蟲毒の黎明姫
中央に行くと、凛が何やらたくさんの用紙を持ってきてくれた。紙を見るにこれらはスタンプラリーの様だが、会場内に点在する全ての屋台に恐らくスタンプが求められている。ゲーム説明がなければ全ての店を巡り、取り敢えず食べ歩けと言われているのかと思った。
「んじゃ簡単に説明すんね? 早い話スタンプラリーだけど、全部巡ればいいってもんじゃないよ。こっちが宝の地図。当たりと外れのスタンプがあるから、それは直接足で稼いで、当たりのスタンプが集まったらそこが示す場所に向かうだけ。簡単っしょー?」
「当たりの店にヒントはないのね」
「あー……そういう話しちゃう? こういうお祭りっていうかイベントってやっぱりお金がさ? ね? 椎にゃんは分かるよね?」
「その呼び方には納得いってないけど察したわ。流石にごめん。私が無粋だった」
「日方先輩! どのお店から行きましょうか!」
まずスタンプがどういう形をしているのかも分からないし、何より宝探しは最初に教えてほしかった。意味もなく、とは言わないが。同じ店にスタンプを貰いに行く為だけに向かうのは気分として少し微妙だ。それなら最初からこの紙が欲しかった。
「あー。晴。それなんだけどな。こんなに多いと宝が見つかるかどうか分からない。手分けして探さないか?」
「何言ってるんですか! 宝なんて探す過程が楽しいんですよ! 見つかったならそれで良し、見つからなくてもそれはそれで! 私は先輩と一緒に探したいんですッ」
普段の後輩は素直というか従順というか、取り敢えず俺が少し押せば従ってくれるのだが今日という日に限って譲るつもりはないようだ。澪雨との約束を果たす―――恐らくそのサポートをしてくれている凛の為にもここはその言葉に甘えたいが、俺の腕を掴んで上目遣いに窺いを立ててくる後輩が、小動物的可愛さを天元突破させているので何とも断り辛い。
椎乃に目線で助けを求めると、彼女は悩んだ末にやや大げさな声を上げて晴の注意を引いた。
「あーのさ! 宝が見つからなかったら良しってのはちょっと違うよね。大体宝ってどんな物なのよ」
「それは私も分からないね~。でも特別なお祈りだけで十分お釣りは来る的な? んまあ友達のよしみでちょっとだけ教えちゃうと、全員欲しくなるらしいよ?」
「ほら! ユージンも欲しいよね? ね? 誰でも欲しくなるんだよ? 気になるわよね」
「全く気にならないと言えば嘘になるけどな。俺は転校生だったからもしかしたらあんまりほしくないかもしれない。その時は晴にあげるよ」
この町で『全員』と主語が大きくなる時は大抵蟲毒が絡んでおり、澪雨が絡んでいる。この町全体がアイツを信仰しているのだ、他所から来た俺がそれほどでもないのは、見て分かる通りだ。じゃないとこんな生活にはならない。
「……でも、日方先輩と一緒にお祭り歩きたいです……」
「分かった。じゃあこうしよう」
俺は彼女の腕を振りほどくと、膝を曲げて目線を合わせるように晴の肩を掴んだ。至近距離から目線を合わせ続けるとあれだけ押せ押せだった後輩の目線が弱弱しく逸れた。
「二時までは一緒に探そう。そこからは俺と勝負だ。先に宝を見つけた方が勝ち。勝った方は負けた方に命令する。拒否は無し」
「ユージン。それ女の子に持ち掛けるのはどう考えてもいただけない状況っていうか」
「本当ですか! 私、日方先輩とやりたい事があったんです! その勝負、乗りました!」
「乗るんかい! 嘘だろおい! ちょ、ちょっと待った! その勝負私も乗るっ、対戦相手は多い方が燃えるでしょ」
敢えて暫く同行するのは抜け出す隙を伺う為なのと、宝をダシにして祭りを楽しみたいという目的がある。明らかに宝を反目的にしていないという点では俺も晴も同じだ。こんなややこしい事情が絡んでいなければ校内で一番息が合っていたまである。尤も、出会う機会があったかどうかはまた別の話だ。もしあったなら―――どうだろう。交際していた、かもしれない。
「なーんか効率的な方法には行きそうにないねー。まー過程が面白いってのは同意。宝探しは宝探しでもその前にお祭りだもんね~。分かるわかるー。でもさー、晴ちゃん。そんな風にお願いされたら女性免疫ゼロのユーシンは勘違いしちゃうよ~?」
凛には過去を多少教えた筈だが、転校前の話だからノーカウントとかそういう考え方だろうか。それなら正しい。脅迫の為に自分の身体を使う凛と違って晴には悪意がない。きょとんとして、俺の方を見遣った。
「日方先輩、勘違いとは?」
「え。俺かよ。えーと。そうだな。ん~と。ええええええっとお」
「?」
「こんな所で話してたら約束の二時が過ぎちゃうぞー」
「あ、そうでした! 日方先輩、早速行きましょう? 私、もうお腹空いてきちゃいました!」
椎乃のナイスフォローにより危機は去ったが、凛はつまらなそうに口を尖らせていた。冗談じゃない。
「―――フランクフルト普通に美味しかったし、その辺中心にちょっとスタンプ集めてみるか」
「緒切先輩! 凄いです!」
「へっへっへ。こういうのは得意なのよねー♪」
チョコバナナを片手に、晴は椎乃の金魚すくいを眺めていた。スタンプはお店に金を落とせば貰えると思っていたがレクリエーションタイプは特定の商品を取らないと貰えないらしい。輪投げとヨーヨー釣りは俺と晴だけでもなんとかなったが金魚すくいは相手が生体なのでそうはいかない。ただ一匹掬うだけでもかなり失敗した。
