夏祭りは恋と夜更かしの果てに
一週間はあっという間に過ぎ去った。
やはりというべきか、夜に外出をしない選択肢を選んだ場合、一日二十四時間の概念は半ば崩壊する。凛も澪雨も当たり前だが家にはやってこないし、椎乃とはいつまでもゲームをして遊んでいたし。するとどうだ。それは偏に怠惰なる一日となる。俺の様に休日が毎度恋しくなる怠け者ならば分かってくれると思うが、長すぎる休みは休む前が一番最高で、休みに入ってからはあまり有難みを感じなくなるのだ。感覚的な問題を言葉で説明するのは難しいが……『まだ休日は残っているから適当に過ごそう』という気になる。結果、一日が休みだったとしても体感として味わう休日は半減される。
短すぎれば文句を言うし、長すぎれば怠惰な瞬間に休日を取られ、充実感を得られない。これがまた難しい所で、祭りまでの一週間は正にそういう日だった。
「………………ごめん」
特に夜明けまで暴走していた椎乃が、自分のした事の重大さに気づいて恥ずかしがってくれたお陰で、本当に何も起こらなかった。ゲームには付き合ってくれるが常に上の空で、対戦ゲームだけはどうしても勝負にならなかった。
「いい加減にしろー!」
だから祭り前日。俺の怒りは頂点に達し、彼女に対して怒鳴ってしまった。そして以前とは違って今度は俺が自分の意思で椎乃を押し倒している。ここまではっきりと行動で示したのだ、彼女も上の空とは行かず、また顔を赤くして驚いていた。
「ゆ、ユージン……な、何! 何なのよ!」
「俺にあんな真似しといて恥ずかしいとか今更生娘気取るんじゃねえ!」
「……! だ、誰が生娘だ誰が! 私は単にちょっとやりすぎたかなって反省してるだけで」
「いーやお前のそれは反省じゃなくて逃避だ。自分がやった事には責任とれよな椎。だからお前明日……今日……? 夜だから日付がちょっと分からないけどなあ! 明日の祭りには参加するんだぞ!」
「な、なんかユージン強気なんですけどっ。な、何がアンタをそこまで突き動かしてるの?」
何が?
何がなんて決まっている。
深夜テンションだ。
……冗談かどうかは自分でも判別出来ない。夜だから気が大きくなっている要因は確かに存在しているのだs。
「そりゃお前、普段はゲームで引き籠ってた様な奴だぞ。俺は初参加だ。流石にワクワクするなってのは無理だろ」
「お、お祭りはそんな盛り上がる物かしら……確かに楽しいとは思うけどね?」
「楽しいさ。きっと」
俺には友達と呼べる存在が居なかった。転校前は怪しい関係こそなかったが元カノを除けば親密な関係はなく、至って平坦で淡泊な繋がり。ここに来てようやくサクモと喜平という得難い友人を手に入れたが、内一人は俺がこの手で殺してしまった。サクモは……あの様子だと、そもそもお祭りに参加する事さえしないだろう。担任には全員参加を勧められたが厳密にそれを調べる術はないのだし。参加したと言われたらそれまでの筈だ。
これを不幸と呼ぶべきかは分からない。しかし運の流れとして、俺は常に孤独を抱える様な方向へと向かわされている。大好きだったネエネは遠くへ行き、きっと愛していた元カノは俺を弄び、親友だった二人は……もう今まで通りには付き合えなくなった。
一人ぼっちは嫌いだ。だからって両親を連れてお祭りに行きたいとは思わない。どうせなら楽しくやるべきではないか。昔は事あるごとにネエネと俺とを比較して、今はとにかく俺に対して疑う様な態度ばかり見せて。そんな二人と何故親交を持つ必要がある。
「何か色々伝達ミスした気もするけど、俺、お前、凛、晴。四人で回れば楽しい筈だ。正直、誰かいないと俺も参加しなかったと思う。寂しいのは、嫌なんだよ」
「…………ユージン。本音は?」
「普通に浴衣姿が見たい」
「素直か!」
俺のツイてない人生に辛うじて幸運があるなら、それは知り合う女子が全員可愛いというくらいだ。ただし裏表がないのは晴だけで、凛も椎乃も澪雨も何かしら訳ありというか、澪雨に至っては訳しかない。こんな言い方をすると本人に怒られるか凛に咎められるだろうが、あの家系にして役回りは正直歩く事故物件も甚だしい。
