お気楽ラスメイト
彼らが足切りに引っ掛からなかったのが不思議なくらいだったというか、いつのまにそこまで平常点が上がったのだろう。まさか祭りに参加していたから上がったとは言うまいな。
「や、ユージン。隣同士ね」
席順を決めた覚えはないし、そもそも一緒にやって来たのだが。彼女に隣の空席をぽんぽんと叩かれたら座らない訳には行くまい。元々決まっていた体で話すとして、バスは微睡みの覚めぬ中で出発した。
「椎。お前も平常点そんなに上だったのか?」
「あのさあ。私が何でバイトやってたか言わなかったっけ? この時の為ではないけど、点数の為! アンタと隣同士だったのは偶然だけど、話せる奴がいてラッキー♪」
「もうそういう体で行くのな……いいけどさ。新鮮味はないぞ」
「そりゃ休み中ずっと一緒にいたもんね。でもいいわ。刺激よりも平穏……今はそう思ってる。ていうか、それが願いだからこの町に暮らしてるみたいな所は……でも生まれは選べないから、関係ないわね」
椎乃が偶然を装った感じに話しているのは、同学年、このバスに乗車する二年生にあらぬ勘違いをされない為なのだろう。彼女とは交際している訳じゃないから、迷惑が掛かるとか掛からないとか。そんな話に違いない。それもこれもあの夜、彼女に過去を話したからだろう。俺は恋愛にトラウマを持っている。イコール女性不信とまでは行かなくても、恋愛に対しては消極的だ。
あの夜、俺は椎乃とキスしたし、好きだという告白も聞いた。けれどもそれ以外は特に進展していない。一緒のベッドでは眠っているが、だからって身体を触ったり、一線を越えたりなんてとんでもない。何故こうなったかというのは、偏に気遣いだ。
「俺は少なくともそういう目的で引っ越しを頼んだんだから合ってるよ。だからまあ、今日くらいはな」
「…………んん? 今日くらいは?」
「この町が平穏を象徴するなら、外くらい刺激的な日を過ごさないと損だろ? 旅行中は細かい事忘れて目いっぱい楽しみたいよ俺は!」
気がかりな事も心残りもたくさんある。それはそれとして、修学旅行を楽しみたい。俺の青春はとんだ一夜の過ちで何もかも台無しにされた。少しくらい取り返したって誰が文句を言うのか。
「…………そだね。今日くらいは夜の事なんか忘れてパァッとあそぼっか!」
とは言いつつも、朝なので全く眠くないと言ったら嘘になる。強制的な夜更かしをさせられているとこれはいつまでも悩みの種だ。二人で肩を寄せ合って互いを枕に。座席で見えないのを良い事に、手すりの下から手を繋いだ。
―――やっぱりお前は、笑顔の方が可愛いよ。
生きててよかった。こちらの身勝手で椎乃は生き返ったのだ。口でどうフォローしてくれても、実際どうかは分からない。だから椎乃には俺以上に楽しんで欲しい。心の底から生きていて良かったと思えるように。俺も頑張るつもりだ。
誰よりも何よりも、その命さえ蟲毒に繋がれてしまった(誰かの死で一人を生かすのはこの町と何も変わらないとは姫様の言)彼女には、後悔させたくない。
「―――なあ。気になったんだけど、これ平常点で足切りされてるんだよな。修学旅行ってもっと計画的な物だと思ってたんだが大丈夫かこれ? 話し合いとかパンフレットも貰ってないぞ?」
「え?」
「え?」
反応がかみ合わない。椎乃は徐に座席を立って後方を向いて言った。
「みんなー! パンフレット持ってるよねー」
「おうよー!」
「おっけおっけ…………」
「何? もしかして持ってないの? 貸してあげる?」
「あーいいよいいよ。気にしないで。一応確認ね」
この反応からして、俺だけがパンフレットを貰っていない事が明らかになった。眠気がまた微妙に覚めたのは、ハブられたか忘れられた、その恥ずかしさからだ。
「……いやいや。おかしいだろ」
「何が?」
