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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
蟲毒 夜明けの詩

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解呪の灯

 凛は確かに言っていた。代々の巫女に仕える役目があると。だがそれは、これを見るに全くの出鱈目。彼女の母親は先代の真雨に仕えていたとか言っていたが、これも嘘だ。それなら父親の話にも出てこないとかみ合わない。

 一方で、全部が全部嘘でもない。二人が秘密の関係なのは確かだった。それも想像以上に。まさか本当に澪雨以外の誰も凛について知らなかったなんて驚きだ。すると湧いてくる当然の疑問。


 

 じゃあアイツは、何?



 何故誰も気づかなかったのか。

 何故澪雨の味方をしているのか。

 分からない事だらけだが、やっぱり凛は敵対している訳ではないとハッキリした。いよいよ目的は分からないが、一先ず澪雨も安堵した様子を見せてくれている。同時に正体不明となった友人に、不安がっても居たが。

「それに、もっと当然の疑問があるな」

「うん。それは私も分かった。解呪方法が書かれてないんだよね」

「ああ」

 しかし、記されていない事には納得だ。間違っていても正しくても、解呪すればこれまでの清算を求められる。俺達が読み漁った本は時系列こそバラバラだが、現代に近づくにつれて義務や使命から生じる罪悪感は、ただ幸福に与る為の努力に変わっていた。止められなくなった呪いは、いつしか止めようとも思わなくなっていた。だから解呪の方法なんて書かれている訳がない。もしも知っている奴が居るとすれば、それは…………



 例えば、『姫』の名の元に犠牲となった存在。



「惹姫様」

 しかし、声は届いていないのか反応がない。澪雨は首を傾げて、周囲を見回した。

「声が出せないのかな。なんか、反応はしてるみたい」

「姫様! あの、反応が……澪雨。通訳とか出来ないのか?」

「難しいよ。でも、名前を呼んだら変わるかも」

「呼んだだろ」

「惹姫って、名前じゃないでしょ? さっきの本を見た感じだと、生贄になった子の呼び方じゃん」

「…………あげ足を取るみたいで悪いけど、呼び方は『姫』だろ。惹は何処に行ったんだ」

「もう! 日方は何股もしてる男の人じゃないでしょ! きっと色んな呼び方があったんだよ〇〇姫って! そうじゃなくて名前だって。知らないの?」

 むしろお前は何処からそんな例えが出て来たんだと言いかけて、犯人はどうせ凛だと確信した。ともかく、そんな風に言われても名前なんて知らない。姫様も俺に名乗った訳ではないし…………?




「惹姫様。もしかして貴方の最後の願いって、自分の名前を見つけて欲しいなんて……違いますか?」




 正否は澪雨の反応から察するしかない。目を瞑って反応を感じ取っている最中だ。暫くして、こくりと小さく頷いた。

「さっきと反応の感じが違う。日方、凄い! そうだよ、名前を探すんだ!」

「凄いのはディースだろ。霊媒師ってその場のノリで出た嘘だと思ってたけど大体当たってたぞ……。問題は、その名前も手がかりがないって事だ」

 そして。


 一方通行を考慮した上で突っ込んだので、外に戻る手段がない。


 わざわざ口にせずとも二人が理解していた。ここでの用は済んだので玄関に戻る。集会所の死体はあまり見せたくなかったので適当に理由を付けて閉じておいた。

「―――私、ちょっとトイレ行ってくるね」

「マジか。こんな時に余裕あるな」

「あ、あはは。うん。余裕あるんだ。すぐ戻るから、ね。ね」

 どこぞの鶴よりも念押しして澪雨はそそくさと行ってしまった。俺は何とか戻る手段を考える必要があるか。ネエネが近くに居るなら最初と同じように殺してもらえばそれでいいが、連絡を取る方法がない。自然遭遇に期待するのもどうだろう。

