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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
五蟲 死屍の儀

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質感非世界

 年不相応に幼くなったおれ達は、姿相応にただ風船の海で戯れていた。自分の姿が幼くなった事なんて気にならない。だってそれ以上に楽しいから。ここはいるだけで、何のしがらみもなく。ただ自由に生きられるから。

「そう言えば澪雨、ここに食べ物とかないのか?」

「お腹空いたの?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど……」

 どうしても、左目が気になっている。おれが何処に居てもこの左目は気持ち悪い生物によって補完されている。それに右耳はお祭りの時と違って聞こえなくなっているし、楽しいは楽しいがどうしても気掛かりだ。

 あれだけたくさん食べたが、同時にたくさん泳いだし、今も風船でずっとバレーしている。本当に大丈夫だろうか。風船を澪雨の方に飛ばすと、彼女は抱く様に受け止めて、それを海に投げ捨てた。ふわふわと海の上を跳ねた風船はそのまま重力を忘れて遥か彼方へ消えていく。

「はい。口出して」

「え?」

「ちゅー!」

 有無を言わさぬ接吻に身体が海の方へ傾いて、二人は共に海の底へ。無数の風船を割りながら、時に身体を反発させられながら、カラフルな奈落へ沈んでいく。


 ―――何だ?


 それとなく感じていた空腹が満たされていく。指に絡みついた百足の指輪が不気味に光ったかと思うと、血管に沿ってその光を浸透させていくではないか。やがてその光はおれの腹部に集まり、そこで静かに収束していった。

「何を……」

「私、木ノ比良の巫女よ? 誰か一人の空腹を解決するくらい訳ないじゃん。びっくりした?」

「めっちゃびっくりした。ただ何で、沈もうとしてるかは分からない」

「もうすぐすっごく面白い事が起こるから。天にも昇る心地って奴!」

 この世界について詳しい辺り、彼女は何度もこの場所を訪れていると考えられる。秘密の場所というくらいだから相当気に入っている筈だ。その理由が判明するかもしれないと思うと心が躍る。あの澪雨が夢中になる程の面白い事とは何だろう。



 その刹那、背中を大きく突き上げる衝撃。



「うおおお!?」

「きたきたきたきた~! 大噴火―!」

「か、かいていかっざーああああああああああ!」

 幾ら風船が柔らかくても自然現象は殺しきれない。海底を突きあげる爆発的な衝撃に背中を押され、おれと澪雨は水面をぶち破って上昇。無数の風船もまた宙を舞い、晴れやかな空が極彩に覆いつくされた。

「ど、何処まで突き上がるんだ―!」

「きゃああああああああ♪」

 手を繋いでいた澪雨とも大きく距離が離れて、おれの身体は際限なく空へ打ちあがっていく。最早太陽をも突き抜ける勢いだ。身体全体が日光にさらされ、また距離が近くなるからその暑さは一層―――


 あれ?


 暑く、ない。

 ほんの一瞬、冷静になった思考が次々と違和感を感じ取った。空を覆いつくす風船の飛び方は様々だが、一番飛んでいる風船でも、ある一定の部分を超えようとしない。何かにぶつかったみたいに落ちて、緩やかに浮遊していた。

「うっ……」

 直射日光が目に入って、遮る為に手を伸ばして交差する。ビリっという音が聞こえて、空がビニールみたいに裂けた。

「え」

 この世界に空気があるのかどうかいまいち分からないと思っていた。吹っ飛ばされていた瞬間でさえ微塵も空気抵抗が無かった。だがその考えは間違っていたと言える。裂けた空は宇宙の様に黒く、大口を開けて空気を吸い込もうとしているのだから!

「うわあああああああああああああああ!」

 空中で体の支えに出来る物体は存在しない。それでも無茶苦茶に手を伸ばすと風船を掴んだが、こんな物が何の役に立つだろう。おれよりも素早く吸い込まれる物に頼った所で短命になるだけだ。どうにか下に戻りたいのに、後が閊えてると言わんばかりに風船の壁がおれを押して裂け目の奥へ。

「誰か! 誰か! だれかああああああああいやだああああああああ!」

 手応えのない風船を掻き分けて。掻き分けて。掻き分けて。時間の無駄。身体の半分が裂け目に呑み込まれている。掻き分けた風船も徐々に浅くなっていく。いっそ裂け目その物を掴んでみたら、ただ口を大きくしただけに終わった。

