8 絆
「お前、いつもあんな事されてんのか?」
リュージュが怒った声で忌々しげに聞いてくる。
ヴィクトリアは下を向いた。本当は、リュージュには知られたくなかった。
距離を置こう。きっと嫌われた。父親と恋人同士みたいなことをしてるなんて、気持ち悪いと思われても仕方がない。
「もう、余計なことしないで。私のことは放っておいて。近づかないで」
冷たく、突き放すように言葉を紡ぐ。
せっかく出来た友達だった。リュージュと過ごした楽しかった時間も、もう全部全部、遠い所へ行ってしまう。
ずっと側にいてほしかった。だけど、この地獄には巻き込めない。
リュージュは先程までの勢いを殺し、悲しそうな顔で言った。
「お前は、あいつが好きなのか?」
「そんなわけないでしょう! 大っ嫌いよ!」
思わず声を荒げてしまった。
夜も深まっているが、宴会の直後だから皆まだ起きているはずだ。誰が来るか分からない。分かっているのに、それでも叫ばずにはいられなかった。
「父親にあんな事されて喜ぶと思う? そんなわけない。おかしいわ。あの人はおかしいのよ」
悔しくて涙が出てくる。
「ずっと不思議だったんだ、なんでお前はいつも一人で、誰も寄せ付けようとしないんだろうって。他の奴らはヴィクトリアには近づくなって、それしか言わないし、お前だって何も言わないし…… でも分かったよ。お前を不幸にしてるのは、あのクソ野郎じゃないか」
リュージュは苛立たしげに言うと、拳を作って壁を殴り付けた。
「泣いてるじゃないか。お前にこんな顔させる奴、絶対に許さない」
ヴィクトリアは戸惑った。嫌われたと思っていた。なのに、リュージュはヴィクトリアの為に怒っている。
「あいつに何かされそうになったら俺が助ける。必ず呼べ」
(何を言っているの? 助ける? あの超人的な強さを持つシドから?)
「そんな事……」
「わかってる。今の俺じゃあいつには勝てない。さっきだってお前に庇ってもらって、情けない」
リュージュは寂しそうな顔をした。
「ウォグバードにも言われたよ。ここじゃ力の無い者が何を言っても無駄だって。守りたかったら強くなれって。今はまだあいつの足元にも及ばない。でも、俺もっともっと強くなるよ。俺がお前を守るから」
胸が詰まった。でも、ヴィクトリアは首を振った。
「リュージュに迷惑はかけられない」
何言ってんだよ、とリュージュはヴィクトリアを真っ直ぐ見つめて言った。
「お前の痛みは俺の痛みだ。辛かったら俺に言え」
ヴィクトリアは顔を覆った。涙が次から次へと溢れてくる。
母が死んでから、そんなことを言ってくれる人は誰もいなかった。
嬉しかった。
ふわっと、リュージュの匂いが覆い被さってきた。思いの外強い力で抱き締められる。
(駄目、シドが来るかもしれない)
リュージュに触れたらシドが来るか、確証はない。けど、危険な橋は渡れない。
離れなくちゃいけない。分かってるのに、腕を振り払う事ができない。
「リュージュ……」
温かい。
ずっと孤独だった心が溶かされていくようだ。
人の温もりとは、こんなにも温かいものなのか。
今だけは、もう少しこのままでいたい。
「リュージュ、ありがとう」
ヴィクトリアはリュージュの背に手を回した。
ウォグバードが来て引き剥がされるまで、二人はずっとそうしていた。