だからって、遠ざけたりはしない。脅迫されているから……ではなく。俺がそうしたいと思ったから。澪雨が俺を頼ってくれているから。
「…………わ、分かった! 着てくればいいんでしょ、それで満足ですか!?」
「ようやくまともになってくれたな。いつも上の空でちょっと心配してたんだぞ」
「そ、それは…………あんなにたくさんキスするとか。自分でも想定外だっただけだし。ユージンの口の感触がずっと残ってて落ち着かない…………だけだし………………うわああああああああ! やめて思い出させないで恥ずかしいいいいいいいいい!」
そんな訳で、当日。
同じ家に住んでいたので一緒に行く事も考えたが、気持ち的にびっくりしたかったので敢えて別れた。人生で初めて甚平という服を着たので微妙に落ち着かない。軽いのは結構だが、日中に着る服として黒は悪手だったか。日差しを吸い込んだら暑くなってしまう。
―――やっぱ夜にやる先入観がどうしても抜けないよな。
夕方とか、昼でもまだ分かるが。朝からというのはかつて住んでいた地域的にも違和感が残ってしまう。
「日方先輩! せんぱーい!」
俺を先輩と呼ぶ後輩は一人だけだ。声のする方を振り向くと、全体に広がる色とりどりの花が特徴的な紺色の浴衣を着た晴が居た。振り向いた顔で俺と確信すると飼い主を見つけた動物の様な速度で近寄ってきて―――
「きゃッ!」
「おっと」
普通に転びかけた。慣れない桐下駄を履いている様だ。合流直後に転倒されても困るので普通に助けた。側頭部についた花飾りがゆらりと揺れて、晴の顔が俺を見上げる(彼女の身長は俺の肩くらいなので相当見上げている)。
「有難うございます! 先輩、かっこいいですね!」
「そ、そうか? お前も可愛いんじゃないか? 俺は好きだぞ」
「…………えへへ。先輩に褒められちゃいましたッ。嬉しいです!」
喜平の真相を知った後だと、実は晴にも何かしら思惑があるのではないかと考える瞬間が無い事もないが。今の笑顔を見たら全て妄想だと結論付けられた。こんなだらしない先輩を慕ってくれるのだから、思惑なんてある訳がない。あるならもっと旨味のある先輩に近寄るだろうと。
「秀数の方は最近どうだ?」
「部活が休みなので平和その物です! 誘われた気もしますけど、一年生は全員誘われたみたいですよ。なので、丁重にお断りしました! 先輩とのお祭りの方が大切ですから!」
たった今、このお祭りが朝から開催される事に無限の感謝をした。夜なら危なかった。本当に危ないどころの騒ぎじゃない。椎乃を問い詰めた時の様なテンションなら普通に抱きしめていた。こんなに純粋な好意を向けられたのは―――年下からという意味なら初めてで。ドキドキしている。どうすればいいか分からない。
分からないので、腕を組もうとする晴の行動も無抵抗で受け入れてしまった。もう笑顔が可愛いからそれでいい気がする。
「そう言えば、他にも居るんですよね。緒切先輩と鮫島先輩……は、そっか。用事があるみたいな事言ってましたねッ」
「後は七愛凛だな。面識ない……よな」
「はい。でも噂だけは耳にした事ありますよ!」
「噂?」
「七愛先輩に告白すると死ぬ……みたいな。流石に迷信ですよね! UFOの方がよっぽど実在しやすそうです!」
「……一年には人気なのか?」
「主に男子からの人気が。あ、私のクラスの話ですよ! なんかファンクラブもあるみたいな……七愛先輩の写真たくさん持ってる子も居るんです! 一応許可は取ってるみたいですよ。カメラアングルもそんな感じがします!」
………………。
残る二人と合流すべく歩きながら、他愛もない会話を装って。
俺にとっては大切な事を、訪ねてみる。
「お前の知ってる範囲でいいんだけど、凛が誰かにキスしたみたいな話は聞いた事あるか?」
「キス……ですか? 男子の間では見た目の割に何も期待出来ないみたいな失礼な事は言われてましたよ。七愛先輩、確かにノリが軽いイメージはありますけど、だからってキスは好きな人でもないとしないと思うんですよ私! 酷いですよね!」




