かつて求めた幸せ
「あ、日方先輩! 射的ですよ射的! やりましょう!」
楽しい時間は、まだまだ続く。ゲームも楽しかったが、ゲームがついぞ味わわせてくれなかった不思議な感覚。そう言えば昔、転校する前も元カノと行ったっけ。今更思い出すくらい思い入れがない。確か途中で一方的に別れさせられた。『一緒に居ても詰まんないから友達と行く』みたいな。
好きな人に拒絶される事ほど恐ろしいものはない。恋は盲目というが、拒絶とはその盲目な目をわざわざ潰してくる様なものだ。
「あんまり射撃には自信ないんだが……ま、やろうか。せっかくだから誰か一緒にやってくれると助かるな」
「私やってあげましょうか? コルク銃なら自信あるわよ」
「二人共自信満々だね~んじゃ私は応援してるよー。ふれっふれー!」
「日方先輩はどれ狙いですか?」
「んー」
ゲーム機をコルクなんかで落とせるとは思わない。現実的に落とせる商品は小物ばかりだ。それも縦に細長くて足場が不安定なら落としやすい。それでいて貰って嬉しい物……俺が持ってて嬉しい物はゲーム機くらいしかないので誰かのプレゼントとして現実的なのは―――イヤリングくらいか。お菓子は流石に、射的一回の値段に対して見合っていない。
「まあ、落とせそうなのをな」
銃の扱い方は心得ていないが、コルク銃なので専門的な知識は要らない筈だ。取り敢えず射線を通して、出来るだけ真正面に物を捉える。幸いにも今日は無風なので風の影響はそこまで考えなくていい。幾ら下手くそでも小物くらいは。
「―――まあ、余裕だよな」
流石に外さない。幾ら下手でも限度がある。椎乃は的中させたものの落とす事は出来なかったので実質ハズレ。ゲーム機なんか狙うからだ。その後も俺は小物を中心にコルクの続く限り当てていった(連続的中でコルクのボーナスがあるのもありがたい)が、椎乃はゲーム機一点集中で、全段命中ながら一ミリも動かせていない。
「えーあれどうやって落とすのよ……」
俺の記憶が正しければ、こういうのは店主がそっぽを向いた隙に銃本体で突くくらいはしないとまず落ちない。だがこの人混みでそれは不可能だろう。密告されるのがオチだ。あまりにも容易く見破られる。店主も店主でコルク以外の音が聞こえたら振り返るだろうし、椎乃の努力は認めるが俺は無理だと思う。
結局、椎乃の頑張りは本当に無駄だった。二千円くらい使ったが一円の実りもなく。ただただコルクだけをばら撒いた。
「く、くそげー! 私の金が消えました! やだ、神隠し!?」
「いえ、ただの無駄遣いです。俺は最初から無理と悟ってたよ」
「じゃあ言ってよ!」
「悪あがき見てるのは流石に面白い」
「~馬鹿!」
祭りの日にヘッドロックを掛けられるとは。右側から俺を心配する晴の声が聞こえたが、ちょっとしたじゃれ合いなので特に問題は―――
「え」
右側から、声が聞こえる?
