表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
五蟲 死屍の儀

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/157

ムシカゴ

 その後、自分の身体を見るのも嫌になったので十五分程好き放題させて、惹姫様には身体中の蟲を除去してもらった。これで俺には恩が出来た事になり、惹姫様に苦言を呈しづらくなった。椎乃の身体を使って好き放題しているのは確かだが、そんな腹ペコお姫様に俺は助けられたというか。

 余程虫好きじゃないと身体から虫が出てくる異常は生理的に受け付けないと言いますか。


 気の毒に、椎。


 今の俺にはそれしか言えない。虫に噛まれた傷はついでのように治されていた。

「まことに。美味なりヤ」

 浴衣の裾で口元隠しながらお姫様は上機嫌に頬を動かしている。間違っても残骸を零すなどと下品な食べ方はしない。俺も目を汚さずに済むので大助かりだ。

「……飢えも満ちタ。約束通り、続きを話そうカ。それとも……ここを離れた方が良いかナ。儂もここで出てくるつもりはなかったナ。結果的には、ありつけたガ」

「……椎乃の意識を取っ払った訳じゃないんですか?」

「この虫を見て気を失っタ」

「…………」

 やはり俺にはこの姫様を責める事は出来ない。アイツが気を失った理由もわかるし、放置しないで勝手に身体を動かしてくれるのはむしろ有難いまである。しかも虫は虫で畏れる事なく食べ回るこの恐るべき悪食姫に恐れをなしたのか周囲から姿を消していた。と言っても数メートル歩けばもう虫の絨毯が広がっている。気は抜けない。

「えっと。続きというより、今はこの状況について話してほしいんですけど。『感染』ってのは?」

「ムシカゴは、コドクを通じたカゴであり、それがこの町を守り続けてきたナ。しかし如何なカゴとて呪いは呪い。巫女がその報いを全てその身に背負う中でいなくなれば、果たしてどうなるカ」

「……?」

「その構造故に、巫女の命はあまり永くない。しかし例えば、巫女がコドクの外に出ていた場合……報いはどこに還ル?」

「……もしかして、庇護者……って言い方が合ってるかはともかく。恩恵を受けてる人ですか?」

どんな形であれ呪いは呪い。そのリスクだけを巫女が緩衝材の様に受ける役割を果たしていたなら、その巫女が居ないなら。呪いは両側面で以ていつも通り彼らへと届けられるという考え方が出来る。正解ダ、と言って姫様は俺の頭を指先で撫でた。見た目が椎乃なのでちょっと複雑だ。

「ムシカゴは、コドクの加護であり、同時に孤独のカゴでもあル。沢山の蟲を閉じ込め、捕まえておく入れ物。それが巫女ダ。そして、入れ物が割れれば蟲は逃げるであろうナ。『感染』とはこの状態を示している。儂が食べた蟲も実在の蟲というよりは、貴様らヒトの欲深な願いが形になったモノだ。無病息災、安全・成功祈願、恋愛成就。それらはまやかしだナ。所詮は一時しのぎだった筈が、気づけば継ぎ接ぎにでも続けて不幸を呪い続ける環境が出来ていタ。信仰心の深い者ほど還りは大きイ。儂の知る限り、多くの老人が寿命を迎える事となろウ」

「………、何となく要領を得ないというか。言いたい事は分かるんですけど。もっと分かりやすくお願い出来ますか? 自分でもなんて纏めたらいいか、分からなくて」

「この町に生きるヒトは多くの不幸をコドクにより回避してきた。それが今更、降りかかってくるのだナ。事故を防げば事故で死に、病を治せば再発し、天寿を騙れば清算を。呪いに破滅はつきものだナ」

 その説明で、ようやく納得出来た。要は自転車操業の状態だ。やめたくてもやめられない。一度辞めれば『感染』する。それで一番困るのは他ならぬ町内会の人間や、長年木ノ比良家を信仰して来た者だ。年功序列が是とされる時代が確かにあって。蟲毒だけはそれを許されない。生き続けた年数こそ罪の証であると言わんばかりに、破滅が待っている。

