語りたくても騙れない
「はあ!? 殲滅!?」
「信じられないか?」
「……こんな状況自体信じられないわ。でもこれが現実なんだから、ありえないとは言わない。ていうかあり得るから焦ってるんだろ」
「そうだよ。そうなったらお前、平常点どころじゃないからな!」
ネエネが―――いや、不審者が俺のネエネであることは言わなかった。壱夏は全く信用出来ないとまでは言わないが、危ない要素が多すぎる。ディース曰くネエネは『非世界に居すぎて出鱈目な強さになってしまった』らしいが、だとしても俺にとってネエネは大切な存在であり、万に一つも失いたくない人だ。
だから教えない。教えなくても今回の騒動には関係ないし。
「分かったわよ。で、澪雨が何処に居んのか心当たりは?」
「今さっき無くなった。お前の方はなんか知らないか? 何でもいいんだ、心当たりというか……関係ありそうなら何でも教えてくれ」
「そうね…………そう言えば、避難先には行った?」
「避難先……え、晴も凛もそっちに居るんじゃないのか?」
「行ってないのね。まあいい。避難先にはどっちも居ないわ、私が出た後にもしかしたら来た可能性は否めないけど、神社の上が避難場所になってる。ただ、そこに集まってるのは平常点が二百点以下の子供だけ。生き残った大人達はもっと別の場所に居るんじゃない? アンタみたいにずっと走り回ってる訳ないし」
「は? 何で俺が走り回ってるって知ってるんだよ。ストーカーか?」
「息、切らしてるだろ」
「気持ちは分かるよ~。こんなうじゃうじゃしてる所で足を止めたりしたら這い上がって来そうだもんね」
余裕綽々と言った様子のディースだが、一番怯えているのは彼女だったりする。不自然な足の運び方も全部蟲が上がってこないようにする為だ。後ろで度々聞こえる情けない「いぎゃああああああ!」みたいな上擦り声は全部ディースの物なのが何よりの証拠である。
「しかし平常点でも避難場所分けるのはきなくさいな……お前の平常点ってそれくらいなのか?」
「流石にもう少しだけ高いわ。でも平常点で分けてるなんて知らなかったし。だから逃げたんだけど……正直、避難って言っても蟲がこないだけよ。絶対に外には出るなって言われるし、夜じゃないのに」
「そうだそうだ! これ、他の奴はどう思ってるんだ。夕方なのに空が暗くなって夜みたいに……家に帰ろうとする奴、やっぱりいるのか?」
「澪雨が務めを放棄したからこうなったって見解があったかな。町内会の奴ら、だいぶ前から探し回ってたみたいだけどもうこんな様子じゃ探しに行けないし……なんにせよジリ貧ね。私が出てく前なら従順だったわ。町内会の若い衆が仕切ってたし。まあ帰ろうとして勝手に死ぬ奴の事なんか知っちゃこっちゃないけどね。私の両親は家でのんびりしてるだろうし」
「参加してなかったのか!?」
「早めに帰っただけ」
娘を平常点至上主義に傾倒させるくらいだから信仰心はさぞ強いだろうと思っていたら、そういう事なら納得だ。俺も夏休み中は椎乃の家に入り浸っているせいで、うっかり遭遇するかもと冷や冷やしていた。
それなら俺の両親も、参加だけして早めに切り上げたのか……今回だけはそれが正しい。家に居て外に出なければ同じ事だ。窓さえあるなら外の異変も分かるだろうし。
三人で神社付近に近寄ると、町内会の人間と思わしき青年が蟲に喰われて斃れた老人を階段の防壁代わりにして、何やら話し込んでいた。
携帯が通じなくなっている事は道中で確認済みだ。町内会の人間でも物理的に距離が近くなければ連携は取れない。すると彼らは何を話しているのだろう。こんな状況で雑談なんかする肝でもなさそうだ。
「うーん。ねえ。様子見とかやめようよ。蟲がさあ、浴衣の中に入って来そうで怖いんだよねえ!」
「…………壱夏。あの上は、平常点の低い学生が集まってるんだな?」
