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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
蜈ュ陝イ縲?ホ」ホ釆」

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135/157

リ・al・fiction

「うわああああ!」

「きゃああああああ!」

「ひぎゃあああああああああああああ!」

 闇に溶け込む黒髪と、血を固めたような赤い瞳が、暗闇の中でもはっきりと映し出される。直視した瞬間、何よりも先に死を覚悟したが、指に嵌められていたムカデの指輪が煌々と輝き出したかと思うと、死の幻覚を見出したまま俺は生きている。

「うム。お前の瞳を初めて見たナ。生気の潤った良い瞳だナ。巫女は、腐っているようだガ」

「だ、誰え!?」

「……あ、貴方の知り合いですかっ?」

「あ、いや。その。えっと。まあ。そうですね……何処から説明したもんかって感じだけど。命の恩人って事になるな。うん」

 まさか椎乃を生かすために殺人をしないといけなくなったとか、祭りで大量に人が死んでくれたから手間が省けたとか、そういう話は出来ない。ややこしくなるだけだし、二人からの信用を失いかねないと思った。

 椎乃を生かしたのは俺のエゴ。俺だけが背負うべき問題ではないだろうか。

「命の恩人?」

「椎をな。助けてくれたんだよ。お前らに紹介する暇はなかった。その……見ての通りというか、人間じゃないし」

「……気持ちは分かります。こんな状況でもなければとても信じられなかったでしょう」

「…………な、なんか私を見る目が怖いんだけど」

「当然だナ。儂は巫女が嫌いダ。闇に満ちた環境でなければ今も奴の鞄に隠れていたサ。ここは落ち着くナ。ムシカゴの夜に近い」

「! やっぱり姫様もそう思いますか!? え、じゃあやっぱり……」

「己が息を潜めていた場所を忘れはせんナ。ここはあの町と同じ状態に置かれている。巫女も、薄々気付いている筈ダ。カゴの中は我が身体も同然。違うかナ?」

「…………貴方、何処まで知ってるの?」

「澪雨様。お気持ちは分かりますがここは安全地帯ではございません。まずは移動した方が良いかと」

「ネエネも交えて話した方が俺もいいと思う。姫様を紹介してくれたのネエネだから」

「……うん。分かった。私の仮説、そこで聞いてね」

 仮説?

 澪雨はこの状況を説明出来るというのか。惹姫様を肩に乗せながら、一先ず俺の部屋に戻ろうという方針を再度展開。悩んでいても仕方ないので手近な階段を選んで駆け上がった。

「あ! ひ、日方! 良かったぁ!」

 暗闇の奥から声がして、反射的に身構えてしまったが、ライトの距離に入ってそれは杞憂だったと知る。桜庭華子、同じ学年であり、平常点が明らかになってから俺に擦り寄ってきた、現金な女子というか、別に悪い事ではないが、デスゲームの一件もあってあんまり近づきたくない。もしかしたら何かの拍子に思い出すかもしれないし。

 俺の危惧など、この場の誰も知った事じゃない。華子は真っ先に俺に近づくと身体を震わせながら抱き着いた。

「良かった………ぐす。みんなとはぐれちゃって……日方、怖かったよお…………うううう」

「…………はぐれたままか? 連絡とかは?」

「それが、携帯落としちゃったみたいで……普段からそんなうっかりなつもりはないんだけどね! なんか繋がらなくてさ……そ、そっちはどう? 助けとか呼べた?」

「いや……」

 余計な情報を与えても混乱させるだけだ。共有しても良い情報だけを選別し、取り敢えず彼女を落ち着かせる。連絡を絶たれたという情報は普通に混乱させると思ったが、嘘を吐いてどうなる。いつまでも助けを呼ばないお前はどんな無能だと罵られても無理はない。だったら都合が悪くても真実を言う。

「そ、そうなんだ。二人もそんな感じ……ってか澪雨、何処に居たの? 全然姿見えなかったけど!」

「え!? ええ……そ、そうですね。参加してましたよ。ただちょっと、事情がありまして」

「桜庭はぁ~はぐれた子と何処で待ち合わせしてたとかってあるのー? ホテルだし、それが分かれば行けるんじゃな~い?」

「そ、そんなの事前に決めてる訳ないっしょ! ホテルに居てこんな目に遭う訳ないし……それに、ホテルホテルって、私の知ってる場所じゃないわよ! みてこの廊下! 何でこんな長いの、何でこんなに部屋があるの!?」

 桜庭は凛から携帯を奪ったかと思うと、ライトを照らしてひとりでに歩き回るようになった。光源が分散したので単純に周囲が見えない。凛と澪雨には俺の両肩を掴んでもらった。

