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デッドメイカーの憂鬱

作者: 空夜キイチ

謎多き、骸造師(かいぞうし)のおはなし。

 

『アイル、お前はもう俺たちのパーティには必要ない。お荷物は出て行ってくれ』


 ――死霊術士のアイルは先日、苦楽を共にしてきたパーティの仲間たちから追放を言い渡されてしまった。


 追放理由は酷く単純なもので、彼がパーティのお荷物であると判断されたからだ。


 死霊術士というものは、使役する死霊――素体によって実力が決まるシビアな世界だ。

 使役する術者本人にはタイマンで魔物と戦える力は備わっていない。それ故に既に息絶えた生物の死骸――素体を使役して自身の代わりに戦わせる。


 しかし、その素体にも強さのレベルというものが存在する。


 そんじょそこらのただの死骸を死霊術で動かしたところでたかが知れているのだ。

 いくら死霊術で動かせたところで、生前の肉体よりは脆いし動きも鈍い。それを補って魔力で強化するのが死霊術士の仕事である。


 今回のパーティ追放の憂き目は妥当であるとアイル自身、頭では分かっていた。しかし、今まで一緒に苦難を乗り越えてきた仲間をあっさりと切り捨てたメンバーに、アイルは酷く落胆していた。


「……あいつら、今に見てろよ」


 一方的に追放を言い渡された仕事斡旋所――通称、組合の看板を見上げて、アイルは黒のローブを翻してその場を後にした。


 仲間から見放されたからといって、アイルがやることは変わらない。

 実力不足で使えない死霊術士だと判断されたのなら、その評価を塗り替えれば良いだけだ。


「アレガス魔法学院を主席で卒業した俺が、こんなところで躓くなんてあり得ないんだ!」


 傲慢とも取られかねない発言だが、彼の言うアレガス魔法学院とは何百年と続く、由緒正しい魔法の学び舎である。

 そこを主席で卒業するというのは、並大抵の魔法士では成し得ない偉業だ。

 国の歴史を支えてきた偉人らの多くは、アレガス魔法学院の出身で大成して名を残している者ばかり。


 かつて世界を邪悪なるものの手から救った、古の勇者のお供であったカリスマ死霊術士、ディオスもこの学院の出身だった。

 彼は勇者一行の中でも一番の実力者で、襲い来る敵をバッタバッタとなぎ倒し勇者の道行きを開いたのである。


 死霊術士を志す若者はその英雄に憧れてこの職業に就くといっても過言はない。

 そしてアイルもその内の一人だった。


 しかし、いくら憧れていても現実は無情である。

 こうしてパーティを追放されていては世話はない。


 普通ならば落ち込むところではあるが、アイルには一つだけこの状況を打破する秘策があった。

 死霊術士の力を底上げできる方法が、一つだけ存在するのだ。


 しっかりと手入れのされた死体……素体があれば、死霊術士の実力は十二分に発揮される。

 自身の魔力操作と、魔力強化。それに加えて素体のポテンシャル。それらが幾重にも掛け合わされて向かうところ敵無しなのである。



 そして、その素体を入手できる場所がここ。

 死霊術士御用達の死体専門店――もとい、素体専門店。骸造師(かいぞうし)の工房。通称、デッドメイカーである。


 王都の薄暗い路地の先にぽつんと建っているこの店は、死霊術士以外は立ち寄らない。もっとも人間を含め生物の死骸しか置いてないから、一般の人間は不気味がって近寄りもしないのだ。


