間引く命に捧ぐ夏
当面の目標は核の破壊に落ち着いて、俺達は再び暗闇の非世界へと足を踏み入れた。因みにネエネが普段行き来してる非世界は核が世界全体に浸透しているので壊せないらしい。だからこの手段はネエネを友好的としていない新規の非世界だから出来る事だとか。
「まだあまり話を呑み込めていないのですが、ここがもう一つの現実であるならどんなルールが強いられているのでしょうか」
ここを出る前に、唯一質感非世界について深い造詣のあるネエネは、自分が主体的に動けない代わりにと様々な事を教えてくれた。多くは既に聞いた事だが、三人で共有したかどうかはまた違う話。そもそも現実で生きる俺達にとって非世界の話はにわかには信じがたい要素ばかりだ。例えば、現実世界を構成しているのは物理法則が殆どだが、非世界の多くは『現実』と認められなかった世界なので物理法則が歪んでいたり、割合として薄い事があるとか。
『死因』のない世界然り、決定的に要素が欠如しているのもザラで、そういう秩序というか個別ルールは個別で調べるしかないとの事。ネエネはたまたま『死因』のない世界を早めに引き当てたからその身で味わう事で確かめるという、中々力業な方法が使えたが俺達はそうもいかない。それこそ犠牲者が出てくれるか、リスクを承知で試すかしないと。
「『生存』が存在するなら大丈夫だろ。ネエネみたいに死につづけたまま動くってのは無理だからな。どんなのが欠けてても……まあそう直ぐに影響が出るとは思えない。非世界になった事で道が複雑化して、ただ現実に沿って歩くと余裕で迷子になるのはいただけないが」
「分からないって、難しいね」
「現実も大体そんなもんだろ。法律とかはあっても世界のルールとか誰が意識してるんだよ。こんな状況じゃなきゃ痛いか自称目覚めた奴になってしまったかって軽蔑する所だ」
それか、宗教の死生観の話に変わってくる。それは大分話が違うし、そもそも宗教の死生観は飽くまで宗教というフィルターを通した世界のルールであり、目に見えて教えてくれるようなルールではない。油に火を放てば燃えるが、誰かの目の前に神が降臨して天罰を与えるみたいな現象は確認出来ないだろう。
あるなしはこの際置いといて、ルールは誰の目にも明らかであるべきだ。
―――嘘なら嘘であってもいいけどな。
ここを出る為とは言っても、気乗りしない。
核とやらは生存者の誰かに紛れている。椎乃を生かす為に喜平を殺した様に、また俺は誰かを殺さないといけないらしい。判別する方法があるとすればネエネの傍へ行かせるくらいだが、もし向こうが本物の生存者でも、訳の分からない場所へ連れていこうとする俺達が怪しく見えるだろう。安心安全だと思ってるのは俺達だけ、ついさっき桜庭が死んだように死因はそこら中にある。
「…………う」
「日方! どうしたのっ?」
「いや……」
桜庭華子とは別に親しかった訳じゃない。じゃないがクラスメイトだ。それが扉を挟んで何者かに殺された。後の部屋に彼女が生存していた証拠は何処にもなく、仮に俺が非世界を破壊した所で帰っては来ないのだとも思う。その辺りのやり直しが許されるならネエネは非世界を危険とは言わないだろうし。
「生存者……片っ端から部屋を当たるのもいいけど、他に何かいい方法あるか?」
「無難に、手分けした方がいいのでは?」
凛は手近なドアを一つ開けて、あんな事があっても強気に中へと入っていく。澪雨や俺も慌てて中に入るが、暗闇に染まった部屋があるだけだ。ネエネの部屋に居たから意識していなかったが、どうもここでは水道も止まっている。
他の生存者の心理として、助けが来るまであてもなく籠城するパターンは考えられなくもないが、水が止まっているならジリ貧だ。
「澪雨様は日方君とご一緒にどうぞ。私は単独でも大丈夫です」