 この町は、この町で生きる全ての人間は。




 澪雨にコドクを押し付けて、破滅を一人に導いて。甘い汁だけを吸って生きているのだ。




「……………じゃあ、待って下さい。凛や晴みたいな身近な人物も……この町の加護に疑いもなく生きてる人も影響を受けるんですか?」

「お前や憑巫は儂との契りでこれを躱しているに過ぎないナ。『感染』とは水の流れに近い。上から下へ流れて行ク―――元々、これらコドクはヒトの手だけではどうしようもない天災や時機の悪さを凌ぐ為の、最後の手段であっタ」

「……?」

 あちこちで誰かの悲鳴と、苦悶の声が。発狂が。怒りが。悲しみが。醜く罵る声が聞こえる。時刻は四時四四分。楽しかったお祭りは地獄の様相を呈して、粛々と罪人達に天罰を下している。

「そのまた昔、大昔のナ。飢饉や虫害、旱魃、長雨、地震でも雹でも流行り病など何でも良いが、そういった災害に抗うにも限度はあル。多くの農民がこれに苦しみ、死んだナ。元よりコドクは全滅を避ける為の最後の手段―――後で報いを受けたとしてもその時だけでも凌げればと考えられた代物ダ。当時は村八分を受けた者から選ぶだとか、身寄りのなくなってしまった人間を使うだとか、生存構造的に身分の低い者を犠牲とし、使うてきたナ。全体を救う為に不幸を呪い、呪いで行く末を不幸にする。よって、巫女を信仰する限り例外はない。時間の問題だナ」

「なら早く探さないと! ああでも……えっとどうやって止めればいいんですかね! 姫様を進行させます!? それともなんか……もっと単純に! 出来れば時間とか掛からない方がいいんですけども!」

「巫女に改めて受け皿を頼めばいいナ。それで最悪は防げるサ」

「じゃあ澪雨を探さないと! も、申し訳ないですけど姫様は凛と晴をお願いします! 椎乃的には探してた方が違和感ないと思うんで!」

「お前ハ?」




「探しに行きますよそりゃ! 心当たりもあるんでね!」



























「……………………ちが」

 変わり果てた町を見て、私は崩れ落ちて。気がついたら泣いていた。

「私、そんなつもりじゃ……」

 ただ、遊びたかっただけ。

 ただ少し、自由になりたかっただけ。

 それだけのつもりだったのに。これじゃまるで、私が殺したかったみたい。


 日方の善意に甘えて、しがらみもなく付き合えてた。楽しかった。


 何で……こうなるの。

「うう……うええ…………ひっく……ひぃぃぃん…………ずっ! ごめん、なさぁい。ごめんなさい……!」

 結婚の幸せも、娯楽の幸せも。私には許されていなかった。許されていたのは巫女としての使命と、家の巫女として相応しいだけの容貌と気品。そして何より従順さ。


『それは巫女として相応しくない」

『母の幸せは娘の幸せよ。私も巫女だったのだから、貴方も尽くしなさい。この町に。人に』


 自由を代償に、教育を。

 個性を代償に、役割を。

 幸福を代償に、束縛を。

 

 私には、不思議な力なんてない。私には巫女として相応しい気位もない。何もない。与えてほしくない。私以上の役割は、到底こなせない。でもお父様お母様は私が『巫女』でないと愛してくれない。だから必死に頑張って。心を殺して。仮面を作って。孤独を強いられても耐え続けた。

「………うう…………やだぁ……! もう、やだよお…………!」

 七愛が軽薄な恰好をしてくれるのは、私を堕落させてくれる為。私よりもずっと巫女っぽく真面目なあの子が、私の為に俗になっている事も知っている。私は相応しくない。もっと普通の女の子として。役割もなく。ただ自分の望んだ事に向けては努力出来る程度の自由が欲しかった。

 どうしてこうなるの?

 必死に頑張ってきて、ほんの少し間違っただけで、何でこうなっちゃうの?

 私は『完璧』じゃないと許されないの?



 日方と気持ちよく遊ぶ事も、一々町なんかと天秤にかけなきゃいけないの?



 頭を抱える。

 顔を覆う。

 私の周りを、うじゃうじゃ犇めく音がする。

「うええ~…………ううぇわああああああああああああああ! ぇいん…………ぜん…………い」























「全員死んじゃえばいいのにいいいいいいいいいいいいいい!」

 『 』が私の身体を包む。着物の袖から足元から。次から次に集まって、山のように積もっていく。

 背中を這う感触は、なんだかいつもと違って暖かくて。優しくて。



 私を、受け入れてくれる…………。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