「あ―――」



「何してるんだこの馬鹿野郎!」



 身体が完全に裂け目を超えた瞬間、それはあっという間に塞がった。全身の感覚が喪失し、これまでの記憶が急速に欠落していく中で、確実におれを抱きしめる感触が、五感を復活させた。

「ここはお前の来る所じゃない。帰るぞ」

 電子音にも似た高い声は、明確にボイスチェンジャーを示しており、該当者は一人しか居なかった。

「ふしんしゃ?」

「―――予定変更だ。まずはお前の年齢を戻さなきゃな」


 カチン。


 鎺の音が聞こえると、暗闇の中に一筋の光が生まれ、おれたちの身体はそこに吸い込まれていった。




























「…………う、う。何だったんだ」

「戻ったな」

 意識を失っていた訳ではないと思うが、記憶が連続しない。俺が尻餅をついている場所は下水道みたいな場所で、さっきまでのファンシーな世界とは似ても似つかぬ現実的な場所だ。異臭は特にしないが、何処までもコンクリートに包まれて気持ち的には窮屈だ。

 目の前には黒焔模様のコートを着て、包帯みたいな仮面を被ったミイラが立っていた。

「うわあ! 何だ!」

「不審者だが」

「そういう事じゃなくて! え? 何で居る…………ここは。あれ、俺は澪雨と一緒に」

「何故アレがここを知ってるのかは疑問だが、間違っていない。お前は奴にここまで連れてこられた」

「…………えっと、戻ってきたんだよ。な」

「残念ながらまだだ。質感テクスチャが違うだけの同じ世界。私一人なら適当にその辺りの壁でもすり抜ければいいんだが。お前を連れて帰らないといけない。面倒だ」

「…………?」

 不審者は黒手袋を脱ぐと、壁に手を当てようとする。掌が接触したがそこに限度はなく、何処までも何処までも腕が壁の向こうに呑み込まれていった。俺も真似してみたが、壁は決してすり抜けてくれなかった。同じ場所でやっても結果は同じ。

「な?」

「…………ここ、何処なんですか?」

「―――ゲームは好きか?」

「まあ、人並には」

「なら話が早いかもしれない。ゲームを作るには様々な素材が必要だ。私達が現実と呼ぶこの世界は、それらの素材を組み合わせて精密に構成されている。完成したゲームは問題なく遊べるだろう? まあ、厄介ごとはさておきな」

「……まあまあ」

「この世界は現実と呼ぶのに相応しくない―――早い話が開発中のまま放置されたゲームだ。現実とはルールが違うのも当然。ここは素材の組み合わせが不完全で、途中だからな。酷い所じゃ途中どころか素材が素材のまま放置されてる所もある。俗に裏世界と呼ばれるバグを持ったゲームじゃ、箱庭の外に素材がちらかってたり初期状態で置かれているのはよくある話だ。普通はユーザーには見えないから関係ないけどな。ここじゃ丸見えだ」

「―――あんまり良く分かってないんだけど。ここから出る手段はあるのか?」

「ここから出てもまた別の現実じゃない場所に行くだけだ。バグで入った場所は特定の手順じゃないと出られず泥沼に嵌まる事だってある。幸い、私はこの質感非世界テクスチャート・マップを知り尽くしている。ちゃんと現実に戻してやるさ。ただ注意しておく。あの巫女を現実で責めたてるなよ。それは最悪だからな」

「……そうだ。澪雨は!? 澪雨は何処に居るんだッ!」

「さっきの風船の所からもう帰還しているか、留まっているか。もし帰っていないならお前を戻した後に私が叩き出すから安心しろ。あそこは比較的安全な場所だ。ここと比べたらな」

 説明も程々に不審者は歩き出す。ついていく最中で、俺はふと素朴な疑問をぶつけた。

「………………何で、俺を助けるんだ?」

「仕事がこれ以上増えると面倒だからだ。お前達は知らないだろうが、デスゲームで眠りこけてる間に色々根回ししてやったのは私だぞ。夜に外へ出てたのにその件が咎められてない事は何の疑問も抱かなかったのか? お気楽な奴だ」

「そ、それは…………デスゲームってそっちの都合で勝手に眠らせただけだろ!」





「本物の方に参加させたら、碌な結末にはならん。盗人もそれを知っていたんだろうな」





 ―――サクモは、本物の方に参加していたと?

「え。ていうかデスゲームって本物があるのか!?」

「存在するし、私達が企画した物よりずっと悪質だぞ。参加者が一番望まない形にならないと終了を認めないクソゲーだ。参加する価値もない」

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 不審者が事情通すぎて。
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