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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
蟲毒 夜明けの詩

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蟲毒な君と最期の夜更かし

 最終章。

 生まれた時から、  にはその使命があった。

 忘れられても  にはその役目しかなかった。

 

 蟲毒の果てに、破滅を濁す。


 ただそれだけを合言葉に、この町は成長を遂げた。あらゆる物には帳尻がある。物理法則には辻褄がある。矛盾は決して許されない。たとえ天罰が信じられていた時代でも、神とやらはきっちり合わせていた、或いはその経過こそ天罰に違いない。

 いつまでも、いつまでも。

 最初はほんの一時しのぎ。村を守る為の緊急避難。いつの日か常套化し、存続の意味さえなくなったこの村は町となっても存続の為に存続する物となり果てた。大層なお題目も、全ては待ち受ける終焉を誤魔化す為。


 何が生きる為?


 誰もがとっくに死んでいる。  が使っているのは呪いだ、そう良い事ばかり起きる代物じゃない。悪魔との取引よりも確実に、悪質に、結果は清算される。そこには誰の思惑もない。死にたがりはこんな町を訪れない。決定的にしたのは、健やかなる人生を望んだ人間の強欲さではないのか。


 怪我はしたくない。痛いから。

 病気にはなりたくない。辛いから。

 死にたくない。怖いから。

 幸せでありたい。愉しいから。


 何十年と続いた呪いに願いは積もる。蟲毒とは、呪いを由来とした塊ばかりではない。時にはそれが蟲毒ともなろう。ただ自分だけが幸せになりたいという欲。主観で生きる人間には気づけない認知の穴。

 


 夜が更ければ、代償を。



 夜が明ければ、清算を。



 そのどちらも、  は望んでいる。そのいずれも、  は選ばない。手遅れな歪みを正そうなどと思い上がるな、

飽くまで行われるは後始末。

生きながらえて死んでいっただけの人々の因果が巡り、その子々孫々に負債が押し付けられただけの事。晩餐の民が逃げ切ろうとも、死は決して妥協しない。起きるべくして起きたと言わんばかりに、あらゆる取り立てを行う。



 始まりは、ほんの些細なきっかけ。罪も罰も知らなかった巫女様の、つつましやかな願い。





『思い出に残る様な恋がしたいの』












  











 エレベーターが開くと、そこは確かにあの町だったが。

「………………何、これ…………!」

 道路全体に広がる地割れから無数の蟲が湧きだしている。外に一歩踏み出せば、聞こえるのは悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴。家の中でくぐもり、重なり、連なる痛み。エレベーター隣の扉からガタガタと叩く音が聞こえる。

「開げ、あけあああがああああああああ! あがげああああああああああ!」

 ずる、ずる、ずる。

 皮を剥ぐ狩人の音。

 肉を削ぐ刃物の音。

 掠れゆく叫び声と共にどんな事が行われているかは想像に難くない。ならば余計に、この扉を開けようとは思わない。奥に潜むは群体無数の殺人犯。わざわざ閉じ込められてくれているのに、解き放つ理由が何処にあろう。ネエネが居るなら直接危害を加えられる可能性は少ないかもしれないが、見たくない物は見たくない。特に今は、死体なんて単語は聞きたくもならない。

「……遅かったか」

 ネエネが独り言の様に呟いた悲観を、俺は聞き逃さない。

「遅かった?」

「……遅かれ早かれこうなる事は読めていたの。ここで話すと誰かに聞かれそうだ。アイツの家に行こうじゃないか」

「アイツって?」

「ん? 聞いてないの? 夢の中で粉を掛けたと言っていたけど」

 それでようやく、思い出した。終わったら立ち寄っていけと言われていた事を。あの人はこうなる未来が見えていて……いや、違うか。ネエネがいずれにせよ手遅れになるとにらんだのなら、同僚である彼も同じ結論に達していたとしても不思議じゃない。