『ユージンってこういうの苦手なのね。どいて。プロの私がやってあげる」
それでやらせてみたら、本当に上手かった。どう考えてもフリの利いたかませだったのに。
「あ、日方先輩。たこ焼き一つ下さい」
「お前、それ食べてる最中にたこ焼きって勇敢だな」
「もう食べ終わっちゃいました!」
「……早いな。まあ一つくらいはやるよ」
「有難うございます。それでは爪楊枝を一つ頂戴して……ん~♪ 美味しいです♡」
頬を抑えて恍惚の表情で食べる女子もテレビでなければ晴くらいではなかろうか。見ていて表情がコロコロ変わるから楽しい。とにかく幸せという感情が伝わってくる。
「ほんと、美味しそうに食べるよ」
「宝探しとかどうでもよくな……ってはないです! 日方先輩に勝たなきゃ!」
「っしゃー! いただきいー!」
椎乃がたくさんの金魚を袋に入れて振り返る。得意気に胸を張って俺に見せびらかすと、満足したのか後ろ手に戦果を隠した。
「そろそろ二時だね。ここからは勝負になるわ」
「あっという間でしたねー」
一時間と少しの間にチョコバナナ、ベビーカステラ、りんご飴、焼きトウモロコシ、串もんじゃ、フライドポテト、みたらし団子、串焼きステーキ、貝のカンカン焼き、冷やしきゅうり、ケバブ、小籠包、チーズサンドを制覇した晴が言えた事だろうか。意外とどころではなく普通に大食いだ。俺も左目の影響で満腹を感じる事はなくなってしまったが、それでもお腹が膨れている感覚は十分残っている。
側頭部に被る狐のお面がふわりと揺れる。落ちそうになったのを椎乃が抑えた。
「せっかくユージンと一緒に選んだんだから落としたら駄目よ」
「あ。有難うございます!」
凛に限らず、お面屋はやけに行列が出来ていた。そこまでクオリティの高い物体でもないが、何が客をそこまで引き付けるのだろう。
「んじゃ勝負って事で俺は行く。お前等が別れるかどうかは勝手にしてくれ。そこまでは決めてないし」
「あ、ユージン。地図は良いの?」
「もう記憶したから大丈夫だ」
スタンプは●▲✘によって構成されている。全てのお店を巡れば法則性も見えてくるだろうが、それは現実的ではない解決方法だ。割と真面目に、宝を探そうとすると閃きが肝要になってくる。俺は元々澪雨との時間さえ確保出来れば良かったのであまり考えていない。椎乃と晴に期待しよう。
「凛。二人を頼んだぞ」
「…………澪雨様は座敷牢に」
だろうと思っていた。三人から離れるように人ごみに紛れると、澪雨の家までを最速で駆け抜ける。途中途中で明らかに町内会の人間と思われる老人が俺の事を見ていたが、まさか木ノ比良家に突撃を掛けているとは夢にも思っていないだろう。幾ら巫女様の家でも周りにはその他の住居だってたくさんある。そこに住んでいると仮定すれば、俺の行動は不自然じゃない。例えばお金が足りなくなったから家に取りに戻ったとか……所詮町内のお祭りだ。家に帰ったからってそのままリタイアに直結する訳じゃない。
お祭りの最終盤に控えたイベントの影響からか、澪雨の家の周りには人らしき人が居なかった。大きな家のせいもあって、実態以上に空虚な印象を覚える。どうせ人が居ないならと堂々と門を跨いで座敷牢に向かって一直線。
「澪雨、居るか?」
ガタガタな上に砂が詰まって滑りにくくなっていた扉を開けると、澪雨が格子を掴んで上半身を張り付けていた。最後のイベントに備えてか澪雨の服装は真っ白い着物へと変わっていた。
「…………ひ、日方? な、何で? まだ早いよ」
「凛がサポートしてくれた。それに、どうせ連れ出すなら一緒に居たいだろ。一時間はあっという間に過ぎるもんだ」
「…………そ、そうなんだ? だから牢の鍵が投げ込まれたのかな……」
「アイツは護衛だもんな。ほら行くぞお姫様。何処へ連れ出せばいいのか分からんけど」
まさかお面はこの時の為の布石かと思ったが、この着物は流石に目立つ。他に着替えもなさそうだし、格子を超えて這い出てくる澪雨を出迎えると、その服装に似合わぬ機敏さで俺の首を捉えて床に引きずり込んだ。
「うおおお! 何だ!」
「…………日方」
澪雨に押し倒されるとは思わなかった。至近距離で眺めるその眼はよく見ると……というか、この瞬間に限っては重瞳だった。
「私ね、すっっっっっごく嬉しい! 貴方と二人きりで行きたい場所があったの。ねえ、手を繋いでもいいよね。今だけは……こんな事、二度とないと思うから」
「わわわ分かったから取り敢えずどいてくれ……重い…………」
押し倒されている中で指を汲むように手を繋ぐ。その刹那、掌の中心を釘が刺さった様な痛みを覚えた。
「うっ……ちょ、爪か? 刺さったぞ」
「ふふふ。ふふふふふ。それじゃ、行こう? きっと楽しいよ、時間も忘れて夢中になるくらい、きっと。絶対。誰にも教えてない、私だけの秘密の場所。初めて一緒に行くんだから―――楽しんでくれると嬉しい、な?」
澪雨とはそう長い付き合いでもないが、この違和感は気のせいではない握った手が離れないのだ。彼女の握力というより、腕を蟲が這いずり回る感覚がまるで毒のように筋肉を痺れさせて動かない。
「貴方と一緒に居る間だけは巫女としての役目なんて忘れる。日方にも余計な事は忘れて楽しんでほしい。こ、これでも勇気出してるかんね!」




