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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
蜈ュ陝イ縲?ホ」ホ釆」

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実感非世界

 質感非世界。それは現実と似て非なる世界。現実と認められなかった世界。それ故にルールも変わっていれば、現実との距離さえ世界毎に違う。ネエネはそんな感じの事を言っていた。あの下水道を脱出できたのは偏にネエネのお陰だ。俺一人の力では間違いなく死んでいた。

 だから澪雨の予想は外れてほしい。ここが質感非世界だったら、今度こそマジの不運に見舞われたのかと思ってしまう。

「…………」

 仲違いしたとかではないがこの異様な緊張感が口数を減らしたのだ。桜庭についても、俺の肩の怪我についても言及されない。しない方がいい、それは正解だ。ここで言及してしまうと今度こそ三人の間にも隠し切れない不安が広がる。

 それとは別に腕が動かないので、澪雨の肩に置いてもらった。

「日方、部屋はこっちで合ってるよね?」

「構造が違うから何とも。だけど上の階には進む…………ぅぅ。はあ」

 離れて歩くのは論外。多少効率が悪くても固まって歩いた方がいい。死にたくなければ、せめて手の届く範囲に。それが俺達三人が暗黙の内に導き出した、生き残る為の方法。そしてここが非世界であるという前提は認めたくないが、そうと考えるなら良識は捨てた方が良い。今度誰かと出会っても、ペースには付き合わない方が良い事も決まった。

 しかしそれはそれとして、誰か見つけたら声は掛けようとも思う。情報が欲しい。話していくうちに怪しい奴とそうでない奴の見分けがついてくるかもしれない。

「だ、誰だ!」

 廊下と階段を右往左往していてもしょうがないという事で、危ないと知りつつも片っ端から扉の反応を窺っていたら、五つ目でヒット。俺は痛みに耐えるのに必死で喋るどころではないので、対応は凛に一任された。

「避難者です。暗闇の中で何処に逃げていいか分からなくて……入れなくても大丈夫なので、一つお聞かせください。その部屋は、安全ですか?」

「あ、安全に決まってるだろ! 何を言い出すかと思えば……怪しい! 絶対にあああ開けないからな!」

「電気はついてますか?」

「ついてるよ!」

 三人で顔を見合わせる。ついているなら正常なのかと言われたら、本当にそうだろうか。ここまで大規模に停電が発生しておいて一個だけ通電している? 逆にそれは異常なのではないか? 電気が点いているからと言って安全とは限らないのでは。

「その電気、消せたりしますか?」

「うるさい! もう帰れ! 警察は呼んだんだ! 後もう十分もしたら……来るって!」


 ―――警察?


 携帯は圏外で、警察を呼べる余地があるなんてますます変だ。凛に言って、扉を叩いてもらった。

「ちょっと、それは本当に警察ですか? 携帯が通じないのに?」

「この部屋の電話なら通じたんだよ! いいから帰れ! 出てけ! 絶対絶対入らせない―――!」

 




 音が、止んだ。




 

 不自然な静寂に身構えていると、ひとりでにドアノブが回って静かに扉が開く。中にはもう、誰も居なかった。人物自体が嘘という可能性はどうだろう。受話器が床に落ちて転がっているのは、そこに誰かがいた証ではないだろうか。

「…………中には、誰も居ませんね。入らないように。道はありません」

 ネエネが迎えに来てくれたらそれが一番話が早いのだが、頼りっぱなしはいけない事だ。あちらにもあちらの事情がある。長い廊下を進んでいると、床に開きっぱなしの扉が設置されており、凛がそれに引っかかって落ちてしまった。

「凛!」

「ちょ、日方やめて! 腕が!」

 どうせここで一人切り離されるくらいなら巻き込まれた方が良い。惹姫様も一緒に居るのだから、危ないなら教えてくれるだろう。そんな楽観に基づいて飛び込むと、階を上がったようだ。無限に続く廊下の中間に、明かりが漏れている部屋があった。

「…………澪雨様。重いです」

「あ、ごめんなさい……ねえ、あそこって番号も一緒だし、私達の部屋だよね! 日方も、もう限界だし!」

「……一つだけ電気が点いているのは怪しいですが、行くだけ行ってみましょうか。当てもありませんから」

 片腕の感覚がそろそろ無くなってきた。二人に引きずられるように部屋に飛び込むと、アマゾンの様な暑苦しさはエアコンの風によって吹き飛び、身体にまとわりついていた嫌な空気が全て洗い流される。

「…………シン!? どうしたの!?」

 



 部屋の奥には、バスローブ姿のネエネが、コーヒーを片手に寛いでいた。


















 









「うん……これで良し。暫く安静にしてて。私の蟲がシンの身体を治すから」

「ネエネ~♪」

「いや、キャラ変わり過ぎ……」

「日方ってば、あの人が近くに居るとおかしくなるんだよね」

 などと二人に言われてしまったが、匂いをすんすんする余裕まではない。知りたい事があまりに多すぎる。この部屋だけ電気が点いている理由だが……それは説明されるまでもないというか。携帯が答えを教えてくれた。

