七つの恋に凛と咲く愛
あんな言い方をされたら、断れる物も断れない。断ろうとするなら鋼の意思で以て―――俺には許嫁が居るとでも言い張らないと無理だ。しかもその空想の許嫁を本気で好きにならないといけない。凛の眼には珍しく熱意というか決意というか、後戻りを許さない激情を感じた。
「わ、分かった…………分かったからその……身体を押し付けるのは……」
「誰も来ないよ」
「来ないけど! お、俺だって男だからな! 限界があるんだ! 察してくれ!」
凛の強気に俺はどうする事も出来ない。返事を聞いた彼女は満足そうに身体を離して、ブラウスのボタンを閉めた。ただしリボンは逆に緩めるばかりか取って、ベッドの上に放り出す。
「うん。その返事が聞きたかったんだ。有難うね悠心。もし強情張るようなら身体で分からせる所だった」
「…………俺の誠意が通じてくれて良かったよ。別にこんな事しなくても協力するのにさ。じゃあ協力の代わりと言っちゃなんだけど、お前って結構町の事情に通じてるよな。この修学旅行の目的とか、構造の全体的な説明とか出来ないのか?」
「……私が知ってる所までならいいけど。約束出来る? 命令に従う、誰にも言わない」
「言わない。心の中だけにしろって事な。はいはいオーケー」
「じゃあ手短に。一応グループ別で見て回らないといけないし。全部話すと時間が足りないけど、何が聞きたい?」
凛は情報を惜しみなく出す真似をしない。双方信頼関係は築かれていると勝手に思っているのだが、それでも情報を渋るのは何故だ。俺を信じていない? いや、信じていないのであるなら辻褄が合わない。何故俺を脅迫したのか。それは現時点で信用する為ではなかろうか。
脅迫されたのに信用されてないとすると、俺は一体何を脅されているのやら。
「……目的が聞きたいかもな」
「まずさ、平常点って何の為に用意されたと思う?」
「…………不都合な町の真実からどれだけ目を背けてくれるかどうか、っていうパラメータ」
「回りくどい言い回しだね」
「事実そうだろ」
壱夏の発言や澪雨の記憶を総合すれば、そういう事になる。夜に外へ出て欲しくないのはムシカゴが働いていないから。明らかに科学的でない異常気温も併せて、あの町の夜はおかしい。また、澪雨は自分の力の事を何も知らないらしい。ならその辺の住民が力の起源どころか蟲毒という呪術的な行為で作られた平和という事さえ知る由はない。
俺だって澪雨に誘われなきゃ、知らなかった。何となくここは事故が少ないし人死にも起きないし、災害もないし。運はいいかもしれないが、そんな物だろうと。
「まあ概ね正解だね。そう、貴方が高い理由は分からないけど、町内会に近い程この点数は基本的に高くなる。近くないのに高い人―――例えば椎乃は、規則を守ってるし、点数も危なげないし、バイトとはいえ社会貢献もしてるから高いの」
「お前が勝手に弄ってると思ってた」
「あれを決めてるのは会長だから。どうやって住民全員を把握してるのかは知らないけどね。平常点が原則非公開なのはこの町だけのルールで、裏側の事情だからね。生徒には進級進路のボーナスとして、一般人には単なる監視機能としてある訳。今回は特別に平常点が公開されたけど、学生だけが自分の点数を把握出来るって考えたら学生である事にメリットがあるね」
「ちょっと待ってくれ。平常点って他の人にもあるのか?」
俺が散々関わって来た平常点という奴は授業態度や提出物の提出率等ではなく、日常生活においてどれだけ優れているかという点数だ。だから学生以外に存在しても不思議はないのだが。実際に聞いてみると驚きがある。
壱夏と違って信憑性も確かだ。アイツは平常点に脳を支配されているから情報が歪んでいる可能性がある。凛は町内会側でありながら澪雨の護衛なので、そうはならない。
「当たり前でしょ。だって平常点は隔離の為のシステムなんだから」
「隔離…………聞いた事あるよ。壱夏にな。お祭りの時、神社に人が隔離されてたらしいじゃないか。平常点が低い学生が来てたって」
「そこんとこ、町内会はちゃんとしてるんだね。大勢死んだって言うのに……うん。そういうのね。あそこで隔離された人はどうなったかってのは聞いた?」