 当てもなく携帯を見つめていると、電波が届いている事に気づいた。ホテルの時は繋がらなかったからここもそうだと思い込んでいた。いや全く、馬鹿な思い込みだ。


 

 俺は澪雨に誘われるまで夜な夜なゲームをしていたのに。


 

 電波が通らなきゃゲームも通話も出来まいて。

「…………」

 ディースに電話を掛けようと思ったが、俺は電話番号を知らない。適当に電話番号を掛けたからと言って繋がる訳あるまい。澪雨の帰りを待って、彼女の力で調べてもらうか。それとも俺が電話番号を知るサクモに電話をかけて助けに来てもらうか。この際壱夏でもいい。何となく頼るのは気まずいが、そんな場合じゃないくらいの緊急事態だ。

「―――っ!」

 ガラス窓を割った隙間から見える外の景色に、人が映り込んだ。だが様子が普通じゃない。俺の視力で分かるのは、身体の半分を蟲に喰われながら、尚動き回っているという事だけだ。その手に斧を握り締めて。

「…………なんだ、あれ」

 蟲に喰われて終わりでは済んでいない。まるで乗っ取られているみたいだ。この状況なら十分現実的な仮定である、他ならぬネエネが同じような状態なのだから。






「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」







 息を呑んだほぼ同時に、悲鳴。

 通り過ぎようとした人間が虚ろな視線をこちらに向けたのに気圧されたのか、それとも澪雨が心配で振り向いたのか。それさえはっきりしないままとにかくトイレに向かっていた。女子トイレに突撃して中に入ると、悲鳴の主が腰を抜かして開け放たれた個室から距離を取っている。

 恐怖とも、悲哀とも取れる横顔。

 俺の存在を認めた瞬間、その身体は俺にしがみついていた。

「ひな…………う、ううあ!」

「み。澪雨。どうしたんだ」

「―――! ――――――!」

 顔を埋めてぐしゃぐしゃと謎の言語を発するばかり。一人で見に行こうとしてもこの様子だと離れてくれそうにない。仕方なく澪雨を抱えて、トイレの中を確認した。


「…………………うわあああああああああああ!」


 何かがあると分かっていて。とてつもない恐怖が待っていると理解していて。それでも声をあげずにはいられなかった。嗅ぎ慣れた血の臭いの代わりに、ここには過剰な量の消臭剤が噴霧されている。誰がやったかなどどうでもいい。ただその原因は明確だったという事だ。

 トイレの中には、女性の生首が捧げ物であるかのように鎮座していた。無数の腕が花でも開かせたように螺旋を描いて生けられて、その中央に首が乗っている。死に顔は安らかと呼ぶには程遠い。こめかみから後頭部にかけてを蟲に喰われたその死骸は、安寧を忘れたかのように目を見開き、怯えていた。

 喉を絞るようなかすれ声で、澪雨が呟く。





「………………お母様…………………………」





 それを聞いて、俺は無言で外へ。特別無言になった理由はない。それ以上の言葉が要らなかっただけだ。澪雨は集会所の死体を知らない。すると誰も残っていないならまだ生きているかもと。そんな希望を抱いていたのだろう。真意を知っても尚、俺は彼女の両親がいけ好かない奴だと思っているが、澪雨は憎みきれまい。それが家族と赤の他人の差だ。少なくとも俺の知る彼女は、凛が死なない限りその攻撃性を発露させない。


 ―――よく考えたら、それは何故だ?


 凛が死んで、澪雨の何が変わる?

 祭りの時は例外だ。澪雨が非世界に行ってしまった事で蟲毒の蓋が外れて『感染』が始まった。現実逃避の為の攻撃性は、話が違う。それを言い出せば多くの人間が同じ性質を持っているだろう。


 バリバリバリっ!


