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7 悪魔の宴会

R15

 宴会はいつもシドの館の一階、大広間で行われる。宴会は既に始まっていた。


 女たちに連れられて会場に入ると、皆床に座って酒盛りをする中、すぐに突き刺さるような流し目で見てくる美丈夫がいた。血のような真っ赤な目をした、赤髪の男。

 

 シドの年齢は確か三十三歳だったと思う。族長としては若い方だろう。


 獣人界最強の男だというのに、筋骨隆々とした感じはなく、重くなりすぎない程度に引き締まった筋肉が付いている。この身体であの馬鹿力が出るのが不思議だ。

 両側に女を侍らせて座っているだけなのに、存在感があった。強き者、王者の風格がある。


 シドは眉根を寄せて機嫌が悪そうだった。宴会時に酒が入った時はたいてい上機嫌なのだが、ヴィクトリアが遅れてやって来たからかもしれない。


 シドの視線に耐えられず、不自然にならない程度に横を向くと、少し離れた場所にリュージュが座っているのが見えた。同年代の子供たちと札遊びをしている。


 リュージュと目が合った。


 リュージュは顔が強張った状態のヴィクトリアを見て怪訝そうな顔をしている。


 ヴィクトリアはリュージュを見ていられなくて、すぐに下を向いた。


「遅くなりました」


「ご苦労だったな」


 金髪美女はシドの前まで来ると、ヴィクトリアに接する時とは全く違い、花が咲いたような嬉しそうな顔をする。


「いいえ、我が主。お嬢様をお連れする事くらい何でもありませんわ。ですから、その、無事にお連れしましたので、ええと……」


 途中から何かを言いにくそうにし始め、頬を染めてもじもじと恥ずかしそうにしている。


「約束だったな。今夜から順番に俺の部屋に来い」


 ヴィクトリアはそれだけで何の事か察した。


 どちら側から話を持ちかけたのかは知らないが、ヴィクトリアを連れてきたら抱いてやるとでも言ったのだろう。

 何という約束をしているんだこの人は。


 色めき立つ番たちとは対象的に、ヴィクトリアは我関せずといった体で隣の空席に座った。遠くの席に座ろうとすると怒られるので、シドの隣はもはやヴィクトリアの指定席となってしまった。


 ヴィクトリアは目の前にあるお膳の料理を眺めた。獣人は肉食なので、全部肉料理だ。


 植物性のものを摂取できるかどうかは獣人により個体差がある。食べると命に関わるくらいに全く受け付けない者もいれば、嗜む程度に食べる者もいる。総じて苦手な者の方が多い。ヴィクトリアも少量なら摂取できないわけではないが、好んでは食べない。


 里には攫われて番にされたり、下働きにされたりした人間も暮らしている。宴会に出席している人間もいるので、彼らの為には野菜料理も作られて、別途並べられている。


 蒸し鶏に、牛肉のソテー、肝入りスープ…… お膳には香ばしい匂いを放つ料理が置かれていたが、胸がぎゅっと詰まったような感覚がして、食欲なんかない。ただ早く終わればいいと思う。


 シドの側から女たちが離れていった。隣から不穏な空気が流れてくる。


 ヴィクトリアは瞳を閉じた。心の中でいつもの呪文を唱える。


(私はここにはいない。私はここにはいない。私はここにはいない)


 ヴィクトリアは心を殺す。


 シドの手が伸びてきて、耳の辺りの髪の毛を掻き上げられる。お酒の匂いがした。


「……っ!」


 耳に噛み付かれた。甘噛みだが、いつもより痛いのは仕置きのつもりかもしれない。


 心を殺してやり過ごそうとしても、痛みで引き戻される。


 シドが苛立ったような声で囁く。


「お前、何で来なかった?」


「……考え事をしていたら、時間が経ってしまいました。ごめんなさい」


「宴会はちゃんと来いよ。部屋から出られなくしてやろうか?」


 咄嗟に顔を上げて首を振るが、至近距離でシドと目が合ってしまう。赤い瞳に射すくめられて、固まった。シドはヴィクトリアの顔を見て笑みを浮かべる。


「お前はいつ見ても美しいな。ずっと見ていたくなる」


 シドの声が少し甘ったるい響きを含んだものに変わり、ヴィクトリアを膝の上に乗せて腕の中に抱き込んだ。


「忘れるなよ、お前は俺のものだからな」


 耳の後ろ辺りに顔を密着させて、シドはヴィクトリアの匂いを嗅いでいる。


 心を殺す。初めの頃はこんなことをされる度に泣いてばかりいた。


 心を殺す。


(私はここにはいない)


