初めての恋が実った時
「んじゃ、行きまっしょー!」
「お前そんなキャラだったか?」
「気にしないのー。ほら行くよユーシンッ」
本来なら三人組で、そこには澪雨も加わっていたのだがどういう訳か不参加で、不参加のまま許されているので俺と凛の二人きりだ。一旦集まって、全員の確認が取れたら解散。グループはパンフレットにのっとって決められたスポットを巡る。一緒に行かない理由はグループ毎に行く順番が変わっているからだ。一度として誰とも鉢合わせないという訳でもない。同学年ならともかく、例えば一年生と三年生の何処かのグループとは要所要所で鉢合わせる。
勿論、その時交流するか通り過ぎるかはお互い次第だ。同学年は平常点の区分もあって気にも留めていないが、特に一年生の男子は凛の方を見て、何やら下世話な話をしていた。同じクラスの女子でもないと普段の凛はどういう原理か胸を抑えているから、その豊満な胸について知る由はない。それ抜きでも美人だからと言われたらその通り。しかし後輩にとって軽薄な雰囲気はマイナス要素にならないのだろうか。
「……そう言えば。今更なんだけど。気にしないのな。ああいう話」
「何それー。本当に今更じゃん! きゃはーウケる~! 私がユーシンを見て何か思っても勝手でしょ。それと一緒だよ~、私を見て何か思っても自由って感じ?」
「―――実際の所は?」
「……本当に何も。理由を考える方が難しいくらい何とも思わないね。まあでも、悠心にそういう目で見られるのは、ちょっと揶揄い甲斐があって面白いけど」
「得体のしれない風評被害も、しれっと名前で呼ぶのも流せないぞ」
「悠心って呼ばれるの、嫌だった?」
「………………別に、いいけどさ」
修学旅行生全体から離れたので、いつもの凛に戻ってもらって、会話を続ける。あまり踏み込んだ話は何処に監視の目があるか分からない以上出来ないが、町内会も凛の素の性格くらいは把握している筈だ。そうでないと困る。
「決められた場所さえ巡るなら後は何しててもいいらしいけど、貴方は何処へ行きたい? 昼食なんかは特に大事だよね。クラスメイトと出来るだけ鉢合わせしたくないでしょ」
「監視だけは撒けないけどな」
「え?」
「え?」
二人で立ち止まって目を見合わせる。これはこれで不自然な行動だが、早々にかみ合わなくなった話題は擦り合わせないとズレが酷くなる。きょとんとして固まる凛を尻目に俺は頭を振って食らいついた。
「いやいやいや。だってそういう流れだろ。監視が居るから好きに出来ないって」
「何の為に澪雨様省いて二人きりになったと思ってるんだか。それは監視を掻い潜る為だよ。いい? 特定のスポットを巡らせるのは監視の負担を緩和する為。今もどこかで誰かが私達を見ている。怪しい動きをしたら重点的に監視されるのも目に見えてる。だけど、ここはあの町の中じゃない。撒くのは十分に可能だよ。で、撒いたとしても監視が居るなんてパンフレットの何処にもないからあっちも問い詰められない訳。勝手にしてた事に文句付けても仕方ないよね」
「確かに他のグループならそういう言い訳が出来るかもしれないけどな。お前町内会側の人間だろ? 事情を知ってるなら怪しまれるだろ」
「私と澪雨様の関係は、知られておりません」
それはいつだったか聞いた様な言葉。表向きの話だと思っていたが、どうも違うらしい。確かに思い返してみると凛は事情を知っている割には町内会に直接絡んでいた記憶がないし、澪雨の記憶を見た限りでも、二人が会っている時は周囲に誰も居なかった。
「…………え? じゃあお前は町内会の事情を一方的に知ってて、且つ澪雨の護衛って事なのか?」
「微妙に訂正した方がいいね。護衛だから事情が一方的に分かるの。澪雨様が教えてくれるでしょ、中枢に一番詳しいのは町の心臓その物なんだからさ」
それは正論なのだが…………そうなると、今までの認識とは違った意味を持ってくる様な情報があった筈だ。それが食い違ったから今すぐにどうこうという訳じゃないが、こういう勘違いは自分の早とちりというより一方的に情報を絞って出していたのではという疑念がつき纏う。信用していない訳じゃないが、凛には壺の一件で前科がある。
「しかし、タイミングは重要だね。今すぐ振り切ってもあんまし意味ないし。取り敢えずさくっと何個か巡っちゃおうか。展示館とか、お土産物屋とか。そこの時は何も考えずに楽しもう」
自分で言うのもあれだが、俺は斜に構えている節があるので行くまではそれの何が面白いのか分からなくない事が多々ある。行ったら行ったでどういう場所でも大体楽しめてしまうのだが、特に何か、この町の海岸に流れ着いた漂流物の展示館なんかは、建物全体が落ち着いた雰囲気で素直にデートとして楽しめた。
「不思議な物がたくさんあるんだね……流れ着いたのに錆びてない刀、銘は無し。海草の剥がれない拳銃……表皮はぼろぼろなのに内側が傷一つない樹木……変わってるなあ」
「こういうの絶対嘘だと思うんだよな。何らかの法律に違反しないか?」
「ロマンがないね、悠心は。ほら、これとか凄いでしょ。サンタの落とし物だって。ふふ」
「夏にサンタは来ねえ……ってよく見たら冬に落とされたと考えられるとかいう注釈あったわ。腹立つな」
ていうか何だよこの展示館は。
展示されてる物が悉くトンチキというか、とても信じられそうにない物ばかりだ。これを珍しい物とみるかただの嘘とみるかは人に分かれる。俺だって科学には詳しくないがこれは嘘だってわかる。科学的ではないし。
「監視、さっきから気にしてるけど中にまでは入ってこないみたい。お陰様でゆっくり出来るよ。貴方は?」
「正直お前にそう言ってもらえるまで緊張してた。何だよ、怪しいかもって無理に肩肘張ってた俺が馬鹿みたいだな。そうならそうと最初に言ってくれ」
「ごめんね。せっかくだし、あそこで記念写真でも撮る? 生物学上、何にも分類されない化石って奴」
「絶対適当に書いてるじゃん」
そして化石というが俺には骨のとんでもアートにしか見えない。中年の恋人や年配の夫婦も見える中、凛はわざわざ胸元で俺の腕をがっちり挟んでから、慣れた手つきで自撮りを始めた。
「はい、チーズ」
「また脅しに使われる写真が増えたな」
「ううん。これは個人的な物だから心配しないで。そもそも―――これは後で話そうかな。ごめんね、ちょっとトイレに行ってくる」
「え、ああ」
凛は何を言いかけたのだろう。そもそもと前置きに使うくらいだから、また以前の発言を覆すつもりか。それともやっぱり、意図的に情報を絞っていたのか。些細な事で疑念は募るばかり。それもこれも彼女の絶妙すぎる立ち位置が悪い―――
「あれえええええええ! 悠心でしょ!? こんな所で会うなんて!」
凍り付いていた時間が、動き出す。
解凍と同時に、溶けだした氷が身体を震わせた。その声は忘れようもない。忘れられる筈などない。振り返って、その顔を見て。思わず口から出てしまった名前。
「………………………里々子」
「あっはっ! やっぱり悠心!」
葛里々子。
小柄な体と無垢な純粋さと。守りたくなるような笑顔が好きだった。
俺の、元カノ。




