好意って無下に出来ないんですよね
この世界の貴族や騎士は、自分の美しさに磨きをかける事に重きを置いている。
汗水流して働くのは、下々の役目。労働の汗は肌荒れの原因として忌み嫌われている。それよりも己の美を磨きアムール神の加護を受けるべき。
だから男でもスキンケアを入念に行う。
でも、俺は前世の記憶があるし、貧農の生まれだ。何より人が働いている所を座って眺めているなんて性に合わない。
「トール様、私達が運びますよ」
馬車から小麦を降ろしていたら、パン職人が駆け寄ってきた……伯爵の孫だけど、率先して動いています。
「今は用事がないので大丈夫ですよ。皆さんはパン造りに集中する為に体を休ませて下さい」
今回のキモはパンとゴーレム。ゴーレムの方は目出度く出禁となったので、パン作りを手伝います。
「やめなさい。皆、困っているでしょ。貴方が動いていると、休みたい人も休めないのよ」
そんな俺にストップを掛けたのはお姉様。いや、俺を気にしなくても良いんだけど。
実際、古い職員は見慣れているのか、何も言ってこない。
「うちの職員にはちゃんと休憩指示をだしているよ」
きちんとシフトを組んで渡してある。タイムスケジュールにそって休んでいる筈だ。
ジェイド領出身のゴーレム師には手土産も持たせているし。
俺はルベール家をホワイト企業ならぬホワイト貴族にするつもりだ。
「うちの職員はね。見なさい、フレイム家の騎士が困っているでしょ」
長旅で汗をかいたのかスキンケアをしようとしていた騎士が戸惑い顔でこっちを見ている。
美意識の高い騎士とはいえ、本家の嫡男が働らいてる最中にスキンケアはやり辛いらしい。
「そう言われてもさ。今回のパンが重要なんだし、職人を疲れさせたくないんだよ……すいません、お借り出来る厨房はどこですか?」
使用人っぽい人がいたので、声を掛ける……執事さがいるけど、セレブオーラが凄くて話し掛け辛いです。
「わ、私ですか?……あのこちらです」
使用人さんが引きつった笑顔で応じてくれた……ごめん、姉ちゃんとクレオが付いてくるとは思わなかったんです。
(伯爵令嬢と公爵令嬢が来たら緊張するよな)
「俺も一緒に行ってええか?」
リベル、人懐っこい笑顔だけど、使用人さんの顔が更に強張っているぞ。正確に言うと青ざめていた。
(リベルの過去を知っていたら、当然の反応か)
リベルは小さい頃、ジェイド領で賊に襲われている。その時幼馴染みの女の子が亡くなったらしい。
逆恨みしている可能性は低いけど、一人にしない方が良いと思う。
「フォルテはゴーレム大会の打ち合わせか……それなら一緒に来てくれ」
俺の目的は姉ちゃんの悪役令嬢化の阻止。その為にはメインキャラであるリベル達と仲良くなる必要があるらしい。
……それに俺が何かやらかしたらリベルはすぐに突っ込んでくれる。そうすると姉ちゃんの雷が落ちる危険性が減るのだ。
◇
……リベルが一緒に来てくれて良かった。
俺一人だったら、がん詰めしていたと思う……姉ちゃんやクレオも唖然としています。
「マジか……あの普段もこんな感じなんですか?」
ここは厨房で良いんだよな。間違っていない筈。
「……あの、何か変なところがございましたか?」
使用人さんは、何が変なのか気付いていない。
(演技じゃなく素の反応だな。つまり、ジェイド領では、これが一般的と)
厨房には大量の砂糖とハーブ、そして油が置いてあった。しかも、ハーブは匂いの強い物が多い様だ。
それらが混じり合いカオスな匂いが充満している。
「高価なハーブが多数あるので、移動して頂いてもよろしいでしょうか?それとパンを作るので少し掃除をしたいのですが」
本音を言えば臭いし汚いからこのままじゃ無理……なんだけど言葉は大事だ。
元日本人だから知っている。ストレートな言葉はいざこざを生むって。
「分かりました。移動は私達で行います。終わったらお伝えしますので、ゲストルームでお待ち下さい」
ほっとした表情を浮かべる使用人さん。ここにあるハーブは彼らにとって大事な物なのだろう。
◇
移動まだかな?早くここから出たいんだけど……部屋の造りは良いんだ。椅子も座りやすいし。
(匂いがきつい。香水でもぶちまけたのか?)