「お前とほぼ一緒に居たんだぞ。何処で貰ったんだよ」
修学旅行は自由と言われるその所以は、大部分生徒達の話し合いによって決められるからだ。例えば特定の時間帯に特定の場所に行く事は変わらないが、それまでの道のりや時間つぶしは自由だったりする。取り敢えず俺の小中はそうだった。
話し合いが出来る状態だからパンフレットも配られるのだ。椎乃が貰っていて俺が貰っていない。どういう状況だ。椎乃もなんでだろうねと言いながら首を傾げていたが、ふと思い至ったように「あー」と声を上げた。
「どうした?」
「これ、郵送…………ユージン、確認した?」
「………………」
原因が判明した。
「―――喧嘩してる場合じゃなかったか」
「そんな気にしないで。あんまり気に留めなくてもいいし。あ、でも修学旅行の体もあるから、宿泊先に入るまでの自由行動はグループ分けされてるって事は覚えておいていいかもね」
「グループ分け? そこは自由じゃないんだな」
「私もユージンと一緒がよ…………ふ、深い意味はないわよ? 一応法則としては平常点の高い順……の筈。アンタは満点だから澪雨は確定じゃない?」
「その澪雨は、何処に居るんだ?」
俺の質問の事など配慮される筈もない。バスの中で静かに朝食が始まった。騒がしいクラスメイトも早朝の朝食前ともなると悪戯に騒ぐ事はしないようだ。家では喧嘩しかしてこなかったので、俺は椎乃が何故か(本人談)多めに作っていたサンドイッチを頬張っている。
「さあ? 凛に聞けば?」
「凛…………寝てるぞ。おーい誰か。凛は起きてるか分かるか?」
「凛ちゃん来てからずっと寝てるよ~! 『楽しみ過ぎて一睡もしてなかったにゃー』とか言ってた!」
嘘だ。
根拠もなく否定するのは良くないが、あの凛が体調不良を押してまで無理をするなんて思えない。そこには理由が……目を覚まさない澪雨をずっと見守っていたとか。そういう理由があると思う。ただそれにしたって、眠る最後までキャラを貫いているのは凄い。どう考えても素が出る瞬間であろうに。
「参加してないって事はあるか?」
「参加者足切りされてるだけあって名簿あるわ。んーと木ノ比良……絶対苗字被らないから探すの楽ね。うん、参加してる」
「このバスには居ないとか?」
「全学年合同だからバスは三台で……うーん、考えにくい。後ろのバスは一年生、前のバスが三年生。澪雨が居るとしたらここじゃないかしら」
「ていうか全学年合同って何だよ大体」
細かい事は気にしたくなかったが、話しているとどうにも目についてくる。この高校では通常、修学旅行は一回だけだ。一年生はまだまだ授業のコマなどが詰まっているし、三年生は将来の進路で忙しい。だから二年生にのみその機会があると。
そういう校則を無視した上での全学年合同旅行。単なるラッキーで済ませていいのだろうか。何気なしに携帯を見ると、晴からメッセージが届いている。
『日方先輩! 修学旅行です! ワクワクしますね!』
こういう、素直に喜んでいる純情無垢なメッセージを見るとひねくれた自分が恨めしい。そうならざるを得ない程状況がおかしいのもあるが、だからと言って晴の気分に水を差すつもりも起きない。
『そうだな』
『凄く怖い目にも遭いましたけど、やっぱり運は平等なんですね! 今は自由行動中に日方先輩と会えたらいいなって思ってます!』
『会う事もあるさ。グループの時は無理だけど、個人で動けるようになったら会いに行くかもな』
返信が帰ってこなくなったので、携帯を閉じる。サンドイッチは二人で綺麗さっぱり平らげてしまった。
「ご馳走様。美味しかったよ。特にハムが」
「それはアンタがハム好きなだけでしょうが。で、朝食食べ終わった訳だけど、どうする? 車内も騒がしくなってきたしカラオケでもする?」
「…………しょうがない。付き合ってやるか」
『嬉しいです』