 そんな店のドアをノックして足を踏み入れると、入店ベルの音がアイルの耳朶を打つ。

 室内を見渡すと、薄暗い店内に一人の影を見つけた。


「なにかごようですか?」


 来客であるアイルに掛けられた声は、酷く可憐で可愛らしい。小さな子供のようである。

 驚いていると店の奥からとてとてと、駆け寄ってくる足音。


 アイルの目の前に現れたのは、赤毛に赤い目をした幼女だった。


「ここは腕利きのデッドメイカーの店だと聞いて来たんだ」

「ふむふむ。だったらあなたは死霊術士(ネクロマンサー)さん?」

「まだ駆け出しだけどね」


 それを聞いた彼女はくるりと反転すると、店の奥へと声を掛けた。


「おとーさん、お客さんだよ!」


 カウンターの奥。薄暗くてよく見えないけれど、目を凝らして見れば部屋のドアが確認出来る。


「いま手が離せないんだ。用件だけ聞いてくれるかな」

「はあーい」


 奥から聞こえてきた声は、若い男のものだった。

 おそらくこの声の主が、店の主である腕利きの骸造師なのだろう。


「なんのごようですか?」


 幼女は先ほどと同じ質問をアイルにする。


「強い素体が欲しい。俺の実力が百パーセント活かせる。そんな完璧な素体が欲しいんだ」

「……どうして?」

「俺を追放した奴らに、一泡吹かせてやるんだ! ここから成り上がって、いずれ伝説の死霊術士ディオスに並ぶほどの術士になってやる!」

「ふうん、そうなんだ。がんばってね、お兄さん」


 意気込みを声高に宣言するアイルに、目の前の幼女は無邪気に笑った。

 けれど、その目は笑っていない。酷く冷ややかな眼差しをアイルに向けていた。


 それに気づいたアイルは、ひゅっと息を呑む。

 およそ、ただの子供がするような表情には見えなかったからだ。


 目を擦って再度、目の前の少女を見据えるとそこには、年相応のあどけない笑顔を向ける幼女がいた。


 ……なんだ? 見間違いだったのか?


 奇妙な幻覚に眉根を寄せて不思議がるアイル。

 そうこうしていると、部屋の奥から男が現れた。


「おまたせしました」


 しかし、この男の風貌がなんとも不気味であるのだ。

 素顔を隠すペストマスクに、室内だと言うのに頭からすっぽりと被った身の丈を覆うような外套。

 手には手袋をしているが、どうしてか左手だけサイズが合っていないようで極端に大きい。

 外套の下に見える胴体には仕事着であるのか。収納付きの前掛けをしている。小型のノコギリやら錐、トンカチがポケットに入っていて、血と肉片で汚れているのが生々しい。


「それで……お客さんはどういった素体をお探しですか?」


 彼の質問に、アイルは低く唸る。


 死霊術士の素体には二種類あるのだ。

 屋外や人間の生活圏外での戦闘に使用する獣型。

 街や人前で共に行動可能な人型。


 素体といえども死骸を再利用している限り、他者からの風当たりも強いのだ。


 見た目がグロテスク。死臭がする。不気味だ。なんて苦情とは死霊術士をやっていくならば一生付き合っていかなければならない問題の一つでもある。

 だから術士は時と場合により扱う素体を変える必要があるのだ。


 術士本人に力があるのならな常日頃から素体を侍らせておく必要もないのだが、そんな馬鹿な行為をする死霊術士などどこにもいない。いつでも襲ってくれと言っているようなものである。


