光の中の蒼春
「お二人と合流するまで何かして遊びませんか?」
そんな晴の頼みを受けて、お祭りの中をぶらぶらと歩く事になった。待ち合わせ場所を一切指定しなかったのは俺の落ち度だが、何せ初参加なので、仕方ないとも言える。それに朝から参加するのはやっぱり違和感がある。ただし喧騒に限ってはその限りじゃない。
祭りの会場と指定された範囲内は、俺の知るお祭りに負けず劣らずの人数がごった返していた。この町にはこんなに人間が居たのかと驚くばかりだ。晴は小さいので、手を離してしまったら見失うかもしれない。
「絶対に手を離すなよ」
「は、はい! あわわ……」
まだ桐下駄に足が慣れないらしい。言われなくても離すつもりはなさそうだ。朝から並ぶ屋台にはどうしても違和感が拭えないものの、屋台の種類は見慣れたものばかり。中には明らかに高校生や中学生が店員として混じっているが……高校生はまだしも中学生は。あくまでボランティアなのだろうか。実際は何かしら見返りがあるとは思うが。
「この町って意外と人多いよな。そんなにお祭りが楽しいのか?」
「町内会が主催のイベントだからですよ! お祭りの目的が確か……澪雨様の祈祷によりこの町の加護を強める……だったかな。すみません、細かい部分は忘れちゃいました!」
「いや……ん? 澪雨様って呼ぶのか?」
「使い分けてるつもりです! 学校だったら木ノ比良先輩って呼んでると思います!」
お祭りの時は飽くまで巫女として敬っているとでも言うのか。晴も以外と信仰心があるようだ。それにしても小麦色の肌に浴衣姿は思いの外マッチしている。歩き方に不慣れな感じの初々しさとか、見つめると目を輝かせて見つめ返してくる所とか。後輩を可愛がる先輩の気持ちが少しわかった。上下関係の厳しさにばかり目につくし、実際後輩目線はそうなのかもしれないが、先輩目線だと良い事ばかりではないか。
「そうだな、お腹空いたし、なんか食べるか?」
「あ、あれがいいです!」
後輩の指した場所には『イカの姿焼』があった。彼女の好みにケチをつける訳じゃないが、中々どうしてチョイスが独特だ。
「好きなのか?」
「いえ、興味本位です! 去年は食べられなかったんですよ!」
心残りがあったなら納得だ。夜の代わりにごった返した人員はどんなお店も埋め尽くしている。何処が待機列かもハッキリしないが、流れる人間を房ぐ様に伸びた人間の背中に並んでいたら奇跡的にそれが列だった。
「すみません。二つ下さい」
「はーい」
終わってみればあっさりと。料金は屋台らしく強気だったが後輩の笑顔が見られるなら十分だ。姿焼きは串に刺さったまま皿に置かれている。タレが零れない為の配慮だろう。熱々のイカを噛もうとして、晴がびっくりして目を細めた。
「あづッ」
「注意しろよ」
「は、はい。先輩は熱くないんですか?」
「そこまで反応する程じゃない。熱いは熱いけど」
冷めたイカは恐らく噛みにくいので、熱いうちに食べる方が得策だろう。
「……うん。美味しい」
「うう、熱いです…………」
「息で冷ましながら頑張れ」
「あーユーシンみつけた~♪ 探したんだからねー?」
「ちょ、ええ。マジその転身……あ、待って心の準備~!」
二人で歩いていると前方から椎乃を引っ張る凛の姿を発見した。凛は喋り方こそギャル状態のままだが髪を細かに結っており雰囲気が見違えている。澪雨を世間知らずなお姫様と呼ぶなら凛は気品を兼ね備えたお嬢様だ。喋り方だけが残っているのは晴が居るせいだろうが、ここまで印象が変わるとかえって浮いている。その浴衣は黒を基調に夜空を模したグラデーションが魅力的で蠱惑的な、まるでこの町の性質を皮肉る様な物だった。
軽薄な雰囲気を手助けしていた胸の強調も浴衣のせいか全く大きさが見えない。だからギャル凛という感じは皆無なのだ。
「…………あ、あんま見んな。馬鹿」
「シーノってばかわいー! ね、どう思うよユーシンは!」
「可愛い、と思う」
「~凛! アイツに聞かないで!」
対して椎乃は白を基調に様々な花火の柄が盛り込まれた浴衣を着ている。やっぱりお祭りに参加して正解だった。この三人の浴衣姿を見られただけでもうおつりまで貰った気分だ。心残りがあるとすれば澪雨がどんな浴衣を着ているか……だが。それは後でのお楽しみか。そもそも、俺が頑張らないといけないが。
「へー♪ ユーシンってばー。こんな可愛い女子三人に囲まれるなんて羨ましいなー。一生の運使っちゃった?」
「使ったかもしれないな」
色んな意味で。
「ゆ、ユージンも似合うんじゃない? 私は……かっこいいと思うけど」
「お、おう。有難う……?」
「私達が迷ってる間に二人きりでよろしくやってたのずるいな~! あーあ。親切な男の子が奢ってくれたりしないかなあ」
「―――分かったよ。分かった分かった。何がお望みだ?」
「それは歩きながら一緒に考えませんかっ! 先輩に囲まれてお祭りなんて、初めてです!」
「莱古ちゃん、楽しそうだね」
「緒切先輩は楽しくありませんか?」
「ちな私は楽しいよ~? ユーシンには日頃お世話になってるしね~」
「あ、裏切者……な、何よ! 素直になってない私が馬鹿みたい!」
「……確かに…………よろしく馬鹿」
「誰が馬鹿じゃ誰があ! たこ焼き食うぞうらあ! 楽しむんだから!」
「十二時から巫女に捧げる踊りみたいなのがあるから~それまで自由に過ごさないとねー!」
晴が俺の腕から離れようとしないのを見てか、凛がもう片方の腕を手に取った。非常に歩きにくいので早急に離れて欲しいが、椎乃が複雑そうな表情で二人を見て、そっぽを向いた。
「そんな歩き辛い状態で歩くなら置いていくわよ! 食べ物は待っちゃくれないんだから!」
「あ、緒切先輩! 待ってくださいよ!」
「あんまりぶっちぎったらむしろお前が迷子になるからなー!」
「一理あるわ」
「うわあ! 戻ってくるな! 晴がわたわたしてんだろ!」
「こんなに人が多かったらユージンなんて見つかりそうもないもの。たこ焼き買っても一人で食べるんじゃコスパも悪いし」
「え? 個別で買わないのか?」
「お祭りは始まったばかりなのよ? こういうのは分け合ってこそ。お金が尽きたら何も買えないでしょ」
あの一千万円をそのまま持ってこられる訳がない。なので一応、この瞬間だけは所持金に限度がある。 それは分かっているのだが、一千万円の所在を知った上でこんな発言をしているのかと思うと面白くなってくる。
「……まあ、それもそうか。程々にな」
「えー! 私射的したいー!」
「射的は名物だもんね。ま、見つけ次第全員でやりましょう。去年は奥の方にだけあったけど、今回はどうかしら」
『腹が……減ったナ』
『ああたくさんのヒトの気配がすル。渇ク。飢えル。首が。首が欲しいのナ』
腹ペコお姫様の幻聴が聞こえたが、幻聴なので気にしない。椎乃に身体も借りていない内は喋るなと。普段はそういう事をしない癖に、何故祭りの日に限ってそんな真似を。
なんやかんやと三人に囲まれる形で、俺達はぶらりと会場を歩き続ける。




