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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
蜈ュ陝イ縲?ホ」ホ釆」

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酔う事亡きよう、さようなら

「良かったあ、日方が無事で良かったよお……ぐすん」

「泣くなよ。でも助かった…………ありがとな」

「う、うん」

 エレベーターが勝手に下りた以上、俺達に出来る事はない。束の間の再会も程々に、澪雨はこゆるちゃんの腕を見ていた。無事に生き残ったと言えば嘘はないが、そもそも無事の定義が五体満足という事だったら果たされていない。 『事』も『無』くから無事であると。片腕を捥がれるのが日常であったなら、確かに今回は無事であろう。

 鉄の揺りかごは無機質に、エレベーターとしては不自然な擦れ音を響かせて下へと降りていく。その感覚は重力? 否、階層表示という視覚的情報に過ぎない。二階から一階に移動しましたという表示だけでそう思っているなら純粋な奴だ。普通は重力の実感が伴っており、またそうでなくてもエレベーターは上か下かを往来する箱舟に過ぎない。たとえ大洪水が起こったとしてもこの舟に乗る動物は居ないだろう。物理的に嘘を吐けない道具に対しては純粋も何もない。

 一方でここは非世界。物理法則を遮断された、それとは別の法則が幅を利かせる、或いは『現実』と呼ばれる筈だった世界。後継者争いに敗れたこの空間は勝者の世界に浸る俺達を決して許さない。物理法則なんて贅沢な定規でははからせない。そんな漠然とした敵意は、この暗闇に居る限り誰もが感じている。

「ねえこの人……」

「いやさっきくわれ…………」

 声が詰まる。

 片腕を失ったこゆるちゃんが、あんまりにも痛々しかったからとか。そんな理由で済めば良かった。言葉の詰まりは何も恐怖から生まれるばかりじゃない。当惑から生まれる事もある。

「…………え?」

「…………」

 里々子も澪雨なんかより、憧れのアイドルに目を奪われている。こちらは恐怖。訳の分からない事続き、それでも見知った希望が繋ぎとめていた正気。それが偽りだったと言っても最早信じまい。

 

 だが百聞は一見に如かずだ。

 

 自分の目で見た物だけを信じられる。それは時に、残酷な現実証明となる。



「な、んで…………血が。出てない、の」



 血が通ってないという言葉は、相手の冷徹さなんかを皮肉る時に使われる言葉だが、まさか本当に血が通ってない人間が居るとは誰が思う。波園こゆるちゃんはみんなのヒロイン。アイドルはトイレなんか行かないという幻想なんかより余程根本的に―――出血していないとおかしいだろう。

 それこそ彼女が気まずそうな顔で俯いている最たる理由だった。

「…………私の話、聞く気がありますか?」

「……説明しないんですね。こゆるちゃんは」

「知り合いなの?」

「知り合い……憧れかな。正直説明してくれない事には信じられないですけど。澪雨は?」

「日方が信じるなら信じる」

 巫女様は俺に責任を丸投げするつもりか。信じてくれているのだが。

「……こゆるちゃん。じゃあ俺の質問に一つ答えてくれますか」

「どうぞ?」


「貴方の死因を、教えてください」


 事故で死んだと聞いている。それを今更疑う余地はなかった。近所に住んでいた訳でもない、遠くのアイドルの死にあれやこれやと騒ぎ立てるのは陰謀論者の役割で、一般人はひたすら悲しいだけだ。