「そうだなあ。まずは金を稼がないといけないし、獣型の素体が欲しい」

「ふむ……でしたら今しがた調整していたものが丁度良いかな。どうぞ、こちらへ」


 カウンターに置いてあったカンテラを手に取ると、男はそれに明かりを灯す。

 ぼんやりと明るくなった室内には、中央にテーブル。壁際には戸棚。台所スペースも見える。

 おそらく、男が出てきた奥の部屋が仕事場であるのだろう。


「ああ、モルテはこっちに来ちゃダメだよ。汚れちゃうからね」

「はあい」


 優しく言いつけて、彼は歩き出す。

 ごくりと唾を飲んで、アイルは店主の後を追った。



 室内に一歩足を踏み入れると酷い臭いにアイルは顔を顰めた。

 血と腐臭。それと何かしらの薬品の臭い。それらが混ざり合って充満している。

 だからこの男はペストマスクなんか付けているのか。マスクの先に香草を入れて臭いを誤魔化しているのだ。


 床に流れ出た血だまりを無遠慮に踏みつけて、男は部屋の中央にある作業台へとアイルを招いた。


「これなんですが、どうでしょう。お客さんのニーズには合っていると思いますよ」


 作業台の上に置かれていたのは、魔狼の死骸だった。


 魔狼というのはオオカミに似た魔物である。けれど、普通のオオカミとは違いまっくろな体躯と頭に生えた一本角が特徴的。

 組合の討伐依頼にも毎日張り出されるほどには一般的な魔物で、それほど珍しくもない。死霊術士が一番始めに使役する素体でもある。


「こんなの、金を払って買う物じゃないだろ」

「残念、お気に召しませんでしたか」

「そんなの当たり前――」


 直後、文句を付けようとしたアイルの目に、ある物が映り込んだ。


 ――魔狼の胸元に、何かが埋め込まれている。


「これ、なんだ?」

「ああ、それはですね。魔石ですよ。この素体には五元魔素(ごげんまそ)の内の一つを定着させようとしていたので」

「……っ、五元魔素の定着だって!?」


 男の言葉に、アイルは目を見開いて固まった。

 どう考えてもそれだけは不可能なのだ。


 五元魔素――炎、水、雷、土、風。


 魔法士が扱う様々な魔法の中で基本となる魔素のことだ。他にも光と闇の分類があって、それを含めると七元魔素(しちげんまそ)と呼ばれている。

 後者の二つは特殊なので、もっぱら話に上がるのは基本の五元魔素である。


 魔法を扱うにあたり、この魔素が非常に重要な役割を担っている。

 基本的に魔法を習得するのは誰にでも出来る事だ。そこに五元魔素の優劣はない。しかし、扱う魔法によって威力や性能には天と地ほどの差が出る。

 魔法によって適正魔素が決まっていて、仮に同じ魔法を使って力比べをするならば、適性がある方が競り勝てるといった具合だ。


 人間ならば最低でも一つ。いずれかの魔素を持って生まれるという。五元魔素を持つ人以外の生物……魔物でも固定の五元魔素を有しているのだ。

 そしてこれは先天性のものであって、後天的に取得できるものではない。


 だから、この男が言っている五元魔素の定着。それがどれだけ荒唐無稽なことなのか。

 アレガス魔法学院を主席で卒業したアイルには分かりきったことだった。


「アンタ……もしかして詐欺師か?」

「お客さん、面白いことを言いますね。私は骸造師――デッドメイカーです。これくらい出来なくては、食うに困り果てて路頭に迷ってしまいます」

「……これくらいって」


 普通の骸造師でも、素体への五元魔素の定着など出来るものではない。

 いや、誰であろうともそんなことは不可能なのだ。そんなことが可能ならば、今頃国家間の戦争では魔法生物が幅を利かせているだろうし、それを扱える死霊術士は大活躍だろう。


