彼女はいつも模範だった
という訳でこっそり新作を出します。
木ノ比良澪雨。
世にも珍しい四文字の苗字(という偏見)を持つ彼女は、この町一番のお嬢様だ。お金持ちだからという訳ではなくて……裕福ではあるだろうが……彼女だけは絶対に敬わなくてはいけないという風潮がこの町には流れている。
美人で、親切で、成績優秀だから?
そんな俗物的な理由ではない。もっと強制的な、ある種の決まりの様な空気だ。尤も破った所で罰則はないし、同級生もそこまで堅苦しく彼女に対して接する訳ではない。この空気が広がっているのはどちらかというと老人、或いはこの町に長い間住む中年だ。男性も女性も、知っているも知らないも関係ない。
彼女を見つければお辞儀をする。通り道の邪魔をするなら脇にどき、困っているなら己の都合を無視してでも助けに入る。そして彼女が客観的に褒められる様な事をしたならば町を挙げて祝賀会を開く。ほら、これがお嬢様でなくて何だと言うのか。
同級生は彼女を羨むが、しかし決して虐める様な事はない。本人があまりにも良識的で善良だという理由もあるが、魚心あればなんとやらが全員にまかり通る程人間社会は甘くない。疎まれないのはそれ以上に大きな権力―――町全体を敵に回す確信があるからだ。長い物には巻かれろという言葉がある様に、どんな浅慮な学生もわざわざ潰されるような真似はしない。
「町の方々は私を尊重して下さいますが、高等学校は三年間と短い付き合いです。せめて皆様だけはお気遣いなく、お付き合い頂けると幸いです」
彼女は入学の挨拶でそう言ったが、その言葉を真に受ける人間はいなかった。陰口も直接的な加害も許されない、羨む事しか出来ない存在。それでいて本人は善良なのだから快く思わない事自体が惨めだ。彼女に友達が出来る事はなかった。
そんな周囲の空気を察した澪雨もすすんで誰かに話しかけようという事はなくなり―――誰よりも余所余所しくなってしまった。要因は数あれどもそれが一層高嶺の花としての立場を強めていったのだろう。
ほら、これがお嬢様でなくて何だというのか。
「で。これに対して言い分ある?」
あくる夏の日。
俺こと日方悠心は、そんなお嬢様に脅されていた。
正統派? になる予定です。