「こんなに部屋無かったよ! ねえネットで調べて……あ、使えないんだった。例えばほら、この扉!」

 ガチャリと扉が開いて―――鍵が掛かっていると思っていたのだろう、桜庭も呆然として暗闇を覗き込んでいる。二人で携帯のライトを入れてみたが暗闇が光を吸収してしまって役に立たない。

「行くナ」

「え?」

 沈黙を貫いていた惹姫様がここで口を開いた。どうやらその声は桜庭には届いていない様だ。

「なにこれ……暗い。電気止まってるから当たり前か。ちょ、ちょっと入ってみる?」

「え、え、え。あ、桜庭、ちょっと待ってくれ。入るのは」

「何怖がってんの! 平常点満点のアンタを当てにしてるんだから! ほら、来て!」

「ちょ、ま」

 ぐいぐいと手を引っ張られ、その力に抗う事を許されない。色々理由はあるが、姫様が警告しているなら恐らく絶対に入ってはいけない。しかしそれを彼女に説明しようとすると非常に難しくなるのと、説明しない場合拒絶する理由が無いという二重苦のせいだ。桜庭は身体の全部が、俺は右肩が部屋に入った所で。

 

 不意にドアが閉まり、俺の肩を挟んだ。


「いだあ!」

「え!? え!」

「日方!?」

「悠心―――ッ!」

正に一瞬の出来事だ、反応が重なって、全員が混乱している。木製のドアに肩が挟まれた程度と侮る事なかれ、壁とドアの端はそれを口と見立て、咬合力で以て俺の腕を食いちぎらんとしている。ドアが肩に食い込み、骨を軋ませ、もうあと数秒の景色では切断されているかもしれない。

「イダダダダダダダダダダダダダダアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「ねえ日方! 扉!? え、何でえ―――!」

「七愛、手を貸して! 扉を離すの!」

「承知しました!」

 演技をしている場合ではない。俺も残った手を使って懸命にドアを開こうとしているがむしろ口は固く閉まるばかり。ワニに噛まれた訳でもあるまいし、何故こうなるのか。

「やめて、やめて―――――!」





「私の日方を傷つけないでええええええええええええ!」






 その直後。

 闇から姿を現した無数の蟲が扉と壁の隙間に集合。カサカサと集まった無数の蟲達はほんの小さな隙間に挟まったかと思うとその場で膨張し、あわや切断という所まで迫った腕をほんの少し解放した。それだけでも十分だ。肩が抜けるなら腕も簡単に引っこ抜ける。

「ふム…………手を貸そうと思えば、こうなるのナ」

 引っこ抜いた反動で尻餅をついて、携帯も落とす。隙間に詰まっていた蟲は役目を終えると空気の様に消えてしまい、扉は完全に閉まってしまった。

「え……日方!? ねえ、大丈夫なの! 私も出たい! 開けて!」

 ドンドンドン。ドンドンドン。

 桜庭の叩く音やノブを回す音は聞こえるが、聞こえるだけだ。ノブは廻っていないし、扉も揺れていない。俺に駆け寄ろうとした二人に指示を出してまで開けさせようとしたがそれも徒労だった。



「ねえ開けて! お願い! 暗い! 電気がね、ライトが―――やびゃぎゃぎゃがやあやあややががあああああああああ!」

 


 喉を裂くような―――否、身体を切り裂かれながら声を出したのだろう。肉と骨とを磨り潰す様な音と、音の割れた叫び声が鳴り響いて。部屋は静かになった。

「――――――ひ、日方。大丈夫だった?」

「今のは一体…………早く戻らないとまずいですね」

「腕…………嘘、血が止まらない! な、七愛どうしよう私―――!」

「お姫様とやらは治せないのですか?」

「ここでは無理だナ。『制覇者』を頼るればよろしいナ」

「ネエネの事だ…………あああああ! でも、、ネエネが治療できんのかよ。あ、う……!」





「やっぱり、そうなんだ」





 直前まで取り乱していた人物とはまるで思えない。澪雨はゆらりと立ち上がると、お姫様と目を合わせて、深く頷いた。

「ごめん。仮説、聞かせるまでもなかった。やっぱりそうなんだって思って」

「澪雨様?」

「日方は知ってると思うけど……私、不思議な世界に貴方を誘ったでしょ? 質感非世界……だっけ? ずっとおかしいと思ってた。でもね、おかしいんだ。だって私の……巫女としての力とかそういうのに、こんな事ってないもん。蟲も、私が呼び出した訳じゃない。私が呼んだ訳じゃないのに、私の命令を聞いてくれた…………他人に説明出来る確証とかじゃなくて、私が勝手にそう思ってるだけなんだけどさ」


 







「ここ、『質感非世界テクスチャート・マップ』になってるんじゃないの?」

 


  

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