再会
今回のパーティーは、両国の友好を深めるのが目的らしい。
なにしろ去年、両国とも襲撃を受けている。今後の為にも、関係を密にしておきたいんだろう。
「トール、パーティーで気を付ける点のおさらいよ。まず、ホスト側は聞き役に徹する事。そしてゲスト側より派手な服を着ない事。婚約者のいる異性をダンスに誘わない事……大丈夫?」
きちんとしたパーティーに参加するのは、俺も姉ちゃんも初めてだ。だから、こうしてマナーのおさらいをしている。
「俺は大丈夫かな。服は去年作ってもらったやつを、仕立て直ししてあるし」
それに俺にはリーマン時代に鍛えた接待スキルがある。あのくそ面倒臭い上司との飲み会に比べたら、子供の接待なんて余裕だ。
「本当?貴方、調子に乗ってべらべら喋る時があるから心配なのよ。まあ、ダンスは女の子を誘う勇気なんてないでしょうから、安心だけど」
俺、無言の時間が苦手なんだって。それで空回りして滑るんだけどね。
「勇気がないんじゃなくて、無駄な行動はしない主義なの」
イケメン選り取り見取りなパーティーで、俺の誘いに応じてくれる女性なんていないと思う。
「情けないわねー。そんなじゃ、三十歳過ぎても結婚出来ないわよ」
姉ちゃんは、そう言うと屈託なく笑ってみせた。お姉様、貴方の弟は前世で三十五過ぎても独身だったんですよ。クリティカルヒット過ぎます。
◇
これが日本だったら税金の無駄遣いだって、マスコミに叩かれていると思う。城内に作られたパーティー会場は、まさに豪華絢爛。バブル期の日本を彷彿させる派手さだ。
「しかし、派手だな。この世界にわびさびなんて言葉はないのか」
色使いが派手過ぎて、目が痛くなりそうだ。
目が痛い原因は、会場だけじゃない。
真面目に地味な服を着ているのは、俺達だけだ。
建前なのかアクセサリーの類は付けていないが、みんな原色の派手な服を着ている。
(それでも私語がないのは、流石だな)
今は前庭でポリッシュ共和国の到着を待っているんだけど、誰もおしゃべりをしない。
しんと静まり返り、鳥の囀り声だけが聞こえていた。
でも表情は千差万別。決め顔の練習をする人もいれば、不機嫌そうな奴もいる。
暇だ……スマホにリバーシかソリティアを入れて欲しい。
「ポリッシュ共和国の皆様がお着きになりました。拍手でお出迎え下さい」
凄いというか何というか、全員一斉に笑顔になりました。これ位の芸当が出来なきゃ、貴族は務まらないんだろうか。
そっちのパターンか。
入って来たのは、パステルカラーで彩られた馬車。幼児用のアトラクションに置いてありそうなファンシーさだ。
そして降りてきた一団もみな淡い色の服を着ている……パステルピンクの鎧を着ている騎士もいた。
(人生分からないもんだな。ちょっと前まで、近付く事さえ許されなかった人達も出迎えているんだから)
俺はつい一年前までポリッシュ共和国の農民だった。身分なんてあってない様なもんだ。
騎士にさえ逆らえない身分である。それが今や伯爵家の跡取り候補、人生分からないもんだ……まあ、転生する人間の方が珍しいと思うけど。
◇
俺、なんかしたかな?一通りの挨拶が終わった後、子供同士の交流会が始まったんだけど……なんかポリッシュ共和国の少年達から滅茶苦茶睨まれています。
元農民がいるのが、気にくわないとか?いや、あの事件が公にしたとは思えない。していても、子供達には教えていない筈。
(ポリッシュ共和国の貴族や騎士で、俺の顔を知っている奴はいないよな)
やはりフツメン&地味な服が場にそぐわないんだろうか?
「トール、久し振り!ずっと逢いたかったんだよ」
そんな中声を掛けてきてくれたのは、パステルグリーンのシャツを着た少年。深緑のハーパンが凄く似合っています。
「クレオ……さん、お久し振りです」
呼び捨てにしようとした瞬間、殺気ともいえる敵意を感じた。もしかしてクレオの家って、爵位が物凄く高いんだろうか?
