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獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~  作者: 鈴田在可
『番の呪い』後編

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87 優しさの贈り物

 マグノリアとカナリアが浴室に行ってしまい、キッチンの片付けも終わった頃、どこかへ姿を消していたロータスがリビングにふらっと戻ってきた。


 リビングとキッチンは続き部屋になっていてほとんど一つの部屋だ。ヴィクトリアは内心で二人きりになってしまったと焦っていた。


 ロータスは何を思ったのかヴィクトリアのいるキッチンまで真っ直ぐにやって来た。


 ヴィクトリアはロータスに場所を譲ろうと動くが、さささっと思いっきり避けるような動きになってしまう。


「……」


 ロータスは何だかやっぱり傷ついたような顔をしているが、そのことに関しては何も言わずに棚の中からカップを取り出す。


 なぜか、二つ。


「ヴィー、一緒にお茶でも飲まないか?」


「え……」


 咄嗟に避けたいという考えが頭に浮かんだが、ヴィクトリアはその考えを振り払った。


 ロータスに対する態度が悪い自覚はあり、それがシドへの怖れから来ていることは理解していた。


 黒髪黒眼の人物からシドによく似た姿に変化したときのことが衝撃的すぎて、ロータスといると否が応でもシドのことを思い出してしまって辛かった。


 けれど本当の姿がシドによく似ているからといって避けるのは間違いだ。ヴィクトリアはロータスに酷いことなんかされていない。ロータスとシドは別々の存在だ。


(少しずつでも彼に慣れて、あまり敏感に反応しないようにしなければ)


 ヴィクトリアが頷くと、それを見たロータスが声を出さずに口角を上げて微笑した。


 その笑い方がリュージュに似ていて吸い寄せられる。


 ロータスが薬缶に水を汲んで沸かし始める。


「ヴィーはお茶は何でも飲めるんだっけ?」


 夕食の準備の前にマグノリアから植物性のものはどの程度食べられるのか聞かれていて、大体のことは答えていた。


 お茶ぐらいなら飲めることも話していたし、その時ロータスも近くにいたから聞き耳を立てていたのだろう。


「ええ、何でも大丈夫よ。ロイは?」


 夕食時、マグノリアにヴィーと愛称で呼んでもいかと尋ねられて、そんなの許可なんて求めなくても呼んでもらえると嬉しいと返すと、「では私のことはマグと呼んで」と言われた。


 マグノリアはついでのようにロータスのこともロイと呼ぶようにと言ってきた。


 そこでロータスだけ愛称呼びを拒否するのは彼への苦手意識を顕在化させてしまいそうで、全く打ち解けてはいないが、ヴィクトリアはロータスのこと愛称で呼ぶことにしたのだった。


「俺は肉以内は全く駄目なんだ。身体が受け付けなくてね。昔間違えてうっかり摂取して酷い目に遭ったこともある。だから俺はお茶と言っても白湯だよ」


 ロータスはそう言いながら、棚の中からお茶の葉が入った瓶を幾つか取り出した。


「何が好き? どの匂いが好み? 一歳の時に別れたきりだからわからなくてね」


 尋ねながらヴィクトリアを見つめる瞳はこちらを慮るような優しさに満ちている。


 シドも意図的にこのような表情をすることはあったが、その裏には必ず思惑があった。ロータスはマグノリアとカナリアに日常的にこのような温かい視線を向けている様子だった。彼はシドとは違う。


 昔の話は夕食の時に少し聞いていた。ヴィクトリアは覚えていないが、ロータスはヴィクトリアが赤子の頃に少し遊び相手になったことがあるらしい。


 けれどロータスはヴィクトリアが一歳の頃に里から出て行った。


 ロータスはシドの息子であるにも関わらず戦闘能力が低く、そのせいもあり周りから浮いた存在であったらしい。シドからも顧みられることもなく、母親が亡くなったことをきっかけにシドや里とは決別することにしたそうだ。


 茶葉の入ったポットにお湯を注ぐと爽やかな紅茶の香りが立ち上る。ロータスに促されてヴィクトリアはリビングのソファに座った。ロータスはテーブルを挟んでヴィクトリアの斜向かいに座る。


「オリヴィアさんは…… いつ?」


 母が既に他界していることは夕食時に話したが、そのことにロータスは衝撃を受けているようだったので、詳しいことは話していなかった。


「私が十歳の時。七年前ね。病気だったけど、最期は安らかに逝ったわ。ただ……」


(死んだ後にシドに食べられてしまったことは言うべきか…… でもそんなこと、言わない方がいいのかもしれない)


 黙り込んで俯いてしまったヴィクトリアにロータスが心配そうな声をかける。


「ヴィー…… 思い出して辛い事は無理に話さなくてもいい。だけど、俺はヴィーが里にいて幸せだったのかどうか、それが気になっている。もし話せることがあれば話してほしい」


 ロータスに問われてこれまでのことを振り返る。


「お母さまが死ぬまでは、幸せだとか楽しいとか思うこともあったように思う。でも、母が亡くなってから私は……」


(私はずっと、父親だと思っていた男に母の代わりにされていた)