「お前は護衛だろ。勝手に離れんなよ」
「真に澪雨様を守る為であれば離れる事も厭いません。いつまでも囚われてはいられないでしょう。そもそも、一度役目を下りた澪雨様は既に命を狙われている。寄り添うだけが護衛ではない筈です」
「離れるのは……うん。分かった。でも何か当てはあるの? 闇雲に探して孤立は無謀じゃん」
「確かにその通りですが、人を探すだけなら分かれていた方が効率がいいと思いますね。連絡を取り合う手段はないかもしれませんが、仮にも現実に近い場所なら幾ら構造が違っていても定期的に変わるとは考えにくい。あの町だって、一夜毎に構造が変わるとかはあったかもしれませんが、毎秒毎分あるいは常に変化しているという事はありませんでした」
「……どういう事?」
「一階が四階に繋がってるのは現実的には滅茶苦茶だけどここではそれが当たり前だから、例えば四階で待ち合わせしたい時は三階を上るんじゃなくて一階から行けばいいっていう、再現性の話だな」
言いたい事は分かるが、心配は尽きない。凛が自分から言い出したから止めている構図だが、裏を返せば俺達二人はそれぞれ同じ状況にはなりたくないと言っているのだ。孤立は死のリスクを孕み過ぎている。
「…………凛。お前、まだ何か隠してたりしないよな?」
「まだ何か隠していたとして、それをちょっと問い詰められたら漏らす様な人に見えますか? ……まあ、そうですね。考察と呼ぶほどの事ではない考えはありますよ。しかしそれが違った場合には澪雨様にご迷惑を掛ける事になります。いわば行動の毒味ですね…………私を、信じられますか?」
「……俺は、信じるよ。お前には結構世話になってるし。だけど俺の意見ってより、今回は澪雨次第だな」
「…………信じるよ。七愛は蟲毒を終わらせる事に賛同してくれた仲間だもん」
なら俺から言うべき事は特にない。
澪雨が信じるなら、それでいい。
凛の発言に対して色々申したいのは、後からでも出来る。優先順位を間違えるな。
ネエネとの距離も考慮して、待ち合わせ場所は三階のうち、扉が開けてある場所に。
明かりは信用出来ないので、誰か居るという事を示す為に携帯に内蔵された音を使う事で意見は一致した。目覚まし音をこんな形で使う事になるとは、ほんのちょっぴり『口なしさん』を彷彿とさせる。
「気をつけろよ、凛」
「そちらこそ、澪雨様をお願いしますね」
凛と二人きりの時間があったかと思えば、今度は澪雨と二人きりか。彼女が巫女の役目を下りた事は知れ渡っていない様だし、生存者を集めるならその肩書を使わせてもらおう。
「澪雨、一応生存者を見つけた場合の話だが」
「うん、大丈夫。巫女として振舞えばいいんだよね。でもあの町の出身じゃない人はどうするの?」
「その時は普通に説得するしかないな」
もしくは殺してしまうか。
殺す選択肢が当たり前のようにちらついてしまう。非常に良くない事だ。
俺は人殺しじゃない。好きこのんで誰が殺すか。手段としてあっちゃいけない、最終手段としての検討も許されない。なのにどうしても、殺せば全て丸く収まるのではないかと思う自分が居て。
『間違いではないナ』
「え? 何が?」
「俺の心を読まないで下さい。澪雨も気にしないでくれ」
殺したくない、殺したくない。殺すとすれば、それは核だけだ。見分けがつかないなんて想像したくない。晴を殺す事になったら……その時は確信が無いと駄目だ。そうじゃないともし、もし本人を殺し殺しころころろして殺ころすころろこす。
「日方…………?」
ころ殺すす殺すころすころ殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す晴を殺す晴嫌だ晴殺す晴晴晴晴晴晴をやだ晴を晴晴。




