、無自覚に声を揃えて言った。
「「夜は外出禁止だし」」
この二人でさえもこれなら、俺も本格的に理由が気になってきた。ここまで徹底されているなら夜は無人の筈だ。この町の外に出ればその限りではないだろうが、それでもこの町だけは徹底されている。事故なんて起きる可能性もなければ、、不審者に気を付ける必要もない。極端な言い方をすれば、この町は夜の間だけ人類が滅亡する。
なのに何故、外出が禁じられているのだろうか。
「まさかと思うんだけど、お前夜に外出る気か?」
「馬鹿。んな事しねえよ。夏だぞ。蚊に刺されるわ」
「おー。まあやめとけよな。ゲームが一番だよやっぱ」
流れでゲームに誘われたが、今日の所は断った。それこそ理由に悩んだが、数学の追加課題をやらないといけないと言ったら素直に引き下がった。別にそんな物は出されていないが、宿題と言えばまず追及されない。それで俺が怒られて、誰が恨まれるのか。宿題をさせなかった連中だろう。
坂道を下りた先の十字路で三人は分かれる。また明日を合言葉に、今日の所はさようなら。二度と会う事はないだろうけれど、明日は必ず会える。友達以上親友未満。学校を通して繋がる俺達の関係は、近すぎず通すぎず、理想的な関係と言えるだろう。
「…………虫よけスプレー、あったっけ」
買っていこう。普通に蚊は嫌だ。
「夜遊びしないのは良い事だ」
「そうそう。夜遊びなんて犯罪に巻き込まれたら大変よ」
一応両親にも聞いてみたが、一般的な理由しか語られなかった。わざわざこんな質問をしてくる時点で夜遊びするつもりがあると言っている様な物だが、彼らは俺が徹夜でゲームしているのを把握済みだ。夜遊びは夜遊びでも、オンラインゲームなら……という判断なのだろう。
むしろ今更聞いてくる方がおかしいと言わんばかり。二人共半笑いで答えてくれた。罪悪感で胸が一杯だが、脅されている身で滅多な事は言えない。早速夜間外出の準備をしよう。
懐中電灯、虫よけスプレー、サイリウムライト、ハサミ、催涙スプレー、ドライバー。
あまり重すぎても、身動きが取れないか落とし物をして外出が発覚しかねない。これに携帯を加えたら十分ではないだろうか。単なる散歩だ。重装備なんてするだけ無駄。重いだけ。むしろ入念にするべきなのは家族に気づかれずに家を出る方法だ。
トゥルルルル。
IDではなく電話番号を交換したので、普通に電話が掛かって来た。時刻は夜の十二時。普段なら電話をかけてくるのは喜平辺りなので、少し新鮮でもある。待ち合わせ場所についての連絡だろう。
『もしもし』
『日方君でいらっしゃいますか』
『…………ん?』
声が違う。そう思ったが、答えは直ぐに開示された。
『申し遅れました。私、澪雨様の護衛みたいな付き人の七愛凛と申しまーす。待ち合わせ場所を澪雨様より仰せつかっておりまーす』
『……なんか澪雨と違って今度はやけにフランクですね』
『クラスは違っても貴方とは同学年ですからねー。堅苦しいのは駄目という会話も聞こえてましたー。私にも澪雨様と同じ対応で結構です。写真を撮ったのも私ですから』
こ、コイツだったか……!
木の上に澪雨が居たら流石に目立つかと思ったが、違う学年の女子だったならまだ気づかれない。そういうわんぱくな女子も居るだろう。旧校舎なんて怖い噂が幾つもあるから先生も近寄ろうとしないし。
口汚く罵ろうとする心を平常に、俺は飽くまで冷静に話し合う。
『……それを俺に言うって事は、もしかしてお前も乗り気じゃないのか?』
『乗り気な訳ないでしょ。用もないのに出歩くなんて。しかし澪雨様の命令には従うのが付き人の務めらしいので』
『らしいって……』
『待ち合わせ場所伝えますね。公園だそうです。この辺りで公園と言うと馬坐公園ですか。澪雨様共々、お待ちしております』
クラス同士の関係は良好だが、個人単位となると話は別だ。名前を聞いても顔が出てこない。俺を脅してくれた奴の顔は一度拝んでみたいと思っていたが、女子だったか。男子ならぶん殴っていた所だ。夜ならバレないだろう。女子は……どうしよう。どうにもしない方が良いか。女子の仕返しは男子よりも悪質だという話を聞いた覚えがある。
―――行くか。
十二時にもなると、両親は自室に籠って個人の時間を過ごす。謎の物音さえ立てなければ玄関から出られるだろうが、何かの用事でリビングまで出てきた際に気づかれるのが怖い。今回は自室の窓から出る事にした。
屋根伝いに初めて夜の空気を浴びると、季節も相まって暑苦しい。だがそれ以上に気がかりなのは、この歪な気配だ。靴は予め持ってきておいた。道路に降りて、周囲を見渡すと、まるで明かりがない。
自販機も、街灯も、適当な家でさえも。人が起きている気配という物を感じられない様になった。両親は確実に起きているが、外からだと寝静まっているのではないかという不安に駆られてしまう。明かりがついているのは俺の部屋だけ。道中何件かの家を見ていたが、窓には全て遮光カーテンが引かれていた。
―――ちょっと、異常だぞ。
まさか家から数メートル離れるだけでもう明かりが必要になるとは思わなかった。こんなに暗い夜は初めてだ。明るすぎる現代がおかしいだけという声もあるが、その明るい夜を、俺は今まで暗いと言っていた訳で。
ゴーストタウンではないが、生きている人間は自分だけではないかという錯覚にも陥る。そんな事あり得ないのに、この町の夜は生気の欠片も見当たらないのだ。
「こんばんはー」
「ッ!!」
背後から声を掛けられて、全身に怖気が走った。音もなければ視界も悪い。歩いているだけで不安になっていくような世界で、まさか声を掛けられるなんて思ってなかったのだ。間違ってもここは公園ではないし。
「驚かせてしまいましたね。申し訳ございません。案内が必要ではないかと提案された物ですからー」
ライトで顔を照らすと、前髪だけを編み込んで、後は背中の中心くらいまで髪を伸ばした長髪の女性が立っていた。この暑い季節に私服としてブレザーを腰に巻いてブラウスを鎖骨辺りで開けさせた彼女は、少しヤンギャルっぽい見た目に反して非常に無気力で緩い喋り方だ。こんな女子は同じクラスに居ないので、確かに別のクラスの人間だ。
かなりの偏見だが、確かに彼女からは嫌がりはするがなんやかんや助けてくれるような雰囲気を感じる。主体性がなさそうに見えるからだろうか。
「お互い、苦労しますね」
「……いや、お前のせいなんだけど。何で俺なんだよ」
「たまたまですよ、たまたま。試行回数の結果です。そんな事はいいので付いてきてください。私も早い所帰りたいんです」
「………………」
もしかして俺の比ではなく。凛はパシられているのだろうか。