「波園こゆるちゃんの死因は、何ですか?」

見たくもなかった現実を、知りたくもなかった情報を、味わいたくもなかった悲痛を。俺は夜を超える為に尋ねる。

「…………刈絵さん、ごめんなさい」

 吐息に混じった囁きを、一体誰が聞き取れただろう。こゆるちゃんは痛みに顔を歪ませながら、それでもアイドルを全うせんと微笑んだ。

「好きな人に、殺されました」




「はい嘘! 嘘だよやっぱり! 悠心! こいつ偽物だよ!」




 初対面ながら、こゆるちゃんと澪雨の息のあったスルーで里々子の激情は完全に無視された。俺も今はそんな雑音に構っている場合じゃない。

「好きな人、居たんですね」

「居たんです。アイドルを辞めても欲しかった人。たった一人だけ、殺してでも一緒に居たかった人。私はその人に、殺された。事故だって話なら、きっと誰かが彼を護ったんですね。やっぱり―――世界一の男の子だったのかな」

  こゆるちゃんは事故で死んだ。それは誰もが知る理由であり、本物を騙るなら外せない部分だ。俺が偽物だとしたなら、安易に食いついた所を、彼女は違った。真実は外にあると、まるで陰謀論者の如き真実の明かし方。

「こゆるちゃんは偽物だ! こいつが『核』に違いないよ!」

「黙ってくれ里々子」

「何で味方するの悠心! 彼氏は彼女の味方でしょ!?」

「え、彼氏……?」

「ああ澪雨気にするな。こんな奴彼女にするくらいだったらお前と付き合うから」

「ぴゃ……………はい」

 説明は面倒だ。純真だからか男女の仲にあると思って顔を紅潮させる澪雨と違って里々子はヒステリックに騒いでいる。お嬢様気分と真のお嬢様の違いが出てしまった。『核』を炙り出すよりも遥かに楽で、こんな風に解決出来るなら俺達はこうも苦労はしない。

「何で何で何で何で~! 悠心~!」

「人の話を聞かない、駄々をこねれば言う事を聞くと思ってる、自分が常に正しいと信じて疑わない、迷惑を顧みない、付き合ってる時に浮気まがいの事をして試す。そんな女誰が好きになるんだよ。俺が逆の事したら、お前それでも俺が好きって言えるか?」

「悠心はそんな事しないでしょ!」

 物の例えとして、想像力さえ働かない。これも嫌いなポイントだ。何も聡明である必要はないが、ある程度会話の次元は成立しないと困る。それはコミュニケーションの不足に繋がり、互いの溝を開くだけだ。

 俺がそんな事をするかどうかじゃなくて。

 そんな事をした人間を好きと言えるかという話。

 もし言えたとしてもじゃあ好きになったのは外見だったという結論になるから、答えようのない質問だったのは認めよう。ちゃぶ台をひっくり返すのはある意味正しいが、やっぱりそんな女性はごめんだ。

「やっぱりお前なんか嫌いだ。ああハッキリした。ここを出たらもう二度と関わらない。顔も見たくない」

 こゆるちゃんを庇うように前へ出る。

「この人を偽物扱いするな」

「何でよ……だってこゆるちゃんの死因は」



「そういうのが浅いって言ってんだよ」


 

 むしろ偽物であるならそれを言ってほしかった。

 だがこゆるちゃんは俺達の知らない情報を、懐かしそうに或いは悔しそうに教えてくれた。それは俺達の知らない一面。みんなのヒロインが、誰かの彼女ヒロインである事を望んだらしい。

「俺はこゆらーとして、今の発言を信じる」

「根拠は!? 今の妄想だよきっと!」

「根拠なんかねえよ。ねえけど、お前よりは信じられる。日頃の行いだな」

「…………」

 何故そんな顔をする。自分の行いの浅はかさに気づいていないのか。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「…………え?」

 怪しいとか怪しくないとか、そういう段階は通り越した。階層表示を突き抜けて壁が光り出した昇降機は、やはり止まる気配を見せない。ここで決着を付けろと言わんばかりに無間の時間を与えてくれる。

「な、何でよ。私は何も」

「俺もこゆるちゃんも、お前の前でそんな話はしてないんだよ。『核』の話、お前は何処で知ったんだ?」

 






 エレベーターが、酔夢の様な揺れを止めた。

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