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第弐拾集

 翌朝、早くから調べものの続きを始めた香砂(こうしゃ)は、少し気分を変えるため、数多の地球の様々な民話や御伽噺が載っている書物に手を伸ばした。

 どれも真実味はなく、突飛なものが多かったが、一つだけ、毛色の違うものが目に入った。

「これか……」

 香砂(こうしゃ)が見つけたのは、ある御伽噺に描かれた、月の姫が犯した罪についての記述だった。

――人間に恋をした月の仙子(せんし)の姫、赫夜(かぐや)は、共に生きるために、自らの血で作った薬を人間に渡した。

――その霊薬のおかげか、人間の姫はその美しさを永遠に損なうことなく、百年もの間生き続けた。

――ただ、それが神々の耳に入り、赫夜(かぐや)は罰を受けることになった。記憶と力を奪われ、幼子の姿で別の地球に堕とされたのだ。

――赫夜(かぐや)が罰を受けている間、神々と仙子(せんし)族は霊薬〈仙丹〉と、それを渡された人間の姫を探し回ったが、(つい)ぞ見つかることはなかった……。

「これが事実に基づくものなら……、今もまだ〈仙丹〉の製法を知る〈人間〉が生きていることにならないだろうか……」

 それに、仙子(ようせい)族の姫の名前もひっかかった。

赫夜(かぐや)って……。古い言い方だよね、周波数渡航者フレクエンティア・トラベラーの……」

 どんな言葉にも由来はあるものだ。もし、赫夜(かぐや)に愛された人間の姫が、〈仙丹〉によって永遠の命と共に魔力を得た結果、その名を一族の名として使い始めたとしたら……。