 時刻がきちんと表示されているし、電波も通っているのだ。

「……しかし、私が居る部屋を除いて非世界に侵食させるなんて賢しい真似をするな。お前達が来るまで気づかなかったよ」

「や、やっぱり非世界なんですかっ?」

「だとしか思えないな。現実と認められなかった、欠陥のある現実世界。質感非世界を一言で言えばそんな所だ。例えば私の体内に居る蟲の非世界げんじつは、『死因』が欠けていた」

「死因ですか?」

「極論、あらゆる生物は死ぬ為に生きている。だがその非世界には『死因』がなかった。『死』がない訳じゃない、『死』という目的地に至るまでの道が丸々なかったと言い換えれば分かりやすいな。だから何をしようとも『死』には結びつかない。それ故に、非世界の生物は皆、死を望んでいる。この蟲が私の体内に住もうとしたのも、私が『死因』のある世界出身だからだ。私は『死因』のない蟲の運命で死ななければ良しこの蟲は私の『死因』に導かれて死ねれば良しの協力関係。だから、この蟲を治療に使えばシンが死ぬ事はないよ」

「…………そう、なんだ」

「確認するまでもない。私に干渉するのを避ける為にここだけは非世界に侵食させていない様だが―――裏目に出ているな。そこまで精密な操作が出来る存在はそこらに居るもんじゃない。明らかに意図的で、悪意がある」


 ―――ここ、か?


 俺がずっと気になっていた事。この瞬間に聞けば、答えが分かるのではないだろうか。元巫女の澪雨も居れば、事情通の凛も居る。組織とやらに所属して質感非世界を知るネエネも居る。今しかない。

「澪雨。何でさ、お前のお婆ちゃんは『夜には気をつけなさい』なんて言ったんだろうな」

 それが彼女の最初の動機。一夜の過ちをするに至った、好奇心としての経緯。

「今となっちゃ理由はハッキリしてると思ったよ。夜はあの町を護る力が働かなくなるから~みたいな理屈をさ。でも考えてみればおかしいよな。お前はそれまで夜更かししてなかったし、この町もずっとそれを守って来た筈だ。なんでわざわざ、知りもしない夜の事を警告したんだ?」

「別の意味があるのではと疑っているんですねー、日方君は。それではどのような意味があると考えますか?」

「いや、さ。この部屋以外の暗闇は性質があの町に似通ってる。ネエネもこれをやった奴には悪意があるって言ったばっかだ。で、さ。もう澪雨は巫女としての役目を下りてるから、こんな直接的に力を振るえるとは思えない。蟲の一件もお前じゃないって言ってたろ。ネエネの?」

「そこまで便利な奴じゃないよ」

「だったらあれも、やっぱりそいつの仕業―――澪雨の後任の巫女の仕業って事になる。ちょっと俺の説明が下手だからまとめるんだけどさ、結局全部巫女の仕業って事にならないか?」


 夜がおかしいのは巫女のせい。この夜が非世界なら巫女の力でそうなっている。

 俺達に狙いを絞ったなら、その巫女は俺達を知っていて、何かをさせたいのだと思う。


「何より、ネエネ言ってたよね。質感非世界は誰かを招く様な真似はしないし、たまたま現実に穴が出来てそれに落ちてしまう不運な人間が犠牲者になる……みたいな話」

「うん。覚えてるよ。シンとの会話は忘れない。質感非世界は誰も招かない。ただ現実になりたくて、こっちの正規品として選ばれた現実にちょっかいを出してるだけ。意図的にそれらを繋ぐことは出来ないよ。普通はね」

「含みのある言い方ですねー」



「澪雨」



 ひょんな事から仲良くなった、純真で優しい友達の名前に親愛を込めて。そして、一筋の疑念をぶつけて。

「お前は意図的に、俺を非世界に引きずり込んだな?」

「……………………ねえ、待って日方。確かに引きずり込んだけど! 貴方の言いたい事も分かったけど! そんなのって……私は何の為に……!」

「シンの言いたい事、ようやく分かった。確かに―――――辻褄は合うね。私もそこまで視えてなかったよ」

 そう、ずっとおかしかった。この町はずっと、非現実的に鎖国されていた。事故が起きても軽傷が精々で死者も出なければ災害もない。あっても報道される様な規模ではない。警察が夜に一切の業務を放棄しても問題はなく、またここに住む人々には『夜間外出』の選択肢を与えられていなかった。

それら全てが巫女の力? いいや、それは副産物に過ぎなかったのではないか?

「…………そうカ。儂等の夜は、とうの昔に穢れていたのナ」

 夜はムシカゴの力が及ばない。半分正解で、半分間違い。夜は力が及ばないのではなく…………現実と非世界が接触しているだけ。



 


 つまり、あの町の正体は。






「蟲毒を通して『傷病』のない非世界に繋がり続ける町―――それがムシカゴの正体なんじゃないか?」




    

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