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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
蜈ュ陝イ縲?ホ」ホ釆」

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蟲毒な『彼女』は夜更かしのような『恋』をした

「…………む、蟲?」

「そう。蟲。沢山の蟲が皮の身体に包まれてると思えばいい。この身体には骨も肉もない。全て蟲で代用している。シン、貴方の眼の代わりになってるその眼も、出身非世界が違うだけで同じ蟲だよ」

「眼…………眼って、どういう事?」

「俺の左目が見えるようになったのはな、中に気持ち悪い蟲を入れたからなんだ。そいつは空腹になったら俺の身体を貪り始めるんだが……最近は、そうでもないけど」

「非世界でお前に喰わせたのは私の指だ。この蟲は『死』の概念がないゆえに現実として選ばれなかった非世界出身。お前の左目に言わせれば無限に湧いて出る食料だ。だからだろうな」

「禁止事項っていうのは……?」

「こんな危ない蟲を人様の体内に寄生させる事が禁止じゃないなんて、馬鹿な話だ」

 澪雨が恐る恐るネエネの身体に触る。蟲の感触が返ってくると思ったのだろうか、しかし見ている感じは普通に肉の感触で、澪雨は聞いていた話と違うと言わんばかりにツンツンとタッチの頻度を上げた。

「触るくらいで分かるなら擬態の意味がないだろ。そんなに見たいなら今ここで腕を破裂させて蟲を溢れさせても良い」

「や、やめとくっ……おきます」

「俺もやだな……」

「ど、どうしてそんな事を? 体内で蟲を飼うなんて……そんなの……」

「私だって飼いたくて飼った訳じゃない。巫女様はご存じないだろうが、質感非世界には危険すぎる所もある。生きる為には仕方なかった。自分で腹を捌き、腸を元々あった巣に繋いで、巣と同じ温度になって初めて蟲は移動する。引っ張り出した腸の中を夥しい量の蟲が歩いた感覚は今も覚えてるよ。何度死にたくなったか分からない。何度人格が壊れたかも分からない。それでも、生きないといけなかった。大事な人と、約束したから」

 ネエネは俺を一瞥すると、肯定するように頷く。

「お姉ちゃんにはね、貴方しか居なかったの」

「…………え?」

 背中まで伸びた長い黒髪を身体の前に持ってきて、撫でる。心なしか申し訳なさそうに、ネエネは俯いた。

「自分が誰から生まれたのか分からないの。産まれた時は実験室に居て……何かずっと、テストされてた。彼らは親というよりはただの管理者で、愛されていた……のかな。餓死寸前に追い込まれたり脱水症状を誘発させられる事が愛情だったなら、まあその通りだけど」

「…………良く分からないんだけどさ。ネエネはそれで、どうしたら家に来るの? うちの両親……言っちゃあれだけど、普通だよ。そんな怪しい裏社会みたいなのと接点は正直ないっていうか」

「今は勿論無い。だけど昔は職員だったんだよ。記憶を溶かす薬は覚えてる?あれを使って解雇するんだ。記憶がないなら元職員だとしても秘密が漏れる事はない。私が人間社会に溶け込めるかどうかを確かめる為に、組織の奴は一時的に記憶を戻して取引を持ち掛けた。私を4年間くらいだったかな、何事もなく育てられたら復帰させるって話」

「ネエネの言ってる事を疑ってる訳じゃないけど、そんな話ってないよ。あの二人だよ? ないってば」

「子供が親の全てを知ってるとは限らない。元巫女様よ、そうだろ?」

「…………! 貴方、何を知ってるんですか?」

「私はずっとこの町を監視してきた。ある程度の事情は推察出来る。大事な友人に、教えてやらないのか?」

「澪雨? 何か隠してるのか?」

「か、隠してた訳じゃないよっ。違うけど……後で話していい? 今は日方のお姉ちゃんの事だと思うから」

「……本当に気が進まないな。直接的な証拠は出せないけど―――逆に考えてみよう。あの二人が職員じゃないと仮定した場合、致命的な問題が生じてしまう。分かる?」

「…………? 致命的な……問題? ネエネが出て行った理由に説明がつかなくなるとか?」

「それは、前提条件が破綻してるだけで困るのは私だけだ。シンの側からはそれでも別に困らないよね。破綻するのはこの状況―――元巫女様よ。この町の土地の値段が幾らか知っているか?」



