死霊術と【研究機関】
「ここまで…ここまできたんじゃあ!」
パリイイイン!
校長は予想外に切羽詰まった様子で、黒いビンを叩き割った。
予想外というのは、俺たちは袋のネズミのはずだからだ。
じっくり用意したであろう卒業試験に追い詰められた生徒。
仕掛け人かつ黒幕の校長からしたら焦る盤面でもないはずだが。
考えられることは…
「…!さては弾が尽きたな?」
「なにっ」
「リザードマンに教官の姿をしたアンデット。卒業試験は、これらの駒で全て終わらせるつもりだったんだろう?」
「きさまっ」
「俺たちを殺せなくて残念だったな」
実際、知性のあるリザードマンを低俗な死霊術ごときで使役するなど、この校長たいしたものだ。
しかも、更に知性の高いアンデッド、恐らくグールの使役もできている。
少なくとも、死霊術というカテゴリに限っていえば、優秀な魔術師といえるだろう。
「その減らず口もそこまでじゃ」
「なんだと」
「出でよ最上級モンスター!ブラックグール!」
「ブラックグールだと!?」
これは驚いた。
ブラックグールといえば、戦場でも『壁になりうる』能力を持った有能なモンスターだ。
こいつを死霊術で使役するなど、並大抵ではない。
そのいけにえに一体どれだけの死体を使えば…
その時、割れた黒いビンの煙が教官の死体を覆いはじめた。
「そして死霊術!ネクロフィリア!」
「きゃあああ」
校長から発生した黒い光にティナはのけぞる。
「ギイイイイ!」
「カルラ教官がブラックグールに!?」
教官の肌はどす黒く染まり、再び立ち上がった。
しかし、ブラックグールに姿形は似ているが知性は退化しているように思えた。
アンデッドとはいえ、グール族は全般的に知性の高い生き物だ。
そのため、ブラックグールとは違う不気味なゾンビにしか見えなかった。
「ハア…ハア…どうじゃ?」
「チッ」
校長はどうだといわんばかりにドヤ顔をした。
実際このゾンビが本当にブラックグール並の強さを誇るなら一筋縄ではいかない。
なぜなら俺はまともな攻撃手段を持ってないためだ。
ティナは雑魚なので、こちらも期待できないだろう。
「もう…やめてください!」
「ティナ!?」
ティナは突如、校長の前に出た。
「校長…ウソですよね?あんなに優しかった校長が。学園のみんなも。これはきっと夢ですよね?悪夢を見せる魔法かなんかの…」
「おいティナ危険だぞ!」
「私、この学園が好きなんです。みんなも。なのに、なのにこんなのって…」
ティナはボロボロと泣き始めた。
「チッ!小娘が!」
「キャア!」
バキッ…!
校長は持っていた杖でティナを殴りつけた。
「死んだ目をしていた奴隷風情が!汚らわしい触るな!我が術のいけにえとなれることを光栄と思わんかっ」
「なっ!ティナが奴隷!?」
「この小娘は劣悪な環境から逃げてきた奴隷じゃよ」
俺は思わずティナのほうに目を向けた。
「知らなかったのか小僧。ワシの学園は得体の知れない奴隷や逃亡者を率先して入学させておる。なぜなら、後腐れがないからじゃ」
「後腐れがない?」
「身元がしっかりしたヤツは、家族がうるさいのでのう。死霊術のいけにえはやはり、誰からも必要とされないクズに限る。この娘に限らず、どいつもこいつも入学時は死んだ目をしていたよ」
ティナの後ろ姿が心なしか弱く見える。
「そうして居場所を失ったクズどもが1年かけて居場所を見つける。魂がもっとも熟れ始める瞬間じゃよ」
「なるほど、そこでこの卒業試験か」
「そういうことじゃ。わかったかモルモットども?」
「死霊術もそれなりに研究が進んでいるようだな」
ようするに、この学園自体がいわば死霊術の研究機関だったということだ。
俺たちは罠にかかったモルモットといったところか。
しかしそれでも。
奴隷だったティナにとっては違う。
なぜなら奴隷時代とは違って、同じ立場の友人も温かいメシもある。
きっとティナにとってこの学園は、初めて出来た『自分の居場所』であったはずだ。
やっとできた居場所を奪われる。
よくある話だが、少し不快だ。
身勝手な話だが、俺はティナを刺そうとしたナイフで、今度はティナのためにできることをしようとした。
「ジジイ!じゃあそのモルモットがお前を殺してやるよ!」