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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
蜈ュ陝イ縲?ホ」ホ釆」

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失恋傷心の男は甘い果実

 俺がこの世で一番嫌いな女を一人挙げるとしたら、コイツになる。

 俺がこの世でもう二度と会いたくない存在をあげるとしたら、彼女になる。

 俺が記憶から消し去りたい思い出をあげるとしたら、それはこんな奴の彼氏であった事だ。



 こんな純粋な顔で、こんな人懐っこそうな顔で。



 こいつは平気で他の男に身体を明け渡す。身体を触らせる。キスさせる。本性を知ってから全部間違っていたとハッキリした。俺の初恋は欺瞞だらけだった。そういう意味でも、ネエネが初恋という事にならないだろうか。俺もそうしたいのだが、ネエネが居た頃には絶対にそんな感情を自覚していない。誰が何と言おうと自分が納得出来ないなら無理だ。

「引っ越したって聞いた時はびっくりしたんだよ。何処に引っ越したの?」

「…………」

 トラウマとは恐怖の根源。本能に染みついた『抗えない』象徴。幾ら蟲毒の町で強気に立ち回れてもこういう状況になると精神は逆行し、演じていた頃の自分へ。好きな人の為に己を殺してまで、色々と無理をしていた自分が、戻ってくる。

「お、お前には関係ない。放っておいて、くれ」

「そんな言い方ってないでしょ? だって夏休みに、たまたま遊びに来たら会えたんだもんね! 急に行方を眩ませた恋人と再会するってこんな気分なんだ! ロマンチック~!」

「は……」

 それでも、禁忌を破って夜を歩いた俺には、かつて存在しなかった度胸と覚悟がある。嫌悪感をむき出しにするくらいは何とか踏みとどまれる。それ以上は無理だと思ったが、今の一言で怒りのボルテージが一気に引き上がった。

「恋人!? 俺とお前が恋人だって! 別れただろうがよ! お前は俺を彼氏に相応しくないとか言って、別の、俺が一番嫌いだった奴とくっついた癖に何言ってんんだ!」



「別れたよ」



「…………別れた?」

「悠心がどっかに行っちゃってから直ぐ別れた。そうだ聞いて。怖かったの……ストーカーになってね。もう退学したからいいんだけど……怖い、悠心!」

 それはいつものノリだ。

 ノリというのは、里々子に対する印象が徹底的に冷めた事による偏見かもしれない。だがノリはノリだ。涙を浮かべて身体を震わせようとも、そこにはただ慰めて欲しいというエゴしか詰まっていない。

 トラウマから体が動かないのを良い事に、里々子はぴったり俺にくっついて、心臓の音に耳を澄ませる。

「…………良い男になったよね、悠心。凄くあか抜けたっていうのかな、すっごく好み! ねえ、別れたって言い張るならもう一回付き合おうよ。私も可愛くなったでしょ?」



「いいえ、それは無理」



 力ずくで里々子を俺から引き離し、間に割って入ったのはトイレから戻ってきたであろう凛だった。ギャル凛状態を除いて基本的に無愛想な方だが、今度ばかりは俺の眼からも分かるくらいあからさまに、苛立っている。

「何故なら悠心は私の彼氏だから」

「彼氏? ふーん。悠心。悠心、今はこういう子が好きなんだ。ちょっと遊んでる感じの子。女の趣味悪くなった? 私の方が絶対可愛いのに!」

「可愛さは価値観。誰からどう見て可愛いかは関係ない。彼は私を選んだ。貴方よりよっぽど素敵だって思ったから付き合ってくれたの。好みが変わったなら私は嬉しい。スレンダーなのは、私自身の好みでもあるから」

 二人の言い争いに口を挟めないでいる俺の、何と情けない事だろう。凛は俺の手を強く掴むと、そのまま勢い任せに展示館を後にする。

「ちょっと、寄り道しよっか」

 寄り道という名の逃走劇。こうしてされるがままに連れていかれると分かるが、凛は明らかに逃げる事に慣れている。わざわざお店に入って裏口から許可をもらって出るのも、頼み方からして手慣れている様子。

 そうやって複数の店を介して本来向かっていた場所から大きく離れると、凛は柱の陰に俺を連れ込み、手を握ったまま胸の前で重ねた。

「―――落ち着いた?」

「な、何が?」

「自覚無かったかー……凄く震えてたよ、私は知らないんだけど、あの人は誰なの?」

「…………俺の元カノだ。その……引っ越す原因っていうか。アイツとは―――」

「いいよ言わなくて。声が大きかったから元カノって分かったら大体把握出来る。一応私からすれば恩人になるけど、貴方からすると会いたくなかった人って所かな」

「恩人?」

「貴方に会わせてくれたから」

 それとこれとは話がべつだけどね、と凛が周囲を見回した。ついてくる気配はない。見知らぬ土地で堂々と人を撒こうとする彼女の度胸には感心するばかりだ。これが出会ったばかりの頃は道に迷っていたのだから面白い。夜は町の構造が変わるので仕方ないが。

「悠心と復縁したがってるみたいだから、探し出されるかな……私達の行動ルートは把握されてないと思うけど、制服だし、修学旅行か校外学習のどっちかって事は見破られてると思う。パンフレットを入手出来るとも思えないけど……」

「何を不安に思ってるんだ?」

「私だったら、好きな人ともう一度遭遇する為に手段は選ばない。修学旅行と読むなら行きそうな場所を虱潰しに探すね。それで同じ制服の人を見つけたら、色々聞きだすとか」

 まさか幾ら里々子でもそこまではしないと思いたい。一度はあっちから振ってきたのに、今更ヨリを戻そうなんて都合が良すぎる。まともな人間のする事じゃない。

「…………取り敢えず、昼食どころを探そうか。出来れば人が来ない様な場所。あんまりネットは使いたくないね。人気の店だと鉢合わせするかもしれない……どうしようかな」























 あまり女子受けするメニューが無ければ心理的に入りにくい筈という読みから、俺達が昼食に選んだのはラーメンになった。女子は口臭とか気になるもんじゃないのかと思っていたが、曰く『優先順位を間違えたりはしない』との事。

「しかもここは狭いから、猶更入りにくい筈。本当はもう一個回った後に行きたかったけど、時間をずらさないとね」

「狭いとか言うなよ。失礼だろ」

「悪口に聞こえるんだ? 私は狭いお店の方が好きだよ。貴方との距離も近くなるし」

 俺を彼氏と言い切った手前、新たに凛のロールプレイが始まってしまった。そういうのはせめて里々子が居る前でと思っていたが、人前ではギャル凛を演じている様に、彼女は細かい所でボロを出さない為に念入りだ。

「私は塩ラーメンでいいかな。悠心は?」

「醤油で。まさかお前とラーメン食うなんて思わなかった。今日は初めての事ばっかりだ。外に出たら元カノと再会して、お前とラーメン食って………………」

「そんなセンチメンタルにならなくてもいいのに」

「そうじゃないんだけどさ」


 蟲毒の町は、俺を守ってくれていたのだなと。


 何せ外に出なければ俺が元カノと会う事はなかった。夜に外へ出なければ平和な日々を過ごせていた。負の側面が見えてからあの町には嫌気が差していたが、良くも悪くもそこに住む人々を守っていたのか。


 ―――俺はどうすりゃいいんだろうな。


 せっかく楽しもうと思っていたのに、あの町や怪異毒とも関係ない、俺個人の問題とぶち当たるなんて厄日だ。里々子と俺の問題を、いつまでも凛に庇ってもらう訳にはいかない。




 今度こそ、もう一度。改めて、ハッキリと振るべきなのか?

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