「小中高関係なしね。ええ、そうよ。もし詳しく調べて欲しいならマジで私に時計を渡してほしいんだけど」
「平常点が低い奴は、どうなるんだっけか?」
「………………」
それは彼女が平常点に拘る最たる理由。
『時期は不明だけど、一定ラインを下回った生徒は必ず行方不明になる。転校とか家の都合とかそんな理由を付けてね。そりゃ固執するわよ。こんな曖昧な基準がいつ引き上げられるかも分からない。点数が低ければそれだけ死ぬ可能性が上がるんだから』
「そう言えばアンタ、先生には口利きしてくれたの?」
「まあな」
そんな記憶ないけど
「…………ええ、そうよ。私が逃げ出した理由はそれ。避難場所と言いながら、あれは隔離してる。何かするつもりなのは間違いない。まさかと思うけど、助けるとか言い出す? 澪雨を探すのが先じゃないの?」
「まだ何も言ってねえだろ! …………」
人を殺せば、楽が出来る。
椎乃を生かす為のコストが安く手に入って、俺には得しかない。死体が沢山あればあるだけお姫様は満足してくれるだろうが……見殺しは、どうなのだろう。これまで凄惨な死に方を見てきた上で、ここは見捨てるのが正解?
凛も晴も澪雨も居ないだろう。だから助ける理由が皆無と、それは分かる。考えれば考えるだけ、出来るだけ合理的に沿おうとすると、助けない理由の方があがってくる。俺は意志薄弱だ。何がどうあってもこうしたいという願望がない。ここに晴が居て、凛が居て、それとも澪雨が居て、もしくは椎乃が居るなら。彼女たちが一言でも良識的な見解を述べてくれるなら。俺はそれに従った。
「……ディースは、見捨てるべきだと思うか?」
「いやあ僕は蟲を滅却したいけど……あんまり僕の判断を当てにしない方がいいよ。人命を消耗品程度にしか考えてない組織で働いてるからね!」
「え、マジで助けんの。信じらんない」
澪雨の居場所には繋がらない。何でもいいと言ったのは俺だが、ここで彼らを助けてもそれが澪雨に繋がるとも思えない。凛も晴も居ない可能性が非常に高い。
―――澪雨。
アイツの事が心配だ。座敷牢に監禁されていた時といい、ずっと様子がおかしかった。それに、町の皆に愛されて育っただけあって本人の性根は善その物だ。この町の様子を見た彼女は何を思う。きっと助けたいと。
『全員生存が無理なら、全員殺すしかないよね。凛も死んじゃったし、もう我慢しなくていいんだ。私、私はこれで。ようやく自由になれるんだ! あはあ』
『もうみーんな分かってるよ。仲良しこよしじゃ生き残れない。そんな不自由な枷を嵌めてるから苦しむんだ。試しにやってみようよ。自分だけ生き残ろうとすればどれだけ早く終わるのか。もうややこしい事いっっっさい考えなくていいんだ。ね、一回。一回だけでいいからさ。やってみようよ』
デスゲームは状況再現。凛が死んでからの澪雨は明らかに様子が違った。果たしてそれが、『凛の死』をトリガーとしているなら。今もあり得てしまうかもしれない。そうなった時の彼女は何を思う。きっと殺したいと。
――――――
この町にどんな不思議な力があっても、俺は望んでこの町に来た訳じゃない。恋に破れて、それを忘れたくて両親に我儘を言ったまでだ。澪雨の事なんて微塵も進行してないし、俺は目に入る人全てを助けられる様な超人でもない。悩む必要など、無かったのだ。俺にはそもそもそんな資格がない。
夜更かし同盟が危ないというだけで、親友を殺した男だ。
そこに言い訳の余地がないなら、それまでの話だ。
「いや、やっぱりやめておこう。澪雨を見つけた方がいい。心当たりとは思わないけど、アイツの家に行ってみよう。大人達ならそっちに居るかもしれないし、凛達ももしかしたら居るかもしれない」
首筋の痣を抑えて、俺達は町内会の人間の眼に入らぬ様に通り過ぎる。
何故今になって、痣が痛む。