「ちょいちょいちょい。椎乃待て。待って待って待って」
「え? 何?」
「右耳が機能してる」
惹姫様との取引の代償からか俺の右耳は夜になるまで使用不可能だ。じゃあ右側の音は全部シャットアウトされるのかと言われると物理法則はそこまで単純じゃない。右の音だって大きければ左耳から入ってくる。目と違って影響は精々聞こえにくくなる程度だ。少なくとも体感は。
しかし何故か、機能している。今は夜じゃないのに。
「日方先輩? どうかしましたか?」
「や、何でもない。せっかくだしお前等もやれよ。椎乃は犠牲になったんだから」
「りょー。んじゃやろっか晴ちゃん♪」
「は、はい! 対戦宜しくお願いします!」
「……戦ってたっけなー」
凛が気を引いている内に椎乃と共に離れ、道の外れでちょっとした実験をしてもらう。右側から至近距離で囁いてもらうのだ。聞こえなければそれで良し。聞こえたなら現実。
「…………きょ、今日の天気ははれー」
「……今日の天気は晴れ?」
「うわ、マジじゃん」
「―――何でだ?」
何でと言えば、俺の首にある痣もここ最近ずっと反応が薄い。『口なしさん』の時の様な反応はどうした。原因はあの謎の影らしいが……穏やかな日が続いたせいか、遂に俺も条件が分からなくなってしまった。凛も澪雨も俺の見ている所で痣が反応した事はやはりない。
「…………違うのか?」
「何が?」
「あーいや。何でもない。戻ろう」
せっかく楽しいのにこんな事で水を差すのは良くない。射的屋に戻ると、何やらちょっとした騒ぎになっていた。
「あれま~私、何かやっちゃった?」
「うわああああ! 凄いです七愛先輩! 景品全部落とすなんて!」
「いや、喜ばないでよー。晴ちゃんのコルクと激突してたでしょ。一方的に」
「コルク銃って難しいんですね……リベンジです。来年お願いします!」
「―――気ぃ早いねえ。いいけどさ」
これが本物と偽物の違いという奴か。凛は飽くまで素性を隠す為にギャルっぽさを頑張っているが、晴は生粋の明るさを持ち味に尻尾を振っている。その結果何が起きたかというと素の凛が純粋に困惑している。この光景は見ていてちょっと面白い。
「ユージン、ああいうのが好きなんだ?」
ジト目で意味深にこちらを見遣る椎乃の目線を遮り、俺は二人の元に駆け寄った。
「お店を潰そうとするな! 行くぞ!」
特別大食いという訳でもないが、左目の為にも食べないといけない。誰にも理解されないと思うが身体を喰われるのは二度とごめんだ。もう一回きりで沢山。本当に、もう二度と内側から体を喰われるのはごめんだ。外側も別に駄目だが。誰かに身体を喰われて喜ぶ人間なんているのか……まあまず差し出す人間も考えられないが。
「綿あめって実はあんまりゆっくり食べられないよな」
「砂糖の塊になってからは固いし、甘すぎるし、気持ちは分かるわ」
「んでも直ぐに食べちゃうよね~! ずっと頼んでるとかは流石に無いし」
「綿あめって作ってる所を見るのも楽しくて最高だと思います!」
平常点が満点だからって町内で存在感を発揮する訳じゃない。俺は澪雨と違うのだ。時刻は十二時。今は焼きそばやらフランクフルトやらを買い集めて近場の公園でゆっくり昼食中だ。ベンチに座っているが、晴が隣を譲らないという理由(一方的な言いがかり)で凛は俺の背中側で立ちながら、残る二人が両脇を固めるように座っている。
「そう言えば、最初から中央で何かやってるよね~! 町内会主導のゲームみたいな」
「そうなんですか?」
「商品はある訳?」
「巫女様の特別なお祈りじゃない? 因みに制限時間は四時。最後のイベントが始まるまでだったかな~。急遽決まったイベントだから、もしかしたらちょっとしたイカサマとか使えるかも? ユーシンはどうする? 行っちゃう? 特別なお祈りって私も気になるんだけどなー!」
「…………凛。それって」
椎乃は気付いていない様だが、これはまるで澪雨との約束を知っているかの様な口ぶりだ。一人にさせてくれる口実を用意した…………? あり得ない話ではない。何故なら凛は町内会側―――厳密には澪雨側の人間。内側から予定を弄る事が全く不可能かというとそんな事はないだろう。
「―――そうだな。参加するか」
「どんなゲームなんですか?」
「宝探しみたいな? 実は人の流れが中々途絶えないのって屋台巡りじゃなくて宝探し中の人も居るからなんだよ~? さーて、この中から宝を見つけられる人は現れるかなー! きゃはは♪」




