初恋対策
凛とラーメンを食べている間は、何事もなかった。ラーメンを食べる凛の絵面が衝撃的だったという事を除けば里々子が割り込んでくるような事もなく。本当にただ食べただけ。表向きには知られていない監視の存在を除けば警戒の概念さえなさそうな修学旅行なのに、まさかのイレギュラーが緊張感を生んでしまった。
「監視はともかく、悠心の彼女を掻い潜るのは難しいね」
「元カノだ。俺に彼女はいない」
「そこは私って言うところだよ」
「…………すまん。そういう設定だった」
「設定…………設定かー。悠心的に私は彼女に相応しくない?」
「……は?」
「冗談。忘れて」
急に何を言い出したかと思ったが、安心した。凛の思う彼女というのはそういう発言をするらしい。普通に演技を忘れていた俺にとやかく言う権利はない。一度壊れた嘘は中々取り戻せない。まして里々子の前でバレたらいよいよ取り繕うのが難しくなる。単に拒絶すればいいだろうという声もあるが、俺の心的負担を考えてくれたのだ。
「さーて、ここからどう行こうかな。あんまり大通りは通りたくないね。見張ってるかもしれない。特に交差点付近は監視しやすいから……制服が割れてるから、あんまりね」
「着替えちゃまずいのか?」
「修学旅行なのに着替えるとかマジで言ってる? 監視の目を逃れる時はしても良いと思うけど、そうじゃない時にするのは逆効果だねー。制服は識別の負担を減らす為の工夫。それが封じられたら単に人手を増やすだけだと思うな」
「なんか随分厳しいな」
「澪雨様が巫女としての務めを果たしてる時、着物着てるのもそんな感じの理由だから」
「そんなもんなのか。まあアイツに関しては前から見てたって事で説明つくけど、ここの道にやたら詳しいのはどういう訳だ? 実はお前も転校生だったとか?」
「そうじゃないけど、修学旅行先だから下調べくらいするでしょ。ネットって便利だよねー、ビューマップを見れば全部わかっちゃう。後は記憶力の問題」
「本当ならもっと後に行われる筈だったのに随分下調べが早いんだな?」
「…………備えあれば、幽霊なし」
「備えておけば未練が残らないからってか。あほらし」
結局、初期から感じていた怪しさみたいな物が彼女から抜ける事はなかった。 何なのだろう。最後まで隠し事をされている感じは。凛自体はもう信用も信頼もしているのに、どうも釈然としない。かといって不安でもない。致命的な秘密を抱えられている訳でもないだろうし……ひょっとしてあれだろうか。女性はミステリアスなくらいが丁度いいとかいう、モテ術。里々子も昔は実践していたので覚えている。
「……そういや気になってたんだけど、お前ってモテるのか?」
「急だねー」
「いや、何となくさ。いや、お前をエロい目で見てる男子が一杯いるのは分かってるけど、実際告白とかされるのかなって思った。答えたくないならいいけど」
「あったとしても断ってるから。恋人なんて居たら澪雨様の護衛も務まらないし。んでも、悠心とは夜更かし同盟だからもし告白されたら断る理由もないけどね」
「…………えっと。こういう時はなんて答えるのが正解なんだろうな」
「答えなくていいよー。困っちゃうでしょ。私もどうせ断るのに告白されたらちょっと困るし、大体同じ気分かな。人の想いに応えられないのはちょっと申し訳ない……なんて、そう思うなら受ければいいんだけどさ。難しいよね」
自然な流れでパンフレットに指定された土産屋に入っていく。学年とグループ別でルートが違うからたまには交差する事もあるだろう。三年生と一年生が同じお店に集っており、彼らもまた俺達の存在に気づいた。だからどうという訳ではないが、また何人かが凛に目を奪われている。
「……幸運だね。同じ制服が沢山いるから見つけられたとしても時間がかかる。悠心。ちょっとだけ別行動よろしく」
「別行動?」
「多分、私の方が目立つでしょ。三十分後に出口の方で合流。んじゃ、バ~イ!」
俺の返事を待つ暇もなく凛はわざと大きな声を出しながら離れていった。ふと思ったがこの修学旅行を一番楽しめていないのは他でもないアイツな気がしてきた。何の思惑をどれくらい考えているかは知らないが、明らかに気が張っているというか。その緊張感に俺は助けられてきたのだが、それはそれとして楽しむという点においてどうなのだろう。
「…………」
それよりも考えた方が良いのは、土産の中身か。ちょっと前ならまだ俺にも親切心というか親孝行の心は存在したが、関係が悪化した今はそんな気にもならない。かといって土産を買いたくならない訳でもない。例えばサクモには買っていってやりたいし。壱夏も口は悪いがプール掃除した仲でもあるし土産を渡すくらいの義理はある。
で、何を渡すのか。
「うーん……土産かあ……」
ここに歴史的名所にあやかった商品があるだとか、天然記念物を模したお菓子があるとかならそれで良かったが……どうしよう。見て回ったが、パッとしない。この町には悪いけど。サクモに何か渡そうとすると途端にテキトーという選択肢が取れないのが辛い。
お金には困っていない。一千万円は持ってきていないが、持ってきていいならこの店の品物を全部買う富豪プレイも可能だ。店舗自体を買うとかでなければ流石に足りると思われるが、それは果たして土産なのかという考えもある。大体普通の学生が一千万なんて使うのは異常だ。そこで警戒されるのは困る。
「何か困ってますか?」
店員かと思って振り返ると、帽子とマスクで顔を半分以上隠した女性が俺を見て首を傾げていた。
「………………え」
「?」
「い。え。あ。え? いや、その…………え?」
声が出ない。
里々子以上に、俺はその人を知っている。
知っていた。
憧れていた。
「はあ? 何言ってんだ?」
「ちょっと何言ってるか……すみません。多分人違いだと思います」
そんな筈はない。本人に確認こそしなかったが、というか確認出来る訳なかったが。だって尋ねられる訳がない。親切にもおすすめのお土産を教えてくれた人でもあるし、人違いだったら恥ずかしいし。
でも興奮を抑えられない。喋れば喋る程、人違いとは思えなかったから。ネットで改めて調べると、まんまだ。特筆すべきは何よりもその身体。凛や澪雨よりも大きく、セクシー女優より遥かに需要があるとさえ言われた蠱惑的なスタイル。太陽のような輝きを持っていたその笑顔。見る者全てを笑顔にした歌声と、徹底的なサービス精神。
でも、有り得ないという声も分かる。
「はあ…………いえ、知っていますよ私も。話題性は抜群でしたからね。しかしどうにも信じられないというか」
「本当だよ! 見間違える訳ない! 多少なりとも俺だってこゆらーだったんだから!」
波園こゆるを見間違えるなんて、あり得ない。