「疑り深いですね……それじゃあ、実演販売をしてみましょうか」


 そう言って男は、作業台の上に置かれていた魔狼の死骸を弄り始めた。


「お客さんの五元魔素は何ですか?」

「……雷と風だよ」

「ふむ、それじゃあ相性の良い炎の定着にしようかな」


 男は魔狼の胸元に埋め込まれている魔石に手をかざした。

 すると、無色透明の魔石は赤く色づき始める。あの輝きは、魔石の中に炎の魔素を封入した証だ。けれど、それだけならば魔素の適正があれば誰にだって出来る事。

 彼の言っていた五元魔素の定着とは、本来炎の魔素を持たない魔狼に、それを使用した攻撃を可能にさせる。その事を言っているのだ。


 そしてそれは、後付けで魔石を埋め込んだからと言って使えるものではない。


 未だ半信半疑なアイルを見遣って、男は作業台に置かれていた魔狼の素体を地面へと横たわらせた。


「さあ、試しに動かしてみてください」

「わ、わかったよ」


 男に言われるがまま、アイルは魔狼の素体に【支配】の魔法を掛ける。


 死霊術士が素体を操る条件がひとつだけ存在する。

 素体が含有している魔素量が術士よりも高ければ成功しない。だから低い魔素量の魔狼が新米死霊術士のお供として重宝されているのだ。


『ガウゥッ!』


 起き上がった魔狼は吠えた。けれど、少し様子がおかしい。

【支配】が成功した場合、術士が操る素体は命令をしない限り勝手な行動を取ることはない。けれどこの魔狼は起き上がった直後から、男に向かって威嚇を繰り返している。


 この現象はアイルにも覚えがあるものだった。

 何らかの理由で術士の支配下から逃れてしまっているのだ。失敗の一番の理由に挙げられるのは、素体の魔力量が術士より多い場合。


 アイルがその可能性に気づいた直後――魔狼は顎門を開いて、男に向かって火球を放った。


 瞬きをする一瞬で、男の顔面に着弾した火球は、ボンッ――と爆発する。

 それに驚く暇も無く続けざまに魔狼は火球を放つ。


 二発、三発と着弾するたびに、室内には肉が焼ける臭いが充満していく。直視しなくとも、男の顔面がどうなっているのかくらい、アイルにも理解出来た。


「こいつッ! とまれ!!」


 四発目を放つ前に、アイルは魔狼の脇腹を思い切り蹴り上げた。


 素体が術士の【支配】から逃れて暴走した場合、術士に出来る事は少ない。死霊術士本人には暴走素体とタイマンで勝てる力が無いのだ。

 他の素体を【支配】して対抗するか。他者の力を借りて、動かなくなるまでバラバラに解体する。

 この二つが一般的な対処法である。

 なので、今のアイルの行動は悪手と言えるだろう。


 咄嗟の行動で魔狼を蹴り上げたアイルだったが、安易な行動をすぐに後悔することになった。

 男に意識を向けていた魔狼が、アイルへと顔を向けたのだ。


 刹那に、顔面を焼かれた男の姿が脳裏に浮かぶ。



「――おすわり」



 聞こえた声に、アイルと魔狼の意識が逸れる。


 声が聞こえた方向に目を向けると、そこには仁王立ちで魔狼を睨む男がいた。

 火球を何発も食らって、露わになった男の容姿は先ほどの惨劇など無かったかのように綺麗なものだ。

 燃えるような赤毛に、緋色の瞳はモルテと呼ばれた幼女とそっくりである。


「おすわりと言ったんだ。聞こえなかったのか?」


 再び男が口を開く。今度は明確な威圧を込めて魔狼へと訴えかける。

 と、同時に彼は魔狼との距離を無造作に詰めた。


「それとも、もう一度死になおすか?」


 こちらの言葉を理解しているのかも不明な死骸に、彼は二択を迫った。

 そして脅しのように左手で魔狼の頭蓋を鷲掴む。まるでそのまま握り潰すような素振りを見せると、先ほどまで暴走していた魔狼は嘘のように大人しくなった。

 男の言葉通り、おすわりをして頭を垂れる。


 目の前の光景に、アイルは目を見張った。何が起こったのか理解出来ない。

 男が何かしたようには見えなかったが……アイルが気づかなかっただけか。しかし、魔狼が大人しくなったのは事実だ。


「お見苦しいところをお見せしてしまってすみません」

「い、今のはなんなんだ?」


 鷲掴んでいた左手を離して、わしゃわしゃと魔狼の頭を撫でている男に問うと、彼はアイルの疑問に答えてくれた。


「おそらく、魔石に魔素を込めすぎたのでしょうね。それがお客さんの魔素量を上回ってしまったせいで【支配】が失敗に終わってしまったのでしょう。いやはや、お恥ずかしい失態を冒してしまいました」


 はははっ、と男は明朗に笑い飛ばした。


「それもなんだが、そうじゃなくて! どうやってこいつを手懐けたのか聞いてるんだ!」

「骸造師は元死霊術士です。私も【支配】の魔法は使えるのでね。それで大人しくなったのでしょう」


 何の気なしに言った男の言葉に、アイルは耳を疑った。

 他の術士が支配する素体には上書きで【支配】の魔法を行使しても支配権を奪うことは出来ない。それは例え暴走素体だとしても同じことである。


 男から解答が成されたというのに、アイルには目の前で何が起こっているのか。まったく理解出来なかった。


「先ほどは魔素量が多すぎて失敗しましたが、きちんと調整すればお客さんでもこの子を扱うことは出来ますよ」


 ――如何でしょうか。


 そんなアイルを置き去りにして、営業スマイルを浮かべて男は尋ねる。


 結果的に彼の創った魔狼は魔素の定着が出来ていた。この男の腕は間違いなく本物である。ならば……アイルがここから成り上がることだって不可能では無い。


「――もらった!」

「そう仰ってくれると思っていました! お買い上げありがとうございます!」


 へこへこと頭を下げて、男は部屋の奥から麻袋を取ってきてそれをアイルへと手渡す。


「魔素の調整はこちらでしておきますので、取りあえずお客さんにはこれをお渡ししておきます」

「……なんだ?」

「素体お手入れキットです」


 男の説明では、防腐剤に防腐液。それと素体が損傷したときに応急処置ができる縫合一式。それらが詰められているのだそう。


「一番は骸造師に手入れしてもらう方が長持ちするのですが、それもお金が掛かりますから。ご自分でのお手入れを推奨しています。……まあ、そのおかげでウチの売り上げは万年火の車ですけどね」


 ははは、と男は苦笑する。


 この魔狼の素体にはある程度の防腐加工が施されているようだ。

 生命維持に必要の無い内蔵は全て取り除いて、防腐剤を詰めている。それでも腐敗はしてくるものだから、定期的に中身を詰め替えたり防腐液で表面を洗う必要があるのだという。


「これが骸造師直伝の素体長持ち講座です」

「へえ、今まで気にしたことなかったな」


 なんせデッドメイカーで素体を購入するのはアイルは初なのだ。意外な事実に驚きながら、肝心なことを聞き忘れていたことに気づく。


「こいつは幾らするんだ?」

「百万алт(アルト)となっております」

「ひゃ、ひゃくまんんん!?」


 当然、そんな大金をアイルは持ち合わせていない。

 それを見越してか、男は笑顔を崩さずに揉み手をする。


「分割のお支払いも出来ますよ」

「……っ、わかった。それで頼むよ」


 背に腹は代えられぬ。これを足がかりに成り上がると決めたのだ。ここで渋っていては永遠にその夢は叶わないだろう。

 だったら腹を括る以外にはないじゃないか!