「探さなきゃ。その、人間の姫を!」

 香砂(こうしゃ)は勢い良く立ち上がり、すぐに霊凰(れいおう)の元へと向かった。

霊凰(れいおう)さま! 霊凰(れいおう)さま!」

「なんだ騒々しい……。見つけたのか⁉」

 香砂(こうしゃ)は書籍の赫夜(かぐや)に関する(ページ)を見せながら早くつで説明した。

 霊凰(れいおう)は興味深くその項目を読みながら、頷き続けた。

「でかしたな、香砂(こうしゃ)! かぐや姫か……。様々な地球でその名を聞いたことがあるが、すべてが創作だった。まさか、本物がいるとは……」

「でも、なぜ赫夜(かぐや)は〈仙丹〉などという強い薬を人間に与えたのでしょう? 副作用が強く出るはずなのに……」

(べに)だよ、紅」

「紅?」

「そうだ。強い薬なら、何回かに分けてゆっくり摂取できるようにすればいい。それに、紅ならば薬だとは思われないだろう。女性から女性に贈っても不自然ではないしな」

 霊凰(れいおう)はキョトンとしている香砂(こうしゃ)を見つめながら、苦笑した。

「心から愛していたのだろう。いつまでも、姫が望む姿でいさせてあげたかったのだ。そして、それをみて『美しい』と傍で伝え続けたかったのだろうな」

 香砂(こうしゃ)にはどこか遠い世界の話に聞こえた。

 霊凰(れいおう)の瞳が語る切なさは、まだ理解できなかった。

 それでも、大切な人のために何かしてあげたいという気持ちは痛いほどわかる。

 それが、なぜ妖精族の人体実験に発展してしまっているのかはわからないが。

「行け、香砂(こうしゃ)。あとのことはこちらで調べておく。まずは本当に赫夜(かぐや)が愛した人間の姫がまだ生きているのかを突き止めるのだ」

「はい!」

 香砂(こうしゃ)は杖に跨り、五階の欄干から飛び出した。

 袖が、裾が、風にはためいた。鼻をくすぐる豊かな香り。

七里香(しちりこう)……。焚いてくれていたお香の匂いか」

 春に咲く沈丁花の別名で、甘く優しい香りがする花。不安を和らげ、心を落ち着かせてくれる効果がある。

「香りでも助けてくれていたなんて……。かっこよすぎでしょう、霊凰(れいおう)先生は」

 髪や服が凍ることもいとわなければ、葦原国までは最速で一日で着く。

 香砂(こうしゃ)は大気圏へと入り、眼球保護用のゴーグルと分厚い手袋をつけてスピードを上げた。

 白いどころか、細かな氷となって散る息。唇は切れ、血が凍る。

 頬が痛い。でも、悲しい(かな)、呼吸はいつも通り。

「わたしは、妖精だから」

 自分も人間に恋をすれば赫夜(かぐや)の気持ちがわかるのだろうか。

 共に生きるために、血を使って倫理観の欠如した違法な薬を作るだろうか。

 それとも、ただ相手が息を引き取るのを、愛する人と合わない速度で歳をとる無邪気な外見で見届けるだろうか。

(どちらにしろ、自分も相手も、苦しいだけじゃないのかな……)

 わからない。だから、探して聞くしかないのだ。


 葦原国に着いてすぐ着替え、連珠(れんじゅ)が働いている弘徽殿へと向かった。

 本当なら家族でもそうそう立ち入れるところでもないのだが、こっそりと寧兄弟も一緒に中庭に潜入した。

 そして、香砂(こうしゃ)連珠(れんじゅ)(ねい)兄弟に赫夜(かぐや)のことを話して聞かせた。

 連珠(れんじゅ)寧鶴(ねいかく)の二人は「御伽噺が、現実に⁉」とそれぞれ驚いてはいたが、寧燕(ねいえん)は困った顔をしていた。

 香砂(こうしゃ)と同じで、恋愛にはピンとこないようだ。

「姉さん、なんか聞いたことない? 不自然なくらい長く勤めている女房の噂とか……」

 連珠(れんじゅ)は「うーん……」と小首をかしげながら、何名か名前を挙げた。

「不自然って程でもないんだけど……。年齢不詳感がすごい」

「超主観じゃん……」

「うるさいわねぇ。この時代の女性の年齢って本当によくわかんないのよ。中宮様はもちろんだけど、他の女御や更衣たちもみんな美人だしね……。調べてみるから、あんたたちは赫夜姫(かぐやひめ)を探してきなさいな」

「はぁい」

 香砂(こうしゃ)連珠(れんじゅ)に頭をはたかれる前に寧兄弟とその場を後にした。

 寧兄弟は天狗族の仲間と共にあの製薬工場を監視し、出入りする女性を調べてくれることになった。

「それにしても、どうして好きになったひとと同じ種族を苦しめようなんて思うんだろう……。まぁ、まだ黒幕が赫夜姫(かぐやひめ)と決まったわけでもないけど……」

 香砂(こうしゃ)は家に戻るために空を飛びながら疑問を口にした。

 金木犀の香りがただよう空に、真昼の白い月が映る。

 内裏はとても忙しそうだった。

 それもそのはず、もうすぐ衣替えだ。衣装から調度品、室礼(しつらい)まで、目にはいるすべてのものを夏物から冬物に取り替えるのだ。

 女房たちも蔵人たちもあちこち走り回っている。当然、連珠(れんじゅ)も忙しい。

「わたしが頑張らなきゃな……」

 香砂(こうしゃ)は〈月の仙子(せんし)族〉を調べることにした。

 赫夜(かぐや)は記憶を消されているとはいえ、まだ人間の姫に関するものを持っているかもしれない。

 愛していた人のものとは知らないだけで、大切にとってあるかもしれない。

「でも、月の妖精族って何なんだろう?」

 それを知るには、唯一接点の有る妖精女王、アルネメティアに話を聞く必要がある。

「あっちこっち大変だけど、やるべきことをしないとね」

 香砂(こうしゃ)はさっそく家へと戻り、庭にある池に〈聖域(シード)〉に繋がるゲートを開いた。

「久しぶりだけど、やればできるもんだなぁ。そうだ、石榴(ロア)にも会おう」

 香砂(こうしゃ)は杖を持ち、ゲートの中へと入っていった。


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