「前みたいにクレオで良いよ……助けてもらったのに、ちゃんとお礼を言えないでごめんね」
顔を見せずに、いなくなった事を言っているんだろう。クレオが貴族の子供だとしたら、仕方ない。俺の予想だと、あのテイマーはクレオを狙っていたんだから。
「親御さんに強引に連れて行かれたんだろ?俺が親御さんでも、そうするさ。こうしてまた会えたんだし。気にしない、気にしない」
わざとおちゃらけた感じで話す。俺は良い大人なんだし、子供に気を使わせる訳にいかない。
「相変わらず優しいね……襲われたって聞いて凄く心配したんだよ。無事だって聞いた時は、本当に安心したし」
襲われたのところだけ、小声で話すクレオ君。どうやらあの一件の事を知っているらしい。
「人間万事塞翁が……分かる訳ないか。まあ、こうしてまた会えたんだから、結果オーライって事で」
異世界の人間に、塞翁が馬が通じる訳がない。
「もう、本当に心配したんだぞ……ト、トールはダンスの相手決まっているの?」
俺のダンスの相手は壁です。壁の花って、こっちの世界でも通じるのかな?……俺だと花って言うより、葉についた虫の方がしっくりくるけど。
「鍛錬と勉強ばっかりで、知り合いが片手で数えられる位しかいないんだぜ。なにより俺はダンスが苦手なんだ」
リードなんて絶対無理だし、相手の足を引っ張るだけだ。
「それじゃ僕と踊らない?僕と一緒なら、ダンスを楽しめると思うよ」
ダンスを楽しむか……そんな考え方持ってなかったな……いや、ミスなく踊る事に捕らわれて忘れていたんだ。
(小三なら、男同士で踊っても問題ないか)
前に会った時は友達が少ないって言ってたし、これ位の年の男は異性が苦手な奴もいる。
「むしろ頼むよ。リードしてくれたら、助かる」
俺の実年齢はばれていないと思う。クレオ君が貴族なら小さい頃からダンスを習っている筈。少し情けないが、助けてもらおう。
「任せて!そう言えば、トールのお姉さんは?」
やばい。すっかり、忘れていた。
(どこにいる?……まじっ!あいつ等確か、姉ちゃんの取り巻きキャラだ)
顔は幼いけど、あれはゲームで姉ちゃんの取り巻きをしていた奴等だ……着実に悪役令嬢ルートに向かっている気がします。
◇
ダンスが苦手な子を、友達が優しくリードしている。傍から見たら、微笑ましい光景かも知れない。
「上手、上手。焦らないでダンスを楽しもう」
でも見方を変えれば、中年のおっさんがショタな少年とダンスをしているのだ。一気に犯罪臭がしてくる。
(思ったより目立ってないな……向こうで、女の子同士で踊っているし、同性と踊るのは珍しい事じゃないのかもな)
紫色の髪をした少女を、数人の女の子が取り囲んでいた。
◇
そうか。そういう事だったのか。
ダンスの後、俺はクレオ君の両親に挨拶しに行く事になった。
(伯爵か子爵だと思っていたんだけど)
「君がトール君か。その節はクレオが世話になったね。私はヴェール・エメラルド、ポリッシュ共和国で公爵をしている。君の事はクレオやルベール伯爵から聞いているよ」
まさかの公爵家でした。しかもクレオ君は現王のお孫さんらしい。
「いえ、人として当たり前の事をしただけですので」
「それでも中々出来る事じゃないよ……聞いた話によると、もうジュエルエンブレムを使えるんだってね。私に見せてもらえないかな?」
言葉遣いは丁寧だけど、プレッシャーが凄い。
「まだ上手く使いこなせてないんですが……」
頼む、日本語読めない人であってくれ。
「……見た事のない魔文字だけど、これはネームド級のジュエルエンブレムだね。ありがとう。トール君、これからもクレオの事を頼んだよ……誰か、ルベール伯爵に正式にお願いすると伝えてくれ。そうだ、これを欲しいと聞いてたよ。良かったら、受け取ってもらえるかな……む、トール君」
公爵が渡してきたのは一枚の符。今の会話にそんな価値あったか?