「あああああああ!」



 澪雨がびくっと震えたのを横目に、気づいてしまった。破綻するのは前提条件なんて理屈の上の話じゃない。俺がここに居る現実その物だ。

 以前も説明した様に、俺の両親は常識的な範囲でケチだった。その一方でネエネには甘く、ネエネを通したお願いは全て通った。実子なのに実子とは思えない扱いというか、そんな状況だから俺がネエネに懐くのも合理的だったというか。

 そうだ、ケチなんだ。塾にも行かせられないくらいケチな親がわざわざこの町の土地を購入して引っ越すなんてする訳がないのだ。しかもそれは、俺からの頼みで。


 親に何の特別性もチャンスもなく、俺の知る全てが親の全てであったならあり得ない。


 つまりここに引っ越してサクモや喜平やら椎乃やら澪雨やら凛やらと出会った全てが―――俺の認識を否定している。少なくとも両親には、俺の知らない側面があったと。

「え? え? え?」

「……元々住んでるお前には実感がないかもしれないけど、ここ人気の町らしいからな。俺の両親金が無かったし、別に健康に不安があったとかじゃないから引っ越す理由が無いんだよ」

「そう。引っ越す理由なんてない。じゃあそもそも、何で引っ越せたと思う? 仮に理由があってもお金がないと引っ越せないでしょ」

「お金…………そんな大金、何処か………………」

 一般的な範囲と、俺の知る限りでは説明がつかないが、ネエネを絡めると説明がつきかねない。だがそれでは、両親の言葉と矛盾を生む事になる。自分で考えててもまとまらなそうなので、本人に―――唇を震わせながら、尋ねた。

「ネエネ、を。売った。から?」

「うん。目の付け所は良いよ。まあ私は自分から売られたんだけどさ。その時動いた大量のお金が引っ越しの資金源だね。尤も、この町かどうかはあの二人が自主的に決めたんだろう。私が何処に行ったかという記憶はとっくに消されてしまって、無い筈だから」

「私、分からないんですけど。日方がそんな大事だったのに、どうして自分から姿を眩ませたんですか? 引っ越させたかったなら、まだ分かったんですけど」

 澪雨の考え方も分かるが、引っ越しとネエネには最初から因果関係なんてない。俺は里々子から逃げたくて、考えたくなくて、何処でも良いから遠くに行きたいと願っただけだ。話が進んでいく度にネエネは複雑そうに何度も俺を見てくる。一々明かされる情報に対するリアクションを窺っているみたいだ。

 ネエネは昔から、何も変わっていない。

「…………大事だったからこそ、だよ。シンは度々、お父さんとお母さんが自分を愛してないって悩んでる事があったね。でも私も、純粋に愛されてた訳じゃない。組織に復帰するまでの道具だった。だから私には甘かったんだ。そういう思惑もなしに私を慕ってくれたのは貴方だけだった。だから私も、初めて人を愛したの。お姉ちゃんとしての自分に存在価値を見出したの。だから―――許せなかった。シンが私の部屋で寝た後に、二人が会話してたのを聞いたんだ」

「…………なんて?」

「…………………………………………」

 この期に及んで、逡巡。

「ネエネ!」




「―――組織に引き渡すのは、シンの方にしようって話だよ」




「…………そ。それって。は、話と違いませんか? 貴方が返却される予定じゃ……あ、すみません」

「それが、売られた後に事情を聞いてみればそうでもなかった。その時、うちの組織は質感非世界の調査の為に多くの人材が必要でね。世界中から死刑囚やら孤児やら、或いは回復の見込みのない患者とかを集めてたんだ。生還者が誰一人居なかったから、数が大事って訳。私が一時的に預けられたのは人間として正常かどうかの確認だったから、そのプロジェクトに協力するなら私でもシンでも変わらなかった。それに、契約では問題なく育てられたらというだけで、最後に返せなんて言ってないらしいしね」

「………………お。俺を」

 俺は、両親からの愛を感じた事がない。

 愛されていると感じてない内が愛されているなんて言われたりもする。俺は愛されていると思っていた。まるで良い思いはした事もないし、ネエネの方がよっぽど俺を愛していた様な気がするが、血の繋がった親子ならば。愛されているだろうと思っていた。ただ俺に届いていないだけなんだと。

「俺。お、れを?」

「質感非世界へ向かわせるのは事実上の死刑に等しい。戻ってこられるか分からないからね。本来はシンを売って、そのお金で引っ越す予定だったんじゃないかな」

「俺。俺、おれ、は。両親に」

「日方!」

「…………あ、ああ。大丈夫、多分。ネエネ、続けて。後悔しないって言ったから」

「私はすっごく後悔してるよ。シンのそんな顔、見たくなかったから隠してたのに。それを聞いたから、私は勝手に話を付けて、自分から売られたんだ。それでね、ついでに脅迫したの。私のいない内にシンに酷い事をしたら、どれだけ掛かっても破滅させてやるってね」

