新たな選択
……いつまで待っても剣は襲ってこない。勇気を振り絞って、頭を上げて見ると男の動きが止まっていた。
騎士だけじゃない。姉ちゃんも止まっているし、火も止まっている……俺以外全ての物の時間が止まっているんだ。
「なにがあったんだ？うわっ！……貴方はロッキさん？」
視線を上げて見たら、俺をこの世界に転生させたロッキさんがいた。なぜか男の頭の上で優雅に紅茶を飲んでいる。
「お久し振りですね、紅石徹さん。安心して下さい……ああ、今はトール・プークリエさんでしたね」
ロッキさんは俺に気付くと、にこやかに手を振った……あまりにも予想外過ぎて、頭が追い付きません。
「貴方はロッキさん？なんで、ここに？」
ここは異世界の筈。こんなベストタイミングで来る事が出来るのだろうか？
「言ったじゃないですか？なにかあったら、ちゃんとフォローに行くって……折角転生させて八歳で死なれたら、面白くないですし」
転生や命懸けの戦いに面白いとかあるのか？
「それなら力を貸してくれるんですか？」
転生を行える程の魔導士なら、強い魔法を使える筈。
「良いですよ……さあ、トール君、選択の時間です。貴方達はこのままだと、死んでしまいます。提案その一、一人だけ生き延びる。昔から優しくしてくれた村の人や、愛してくれた家族を見捨てて、一人だけのうのうと生き延びる。この場合は平穏で、幸せな人生を保証します。提案その二、戦う力を手に入れて、自らピンチを打開する。この場合は波乱万丈、四苦八苦、人間万事塞翁が馬、抱腹絶倒な人生が待っています？さあ、どっちを選びますか？」
……この襲撃が誰を狙った物なのか分からない。でも、俺は男に顔見られている。
（次いつ襲われるか分かんないよな）
「お願いします。戦う力を下さい」
畑どころか村もなくなりそうだ。これからは自分で自分を……いや、俺が姉ちゃんを守るんだ。
「良いでしょう。これから貴方の身体にジュエルエンブレムの元を埋め込みます」
確かにロッキさんは手に小さい赤い石を持っている。しかし、ここに手術台どころか医療器具は一つもない……その前に体に石を埋めるのは危険過ぎるだろ！
「あの……どうやってですか？それを飲み込めば良いんでしょうか？」
俺の質問を聞いてニヤリと笑うロッキさん……嫌な予感しかしない。
「こうやるんですよ！」
ロッキさんの手が俺の腹に突き刺さる。賊に襲われる前に死んでしまう。
「いったー……あれ？血が出ていない」
あまりの痛みに意識が飛びそうになる。でも、血は一滴も出ていない。
「これが魔法ですよ。身体に傷をつけずに、物を埋め込む魔法です。実感を持ってもらう為に、敢えて麻酔効果はなくしました……ついでにスマホを頭に埋め込んでおきますね」
ロッキさんの手にいつの間にか俺のスマホが握られていた。
自分の頭に手が刺さっている光景は、かなりシュールでした。
頭が割れそうな位痛い。久し振りに泣いたし、痛みのあまりちびってしまいました。
「まだ頭痛がする……それでどんなスキルが使える様になったんですか？」
こんな痛みに耐えたんだ。物凄くチートなスキルに違いない。
「まずはスマホ。スマホっぽい事が色々出来ます。今はＲＯＰがレベル１なので、懐中電灯と鑑定しか使えませんが」
スマホっぽい事で、懐中電灯と鑑定かよ。ちなみに鑑定は目をレンズ代わりにして使うそうだ。
（鑑定スキルはラノベの基本だよな）
試しに足元の草を鑑定してみる。
鑑定結果 草：くさっーＷ
……掲示板の煽り文句かよ！
「あの草を鑑定したら、草としか表示されなかったんですけど」
見たら分かる情報です。鑑定って、もっと細かい情報が出るもんじゃないのか？
「鑑定は本人の知識が大事なんですよ。それに言ったじゃないですか、スマホっぽいって。対応した辞典をダウンロードしなきゃ簡潔な情報しか出ませんよ」
……詐欺じゃん！それじゃ俺が今使えるのは懐中電灯だけかよ！
「あの、このままじゃ、絶対負けるんですけど」
今の俺は小二の男の子、でも向こうは恐らく騎士だ。どうあがいても勝てない。
「安心して下さい。もう一つスキルを用意してますので……これを見て下さい」
ロッキさんの指し示す先のあったのは、一メートル位の大きさがある正方形の石。
「この石がどうしたんですか？」
これを殴って拳を鍛えろとでも？今からじゃ無理だぞ。
「ストーンクリエイトとでも名付けましょうかね。この石を好きな形に変形させられるスキルですよ」
来た！日本いや、向こうの世界にあった武器を再現出来れば、正に無敵だ。
なんでも頭で思った形に変形させられるらしい。
（まずはお約束の投石器だ……あれ？）
「おやー、これは将棋盤に煙管を立て掛けたオブジェですか？……この世界で江戸アートを作っても売れませんよ」
（ストーンクリエイトを鑑定してみれば、何かヒントがある筈）
既にストーンクリエイトを取得しているんだから、最低限のルールは分かると思う。
鑑定結果 ストーンクリエイト
石を好きな形に変形できるスキル。変化ではなく変形なので、構造を正しく理解してなければガラクタになってしまう。部品の大きさや形状等も、正確でなければいけない。変形を維持出来るのは、最長五分間。
注）安全の為、生物の頭上には設置出来ません。（設置ヵ所に生物がいた場合は、弾かれます）
……投石器の正確な構造なんて覚えていないぞ。覚えていても、脳内で正確にイメージするのは無理だ。
「これならどうだ！」
俺が作ったのは石で出来た大剣。これであいつをぶっ飛ばしてやる。
「……それ持てますか？持てないですよねー」
創造した物が羽根の様な軽さ……なんて事はなく、ピクリともしませんでした。
（戦いの最中に創造出来て、あいつを倒せる物……あれに賭けるか）
「ロッキさん、時間を戻して下さい」
英雄とは程遠い戦い方だと思う。でも大事な人を守る為なら、なんでもしてやる。