「…………いや。ただ低い人は行方不明になるって話は聞いた」
「殺されるよ」
薄々言われていた事でもあるが、凛の口からそれを聞くと、寒気がする。
「蟲毒って分かる? 蟲を壺の中にいれて殺し合わせる奴。バトルロイヤルみたいな奴」
「ああ、分かるよ」
「この町はさ、それに守られてるんだよね。蟲毒って中の母数が減らない事には進行しないから、間引きだよね。だから平常点一定ラインを下回る人は殺す。殺してその全てを還元する。ほら、家畜の身体は余すところなく使えるのが理想って言うでしょ。蟲毒に守られてきた人もそう。どうせ死ぬなら余すところなく使おうって訳」
「―――待て」
修学旅行中に聞きたくはなかったが、こういうタイミングでもないと聞き逃す気がした。お姫様から似たような事は聞いているから、驚きはない。問題は、俺が聞いたのは仕組みであって、凛が話したのは現実。
「そんな事してたら町は寂びる一方だろ。土地を高くしてる場合じゃない。色々安売りして人に来てもらう必要があるんじゃないのか?」
「蟲毒を終わらせるならそうだけど。あくまで続けるだけだからね、巫女の命が尽きるまで。でも死ぬ前に役目は受け継がれるから、終わらないか」
「答えになってないぞ。どんなに恩恵があってもちょっと不真面目な態度を取ったら死ぬなんて冗談じゃない。公表されてなくても大勢いなくなれば気づくだろ!」
「だから行方不明扱い、転校転居扱いなんだよ。大きな数字は少しずつ処理すればいい。一か月に何人か行方不明になったとしてそれが町のせいだなんて馬鹿げてるでしょ。確かに、最後にはバレるかもしれないけどさ―――悠心も見たでしょ。あの妃季比良祭りの悲劇。澪雨様が役目を下りた。そして誰かが役目を代わった。巫女が居ないとあの町は続かないんだよもう。この町に住んでいる殆ど全員に爆弾が括りつけられてる。人が居なくなって問題が表面化するリスクを考慮しても、確実に死ぬリスクには代えられない」
惹姫様は言っていた。元来このムシカゴは緊急避難の意味合いが強かったと。とにかく凌ぐ事さえ満足に出来ない災害を躱す為に、後々にツケを残してでも今を護る。それが常時続いてしまったのが町の現状なのだろう。
巫女も死ぬのが嫌になって自分の子供に継がせるもんだから、猶更引けなくなったという所か。姫様で情報を先に知り、凛で辻褄を合わせる。成程、やはり両者の発言に違いはない。情報は相互作用的に裏が取れた。
…………嘘なら、その方が良かった。
「まあ凛。じゃあ今回の修学旅行で外れた奴ってのは」
「…………今回はあんまりにも人数が多いからどうだろう。単純に殺すとも思えないな。あ、連絡取ったら危ないから禁止。万が一殺されたとしたら持ち物全部取られるに決まってる。貴方まで巻き込まれるよ」
「死ぬって事か? もういいだろ、もったいぶらなくて」
「今度ばかりは本当に読めないの。だって一度役目を下りた澪雨様を見逃すのも訳分かんないし……ねえ。これ私が悪い? 修学旅行楽しめなくなっちゃった?」
「…………いや」
そこだけはきっぱり、否定しておこう。俺も凛も、選ばれた側だ。せめてその幸福を享受しない事には、始まらない。
「物凄く心配にはなったけど、あっちには壱夏が居る。サクモも居る。もし何かあってもあの二人がタダで終わるとは思わない。それにお前……この事を内密にするってのはさ。修学旅行に監視が居るって言ってる様なもんだろ」
「そうだね」
「だったら楽しまないと不味いな。目は口ほどに物を言うし、顔に出る事もあるから。そうでもしないとお前との約束を守れない」
「…………」
少し話し過ぎたか。パンフレットによるとホテル前の駐車場に一旦集まる必要があるらしい。このままだと普通に遅れてしまう。
凛に手を差し伸べると、彼女は嫋やかにその手を取って。腕を谷間で挟むように絡ませた。
「外ではこの感じでお願いします。全員と離れるまでは、尻軽な女でね」
「……お前ってそういう所慎重だよな」
「演じるなら最期まで。一度見破られてしまえばそれまで演じていた全てが無駄だったみたいでしょ」