 屋根裏部屋で最初にロータスに会った時は、マグノリアの魔法で匂いが変わっているなんて思わないし、ロータスのことは人間だと思っていた。


 けれど彼の正体は獣人で、五日前に付けられたシドの匂いもまだ完全には消えていない。獣人ならば、嗅覚によってヴィクトリアの身の上に起こったことをある程度わかるはずだ。


 シドとの間にあったことだけではなく、リュージュや他の者との間にも何があったのか、知られてしまっているだろう。


 この家に来て最初の頃、ロータスはヴィクトリアと視線を合わせようとはしなかったが、彼にしてみれば、自分の父親と弟と絡んだことのある相手なんて、なかなかにどう対応していいものか困ったことだろう。


「シドは結局私の実の父親ではなかったのだから、あの滅茶苦茶な人なら、やりかねないことよね」


 ヴィクトリアがそう言うと、ロータスは自分の額を手の平で強く打った。俯くロータスから、「くそっ、やっぱりあの時連れ出しておくべきだったか」と呟く小さな声が聞こえて来た。


「私はまだいい方よ。あの人にもっと酷い目に遭わされた人たちを、私はこの目で見てきたもの」


 シドに尊厳を奪われて死を選んだ少女と、絶望に打ちひしがれるレイン。


(もしできることなら、あの時に戻ってやり直したい)


「シドされてきたことは辛かったけど、リュージュがいてくれたから、私、救われていたのよ。リュージュに出会えて本当に良かった……」


「……あいつは、なんで自分の足を刺したんだ?」


 ロータスはナディアと同じことを聞いてくる。


 ヴィクトリアは目を泳がせてどう答えたものかと逡巡したが、ロータスは匂いで大体のことを知っている。


 ヴィクトリアはリュージュと別れた時のことを話すことにした。


「私、リュージュを傷付けてきたの。リュージュにはもう会えないわ」


 暗い表情で話し終えたヴィクトリアは下を向く。


「もう会えないなんてそんなこと言うなよ。会いたいなら会いに行けばいいじゃないか。あいつは何だかんだ言って、笑って許してくれるような気がするよ」


「どんな顔して会えばいいのかわからないわ。それに、番になれないのに会えないわよ」


 うーん、と、ロータスは腕組みをして考え始める。


「そうだなあ…… なら、リュージュに会いに行く時は俺も一緒に里に付いていくとかじゃ駄目か?


 俺はもうずっと、里とは関わり合いになりたくないと思って生きてきたけど、でももういい加減、そんなこだわりも捨てた方がいいんじゃないかって、思っていた所だったんだ」


 シドが明日処刑されることは、ロータスの耳にも届いているはずだ。


「最後、リュージュとは喧嘩別れみたくなってそのままだったんだ。


 シドに会いに里に行くって言うリュージュと、絶対にやめろって言う俺とでぶつかって、結局あいつは俺の制止も聞かずに行ってしまった……


 その後マグに行方を探ってもらって、無事に里に着いたことと、出会い頭にシドにボコボコにされたことを聞いて、まあほぼ予想通りだなとは思ったけど、やっぱり心配で、連れ戻そうかってマグと話したりもしてたんだ。


 だけど、あいつは案外里の中で自分の居場所を見つけて上手くやってるようだって聞いて、あいつにとって俺はもう必要な存在じゃなくなったんだなって、ちょっと悲しく思ったのと同時に、リュージュに対して申し訳ないことをしたなって気持ちが芽生えたんだ。


 赤ん坊のあいつを里から引き剥がしたのは俺だから。


 俺と一緒じゃなくて、本当はリュージュは里で育っていた方が幸せだったんじゃないかって思った。里にいたら当然受け取っていたはずのものを、俺のせいで全部受け取れなかったわけだから。


 そのことは今でも俺の中でずっと引っかかっている。


 俺にとってはそうじゃなかったけど、あいつにとっては里こそが本来いるべき場所なんじゃないかって思って、リュージュを連れ戻すのはやめにしたんだ。


 その後俺も忙しかったり他にも色々あって、五年もの間一度も会っていない。ずっとほったらかしだったから、俺もあいつと会うのがちょっと気まずい所もあって、二人で一緒に会いに行けば怖くない、みたいな?」


 ロータスはいつの間にか隣に移動してきて、不安そうな顔をしているヴィクトリアの頭を撫でていた。ロータスは安心させるように朗らかな笑みを向けてくる。


 ロータスはとても優しい。接し方は年長者が年下にするような態度でリュージュとはまた少し違うけれど、慈しむようなその優しさを受けると、まるでリュージュが隣にいるように感じられた。


 ヴィクトリアは気付く。リュージュの優しさは、この人から貰ったものなのだと。


「リュージュはロイといてきっと幸せだったと思うわ。だって、私は今ロイといられて幸せだもの。


 あなたといるととても温かい気持ちになるわ。ロイの優しさはリュージュに届いていて、リュージュはその優しさを私にも分けてくれていたのよ。


 私はそれにとても救われていた」


(リュージュはきっとロータスのことも、自分のことも恨んだりなんてしていない。リュージュはそんな人じゃない)


「会いに行くわ、リュージュに。その時はロイも一緒に来てくれる?」


「ああ、勿論」


 そう言ってロータスが満面の笑みになる。陽だまりのように温かくて優しくて、眩しい笑みだった。

 

 その笑顔にリュージュの面影が重なって苦しくなる。ロータスはシドよりも、リュージュによく似ている。


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