芳香剤だと思うんだけど、部屋中がフローラルな匂いで包まれていて、かなりきついです。
「なあ、トール。ホンマにルシェル君に飯を食わせる事は出来るのか?確かにお前の作る飯は美味い。せやけど、食ってもらえな意味ないで」
椅子に座るや否やリベルが質問してきた。
正直、少し不安はある。てっきり家族仲が悪くて孤立していると思ったんだけど。
ご両親ともにルシェル君を心配していた。計算違いだけど、俺は悲観していない。
(ルシェル君は俺を警戒していなかった)
それに張り子ゴーレムにも興味津々だった。多分、食べてくれる筈。そして喜んでくれると思う……多分。
「ハーブティーでございます」
部屋と同じ位、濃い香水をつけたメイドさんがお茶を淹れてくれた。
……マジですか?再び。
(色、濃すぎないか?絵の具溶かしたみたいになっているぞ)
ラベンダーのハーブティーだと思うんだけど、煮詰めまくったのか紫色をしている。匂いはもろトイレの芳香剤。
「ね、猫舌なんで冷めてからもらいますね」
移動が終わるまで、なんとか時間を稼ぐんだ。
不幸中の幸い?で、移動は割と早く終わってくれた。
「大勢で一気に運びおったな。掃除はうちのメイドにも手伝わせるで」
結果、クレオおつきのメイドさんも手伝ってくれて無事清掃終了。
皆ハーブティーを見た所為か、必死でした。
「やっと匂いがなくなった。あのハーブお料理には使ってないよね?」
クレオが恐る恐る尋ねてきた、ちなみにあのハーブティーは全員口をつけられませんでした。
「残念だけど、料理にも使うと思うぞ。ここだと新鮮な食材が手に入り辛い。嫌な言い方をすれば腐る直前の物も少なくないと思う。それを食べるのに腐敗臭を打ち消す様な強力な匂いが必要なのさ」
油も肉をつけたり古くなった食材の味を誤魔化す為の物だと思う。
「うちもポリッシュにいた頃、似たような事していたけど、流石に匂いきつすぎじゃない?」
姉ちゃんの言う通り、我が家は元貧農。肉なんて滅多に食べられなかった。祭の時に鶏を食べる位。
何しろ家畜は大事な財産で生命線。そして商品だ。気軽に食える訳がない。
(山での猟も動物が可哀想とかで制限されていたもんな)
畑を荒らしに来た野生動物を狩るのオッケーだけど、山に狩りに行くのはアウト。山の動物は領主様の物。だから許可がないと狩れないのだ。
だから猪とかがとれた日には、塩やハーブてんこ盛りのベーコンを作っていた。
「刺激って慣れるもんなんだよ。さっきのメイドさんみたいに、香水をこれでもかって振りかけても、平気な人いるでしょ?あれは匂いに慣れた所為なんだ。これは俺の予想だけど、ジェイド領でハーブや油は富の象徴なんだと思う。リベル、合っているか?」
沢山使えるのは貴族や騎士の特権、そんな見栄も相まって、とんでも料理になったんだと思う。
それにハーブも油も保存は、そこまで難しい訳じゃない。
「正解や。ジェイド領はハーブや油をぎょうさん買ってくれる。しかし、ここまでとは思わなかったで」
これで道筋は見えた。見えたけど、さっきのメイドさん新しいハーブティーの準備しているんですが。
お代わりを円滑に断る道筋が見えません。
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