 受難は一度続けば暫く終わらないのだろうか、玄関に戻ると、外界と中を切り離していた扉が破壊されていた。さっきの寄生死体が叫び声を聞きつけてやってきたのだ。

「マジ、か……」

 それを契機に、外に居た蟲もゆっくりと、だが確実に侵入していた。この屋敷は広いが逃げ場と言われても外が包囲されてる現状では何処にもない。

「澪雨! 蟲!」

「…………」

 駄目だ、今の彼女は心の整理をしていてそれどころではないらしい。逃げる為に正面へ突っ込むのは無謀すぎる。トイレにトンボ帰りして、携帯に手を掛けた。


 発信先は、サクモ。


「頼む、繋がってくれ……」

 ここは行き止まりで、武器もない。時間を稼ぐ方法は物理的な距離だけだ。繋がってくれないと話しにならない。窓から逃げ出そうとしても外の蟲に狙われて終わりだろう。ワンコールのインターバルさえ今はもどかしい。苛立ちのあまり叩き壊してしまいそうだ。




『…………は? 悠?』

『サクモ! 何処に居る!』

『何処って…………お前の家だが』

『ああ遠い! それまでに死んじまうだろ!』

 



 文句を言っても仕方ないのに、これだ。親友との再会に懐かしむ余裕もない。


『何言ってる!? っていうか何で電話が繋がってるんだ!』

『ああうるさいうるさい! ちょっと待て考えてる考えてる考えてんだよ!』


 ネエネをどうにか呼べれば助かるだろうが、警戒されている人物が近くに居ればそれだけ攻撃も苛烈になるだろう。呼べたとしてもまだ危ない。ここは俺達だけで切り抜けるのが理想でも、澪雨が動かないと。

「…………サクモ! 俺の家に居るなら教えろ! 両親はどうした!?」


『…………胴体はあるぞ。首は見つからない』


 ……。

「―――だ、そうだ! 澪雨、俺達は両親を失った者同士だ! お前の気持ちなんてこれっぽっちも分からない! だけどな、ここで死ぬのは両親も望んでないとは思わないか! お前の父親は、自分が死んでも良いからってお前に秘密の鍵を渡そうとしてたんだ! 元を辿ればお前のお婆ちゃんだって! 夜に気をつけろと言ったのは! いつか秘密を知るかもしれない孫に生きていて欲しいから忠告したのかもしれない!」

 斧を引きずった死体がトイレに足を踏み入れる。時を同じくして壁にひびが入り、ありとあらゆる方位から蟲が沈み込んできた。

「クソだったのはシステムで! もしくは町内会のジジイ共で! お前の周りはちゃんとお前を愛してた! 俺も………………俺もお前が好きだ! お前に死んでほしくない! だから力を貸してくれ! お前にしか頼めないんだ! 俺を救うと思って、巫女の力を出してくれ! 木ノ比良澪雨!」




 


















 

 



 決着は、一瞬だった。

 澪雨の足元から大量の黒い蟲が湧きだしたかと思うと獲物に食らいつこうとした蟲も死体もまとめて捕食。食物連鎖を歪ませる第三者の介入は忽ち包囲網さえ食い破り、その隙に脱出。数多の蟲に食い荒らされた屋敷は遂に己の形を見失い、間もなく倒壊した。

「…………はあ、はあ、はあ。有難う。助かった…………」

「……私も」

 映像にあった地下室も見に行きたいが、蟲が消えるまで少し待つ事になる。何処の誰とも知らぬ民家の屋根上で、俺達は事の成り行きを見守っているつもりだった。

 澪雨が顔をあげて、上目遣いに俺を見つめる。

「私も、貴方が好き」

「お、おう…………なんか、恥ずかしいな」

「好きだから、死んでほしくない」

「…………そ、そうか」

 目を逸らす。気恥ずかしさもあったが、多くは己の変化に気づかない彼女への気遣いを含んでいる。

「と、所で眼に違和感とか、ないのか? 大丈夫か?」

「? うん、ないけど……」






 右目が蟲のように複眼化している事には、自覚がないようだ。 

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