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第陸集

「わたしは三年間、杖を持っていることすら忘れていたのかぁ」

 自室に戻ると、それはベッドの横に立てかけられており、狩衣が無造作にかぶさっていた。

 身長ほどもある長さの杖を手に持つと、よくなじんだ。

「たしか……結晶化した(アンズ)の木材で出来ているんだよね」

 杖のところどころが色鮮やかな透明度の有る結晶になっており、陽の光に透かすとステンドグラスのように床が煌めいた。

 この杖は魔法学校を卒業した時に、〈シード・オブ・アルネメティア〉という聖域を治めている妖精女王アルネメティアから記念に授かったもの。

 香砂(こうしゃ)の〈取り替え子〉の片割れである石榴(ロア)は母親の胎内にいるときからあまりにひどい状態の病魔に侵されており、聖域でしか治療が出来ず、二十歳まで聖域に滞在することが生存の条件だったため、気心の知れた両夫婦が子供を入れ替えることを決めたのだという。

 その証人がアルネメティアであり、〈取り替え子〉の儀式を執り行ってくれた。

「わぁ、きれいだなぁ……おお、触ったら使い方とか今までの記憶が戻ってきた」

 杖に残っていた香砂(こうしゃ)の魔力が身体へ流れ、眠っていた記憶が呼び覚まされたのだろう。

 香砂(こうしゃ)は杖を様々な形に変化させ、杖と過ごしてきた過去を感触で確かめた。

「そうそう。よく傘にして持っていたなぁ」

 月の光が淡く広がる夜空のような褐色(かちいろ)小間(こま)に、檜皮色(ひわだいろ)の柄。

 十代そこそこの少年が持つにはいささか渋い色合いだが、それがとても気に入っている。

 それに、傘ならば、遠征先でテントに変形させるのが楽だ。

 空を飛ぶ時も、畳めばそのまま座ることができる。

 香砂(こうしゃ)が妖精女王アルネメティアから授かった特別な力、〈正常呼吸(チュンチャンフーシー)〉とも相性がいい。

 〈正常呼吸(チュンチャンフーシー)〉は水の中だろうと土の中だろうと毒霧が漂う場所だろうと酸素のない場所だろうと、いつでもどこでも必ず〈正常〉な呼吸ができるという能力。

 傘を使えば、その範囲内を清浄に保つことも可能なので、自分以外のひとを助けるときにも役立つのである。

「でもなぁ……。たしか慶安時代(ここ)ってまだ折りたためる傘は発明されてないんだよね……」

 雨の日に傘をさしている人々は見たことがない。

 いても、頭にかぶるタイプのものか、貴族が下僕に持たせる長い柄のものだ。

「杖のまま持ち歩くわけにもいかないし……」

 あれこれ考えていたその時、ちょうど机の上に置いていた檜扇(ひおうぎ)が目に入った。

「……これだ! 檜扇ならだれにも怪しまれず持ち歩ける。〈正常〉な空気を作って扇ぐのにもちょうどいいね」

 香砂(こうしゃ)は杖を檜扇に変化させ、手に持って開いたり閉じたりを繰り返してみた。

「うん、良い感じ」

 ここ三年間、空を飛ぶのに檜扇を使っていたので、きっとこれからも支障はないだろう。

「戦うときはどうしようかなぁ。大鎌気に入ってたんだけど……。さすがに檜扇で戦うのはいくら陰陽術師っていう外面があっても武官としては無理がある……あ、鉄扇にすればいいのか」

 妖精族は鉱石の魔法を使うことができる。

 戦う相手によって〈鉄〉、〈銀〉、〈金〉など、弱点となる金属に変えれば戦闘時の効率も上がるだろう。

「よし、じゃぁ、鉄に……。痛っ! ……ああ、そうかぁ。純度の高い鉄は妖精族には毒だったっけ」

 香砂(こうしゃ)は鉄扇を諦め、檜扇をダイヤモンドの(まじな)いで強化して戦うことにした。

「鉱石の魔法についても何度か確かめなきゃ。何も考えずに使えるのはエメラルドのエンジェリックガーデンだけだ。ずっと亜空間拡張魔法だと思い込んでいたし」

 〈エンジェリックガーデン〉とは、妖精族ならだれしもが保有している個人空間のことだ。

 家を建てたり、薬草園を作ったり、研究所を設置したり……。好きなように拡張ができる便利な魔法なのだ。

 妖精族は通常の魔法、(まじな)い、(のろい)、呪術の他に、〈鉱石魔法〉を使うことができる。元素鉱物の金、銀、銅、ダイヤモンド、硫黄だけではなく、サファイアやフローライト、ガーネットやスフェーンなどの貴石や準貴石と呼ばれるものや、珊瑚や琥珀などの生体起源の宝石などの力も使うことができる。

 この力は〈妖精〉の誕生にまつわるものだと言われてはいるが、あまりにも資料が少ないために未だ解明には至っていない。

「昨日は無理だったけれど、今日は行かないとな……」

 香砂(こうしゃ)は檜扇に変化している杖を眺めながら、そっとつぶやいた。

 数か月前、人手不足の影響で下級武官を手伝うことになったとき、ある不審なものを見てしまったのだ。

 それは正確な被害数を調べるため、兵士の遺体を(むしろ)の上に運んでいるときのことだった。

 主戦場から少し離れた場所にあった遺体を運ぼうと、消え入りそうな細い二日月(ふつかづき)の光の中を歩いていた時。林の奥で、数人の武官と、もっと身分の高そうな人影が数人、なにやらコソコソと話をしていたのだ。

 その足元には数体の妖魔(もののけ)の死体。

 彼らは数分ののち、死体を筵に包み、あろうことか荷台に乗せて運び出した。

 妖魔(もののけ)の死体は残らず燃やすことになっているのに。

 香砂(こうしゃ)は後をつけようとしたのだが、同僚に呼び止められてしまい、それはかなわなかった。

 最後に振り返った時には彼らの姿も、妖魔(もののけ)の死体を包んだ筵もすべてが視界からなくなっていた。

「今日こそ、あれがなんだったのか調べてみよう」

 姉の目を盗んで外出することは非常に困難だが、それでも、気になることは片付けておきたい。

 人間が妖魔(もののけ)を攫っているという噂と関連がありそうな事案だ。

 家族に害が及んでからでは遅いのだ。


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