 そして、急いで行動するのも違う。エレベーターの中に居る限りはまだ安全だ。今のうちに方針を立てておいた方がいい。その提案を全体に向けると、沈黙で以て可決された。

「私は日方についていく。なんか大事な話が聞けそう」

「お前にも聞きたい事があるから願ったり叶ったりだな。ネエネは?」

「ついていきたい所だけど、こゆると話したい事がある。後で合流しようか」

「人使いが荒いですね。片腕がないのに」

「…………そうか、お気に入りだったな」

「いいですよ、もう。さっさと終わらせないと、細かい事も気にしていられませんから」

 方針はスムーズに決められ、俺達は別行動を取る事に。


「ああ、待ってシン」


 ネエネはエレベーターを飛び出すと、袖の中から日本刀を用意。抜いてもないのにパチンと鎺を収める音を鳴らすと、床という床に溢れていた蟲が一斉に爆ぜ、昆虫にしては赤すぎる血を周辺一帯にぶちまけた。

「暫く寄り付かないから、これで大丈夫」

 瞬きの内に気づけば刀身が露わになっている。鞘と刃とを背中で納めて、ネエネは何事もなく歩き出した。

「…………え、何したの?」

「刈絵さんは非世界側の秩序で一方的に動けるので、見えないのも仕方ないです。それじゃあ、私はこれで」

 こゆるちゃんも付いていって、エレベーターの中には二人きり。澪雨と顔を見合わせて、今度こそ外に踏み出した。夢の中で歩いたので道のりは分かる。違う場所から始まったのだとしても、位置さえ分かっていれば迷う事はない。道の構造が変わっていたら……どうしようもないか。蟲の血だまりを踏みしめて、いざ目的の場所へ。

「……こんな空が赤いの、初めて」

 茜色の空よりも禍々しく、夜の帳にしては明るすぎる。ホテルの中よりも視界は利くが暗い物は暗い。目を凝らさないとたとえ直線でも道に迷いそうだが、澪雨の案内(俺が行き先を伝えた)を受けて正確に道を進んでいる。半端な光源よりも彼女の手の方が余程今は道標だ。

「…………そろそろいいか。澪雨、聞きたい事がある」

「何?」

「椎乃は、お前の所に惹姫様を向かわせたって言った。実際、俺も直前で助けられたよ。だがどういう訳か今は姿形もないし、反応もない。お前の所に向かったお姫様は何をしたんだ?」



「私と、契約」



 澪雨は身を翻すと手を振り払って、背中を向けた。

「背中、見て」

「お、おお」

 エレベーターに乗っている最中、ネエネから『水着で出歩くのは、暑いならいいが冷たい時はまずい』と上着を貰っている。それを捲れば当然、ビキニの紐があるだけで―――


 背中の模様が蝋燭みたいに消えていかなければ、それだけの話だった。


「…………あの子にね、聞かれたの。本当に終わらせる覚悟があるのかって。どんな事をしても終わらせる覚悟があるって言ったら、こんな事になった。今の私は、巫女としての力を全部使える」

「代償は?」

「―――命だよ。私は後数時間で死ぬ。何でそんな契約したかなんて聞かないで! 新しい巫女が誰でも、お祭りで私がやった様な事をされたらみんな死んじゃうじゃん! だから……それまでに終わらせる。私、生きたい。生きて貴方と―――」

「…………澪雨?」

「ごめん。今のナシ! と、とにかく。私は大丈夫! 蟲毒が終わらなかったら、どうせ私は殺される身なんでしょ? 自分でタイムリミット作っただけ」

 澪雨は己の価値を賭して、凛は日常を放棄した。


 俺は?


 俺は何を代償にすればいい。代償を払わず終わらせるのは不可能だ。相手はつもりに積もった生への執着、怨念の坩堝。何事もなく終わらせる事の出来た時代はとうに過ぎた。そもそも、蟲毒を終わらせる事自体が既にリスクだ。いつまでも先送りには出来ないと言いつつ、一番丸く収まるのはそれを続ける事だけ。そんな葛藤と、人の生存本能が蟲毒を続けた。

 終わらせると言ったら終わらせる。

 その為に果たして、何を犠牲にすればいい。

 案の定、夜の町は構造が激しく変化しており迷ってしまったが。町中を俯瞰出来るらしい澪雨のお陰で無事に到着した。扉をゆっくり叩くと、中からスーツ姿の少年が顔を覗かせた。



「ディース」

「ん。遅いね。ようやく帰ってきたか」

 

 挨拶はそれだけ。

 家の中に招き入れられると、乱暴な音を立てて扉が閉まった。












「それじゃあ改めて、全てを話そうか。守秘義務を全力で破って色々教えてあげる。まずは―――そうだな。順を追って。例えば……僕達が何でここに居るか、とか」




 

 



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