 握り込んだ拳が砕け散ったが、ネエネの手首から赤い液体を纏ったうじゃうじゃした生物が湧いて出てきて手首を再生産。説明も併せて完全に、ネエネが人間とは違う生物になったのだと思い知る。

「非世界に送られた奴は殆ど帰ってこない事も聞かされた。その上で私は貴方が心配だったから、生きて帰ろうと思ったの。貴方の為なら身体に蟲を寄生させる事も、四肢をバラバラにされる事も、現実に満ちた全ての『恐怖』を体験する事も堪えられた。農作物として栽培される事も、果物として世話される事も、デザートとして身体を削られる事も、被虐者として焼却炉で暮らす事になっても。身体の感覚がなくなって、自分の名前も思い出せなくなって、ありとあらゆる記憶が壊れていっても、貴方の事だけを考えて生きてた。帰ってこられた時は本当に嬉しかったよ。嬉しかったけど…………」

「嬉しかった……けど? 日方には会わなかったんです、よね」

「テセウスの船みたいな物さ。私は怖くなってしまった。今の私は所詮、中の蟲の侵食に抗った結果今度は保護されてしまっただけの人格の残りかすだ。そんな怪物が会いに行って、大好きな弟は私をお姉ちゃんと認めてくれるだろうか…………答えを知るのが怖くて、今日まで避けてきた。けれど、こうなってしまったからには、そろそろハッキリさせておいた方がいいかもね。お互いにさ」

 ネエネは俺に近づいて両手を広げた。






「ねえ、シン。この話を聞いても、貴方は私をネエネと呼べる?」







「………………………そんなの、当たり前だろ!」

 両親は俺を愛していなかった。ネエネだけが俺を愛していた。そう考えたら、答えなんて決まっている。決まっていた。淀む余地すらなく、考える暇もなく、口に出ていた。

「ネエネは拒絶して欲しいのかもしれないけど、俺はもう気づいてるんだ! 今までの話全部聞いて……俺の平常点さ、操作してたのネエネだろ?」

「え?」

「澪雨と同じ点数なんておかしいと思ってた。いや、それだけじゃない。正体が分かってない頃からネエネはずっと俺を助けてくれたよね。椎乃の時も、デスゲームの時も、ずっと俺に手を貸してくれてた! メリットなんか一個もないのに! 俺は両親みたいに変な組織とも繋がりが無いし、ネエネみたいに酷い事もされてない! 普通の人間を助けても! ネエネやネエネの組織にはメリットなんて生まれない!」

 特別じゃなかった。

 普通だったから、俺はネエネの生きる理由になれた。ネエネは愛してくれた。

「ネエネは、あの町で俺が生きやすいように平常点を改竄してくれてたんだよね!? 町内会に目を付けられないようにしてたんだよね!? ネエネかどうかなんて分かるじゃん! ネエネじゃん! たとえ身体が殆ど蟲でも、前と違ってちょっと男っぽい喋り方でも、化け物みたいな強さでも、ネエネはネエネじゃん! そんな、そんなさ! 俺一人の為にそこまでしてくれるのは、ネエネ以外の誰でもないじゃんかよ!」

 身体に蟲が潜んでいる事を、己の怪物性をネエネは否定している。そうだ、顔を見せたくないのが望みなら、ここで俺に否定して欲しかったのだろう。それでまた、影ながら助ける気で居たのだろう。

 そんな事は許さない。そんな事は認めない。



「ネエネ………………………………………おかえり!」




 大好きな姉を、力一杯抱きしめる。ぼろぼろと零れた涙は辛さを忘れさせる様だ。ああこの感触を、この体温を。俺の記憶が覚えている。













「――――――――――――――――――シン。うん………………ただいま」













 やっぱり、ネエネなんだ。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] おかえり、ネエネ これでシャンプーの香りも本家の嗅げるね 髪は蟲がどうたらって難しいだろうからほぼ唯一の本人製だろうし [気になる点] どちらかの組織はもしやまったり更新されてるあの作品の…
[一言] ネエネが、ネエネが、、、。 まあなんにせよこれでようやく再会ですね。ここから先は姉弟の穏やかな暮らしとかかな。もう逃げよう。
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