 こうして、アイルは死霊術士として成り上がっていくことになる。

 けれど、彼が大成するのはまだ先の話だ。




 ===




「さっきの人、ディオスに憧れて死霊術士になったんだって」


 グリムがいそいそと奥の部屋から戻ってきたのを見計らって、モルテがぽつりと呟いた。

 彼女の声音には少しばかり嬉しそうな……それでいて気に食わないとでも言うような、相反する感情が渦巻いているようにグリムは感じた。


 それもそのはず。モルテにとってはディオスは憧れでもあると同時に嫌悪の対象でもあるのだ。心境は複雑だろう。


「へえ、あの子は見る目があるね」

「……おとーさん、うざい」

「えええ、そこまで邪険にしなくても」


 ちょこんとテーブル椅子に座って蔵書を読んでいたモルテは、グリムの大袈裟な落ち込みようを見てうんざりとした溜息を吐き出した。


 彼女の素はいつもこんなものだ。お客の前ではそれ相応に猫を被って対応しているが……グリムの前では全くそんな素振りをみせない。


「はあ……昔はあんなに可愛かったのになあ。天使みたいで……今も天使みたいに可愛いけど……僕のモルテちゃん」

「キモい!」

「ねえ、久しぶりに抱っこさせてよ。少しだけで良いから!」

「臭いからヤダ!」


 ぷいっとそっぽを向いてしまったモルテの言い分はもっともなのである。

 仕事柄、グリムはいつも血みどろである。死骸を解体してつなぎ合わせて弄くり回す。骸造師なんて仕事をしていればそれは付き物だ。


 問題はそれを自覚していて、尚も面倒だからと言ってろくに風呂にも入らないこと。加齢臭以前の問題で、それを越していつも死臭を放っているのなら幼子でなくとも近寄りたくはない。


「そんな冷たくしなくても良いじゃないかあ!」

「わっ――やめろお! ヘンタイ! 頼むからちゃんとおふろ入ってえ!」


 ぽかぽかと力なく叩くモルテを可愛がるように、グリムは左手で彼女の小さな身体を持ち上げる。

 けれどすぐさまそれは離されて、モルテはすとんと椅子に逆戻りした。


 直後に、ぼとんと重いものが床に落ちる音が聞こえてきた。


「ああ、もう駄目になっちゃったか。残念」


 特に気にした素振りもなく、グリムは落ちた左腕を右手を伸ばして拾い上げる。

 彼が拾い上げたのは、ドラゴンのようなかぎ爪、鱗皮が生えている肩先からの腕だ。今までグリムの左腕として動いていたものである。


「今度は何の腕にしようかな。何かリクエストはあるかい?」

「この前の触手みたいに、ぬめぬめして気持ち悪いやつじゃないなら何でもいいよ」

「あれはあれでまあまあ使い勝手は良かったんだよ。指が十本あるようなものだし。……まあ、ベトベトするからなあ。それさえなければなあ」


 ぶつぶつと言いながらグリムは奥の部屋に引っ込むと、引き出しに入れてあったスペアの腕を持ってくる。それと前掛けの収納に入っていた縫合針と糸を取り出すと、慣れた手つきで縫い合わせていく。


 数秒後には、彼の左腕はワーウルフの毛むくじゃらの腕に成り代わってしまった。


「今のでスペアが尽きちゃったから、今度調達に行かないと」

「モルテは行かないからね」

「なんで!? 外出歩くの、モルテちゃんも好きだろう!?」

「……っ、くさいから隣あるきたくないのっ!」


 全力の拒絶に、グリムは一歩後退った。


「うっ……ごめん。お風呂入ってくるね」


 しょんぼりと項垂れたグリムは左腕を上げて風呂場へと去って行く。

 その後ろ姿を見つめて、モルテは溜息を吐いた。


「昔はもっとかっこよかったのに……」


 いつからこんな父親になってしまったのか。

 情けなくもなりながら、あのグリム・シュタインという男がモルテの実の父親なのだ。





 王都の端にある、寂れた路地の奥にひっそりと佇む、骸造師の工房――デッドメイカー。


 そこではこれからも、様々な出会いが待っている。


次回作としてちまちま書いていたものを短編に調整しての投稿。

ブクマとか評価それなりにもらえたら頑張って連載出来るように書きためていこうと思います。

どうぞよろしく!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章がとても丁寧で読みやすかった。また、しっかりした設定が土台にあるのだと感じ取れた。 [気になる点] 全体の起伏が少し弱いと感じた。 [一言] 物語の中盤から終盤にかけての高低差を調整し…
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