 シドはヴィクトリアの襟元を寛げると、そこへ口付けた。


 ヴィクトリアは小刻みに震えている。


「嫌がってるだろ、やめてやれよ」


 はっとして声のした方を見る。リュージュがいて、その後ろでウォグバードが険しい顔をしているのが見えた。


 シドは目を細めてリュージュを見ている。楽しそうだった雰囲気は消失し、底冷えのする恐ろしい空気に変化していた。


(馬鹿!)


 ヴィクトリアは全身から血の気が引く思いだった。


 シドを怒らせるなんて、何を考えているの!


「お前は死にたいのか?」


 低い声が響き、剣呑な空気が辺りを包んだ。


 周りの者たちも酒の酔いなど覚めたかのように、驚いて二人を見ている。


「死ぬぞ、あいつ」


 誰かが言った。


(駄目、駄目、絶対に駄目)


 リュージュだけは、リュージュだけは、絶対に何があっても守る。


 眉間に皺を寄せたリュージュがさらに何か言おうと口を開きかけた時、ヴィクトリアは立ち上がりかけていたシドの首に抱きついた。


 リュージュとシドが共に驚いた表情をする。


「シ、シ、シ……シド!」


 ヴィクトリアはシドの名を叫んだ。全身に鳥肌が駆け巡る勢いだ。シドは近しい者には呼び捨てを許しているが、ヴィクトリアはシドの名前を口にしたくなかったので、これまでは「お父さま」と呼んでいた。


 とにかく、止まってくれればいい。


 必死にシドの首にすがり付いた。絶対に離すもんか。


「……まさか、お前から抱きついてくるとは」


 戦闘態勢に変わりそうだったシドの雰囲気が、急に甘いものになる。

 シドはヴィクトリアの身体を抱き締めた。


「俺から離れたくないのか?」


「はい、離しません」


「本当に?」


「はい、離れないで下さい」


「俺が好きか?」


「はい、好きです」


「そうか。もっと甘えていいんだぞ」


 シドにもヴィクトリアの鳥肌は見えているはずだ。好きで抱きついているわけじゃない。


 こんなのは茶番だ。シドだってそれは分かっているはずなのに、状況を利用して楽しんでいるのだろう。


 シドが笑う。嫌な笑みだ。


 リュージュは呆気に取られた顔をしている。


 ウォグバードが近づいてきてリュージュをその場に座らせると、後頭部を掴んで床に額を付けさせた。自身も土下座する。


「申し訳ございません。お許しを」


 シドは二人のことを見向きもしない。手振りで遠くへ行けと示しただけだ。楽しそうにヴィクトリアを見つめている。


 リュージュは呆然としたままウォグバードに連れられて宴会場を出て行った。


 それを視界に認めて、安堵の息をついた。


 でも終わってない。


 シドの瞳は面白い玩具を見つけたかのように生き生きとしている。


「まだ終わりじゃないだろ? もっと楽しませろ」


 シドの口元が弧を描き、くっと笑った。


「俺に愛を囁け。でないと、あいつを殺しに行くぞ」


 シドが新しい遊びを覚えてしまった。











 宴会場は何事もなかったかのように喧騒を取り戻していた。好きとシドの耳元で何度囁いただろう。感覚が麻痺してくる。


 料理を食べさせろと言われ、震える手で肉を摘んで口元まで持っていくと、指ごと頬張られた。


 代わりとばかりにシドも肉片をヴィクトリアの口元まで持っていく。食欲はなかったが、口の中に入れて噛み砕き、無理矢理飲み込む。


 シドは親指の腹でヴィクトリアの唇に触れてなぞった。唇を凝視している。それから頬を撫で、両手で挟み込んで上を向かせられた。シドの顔が近づいてくる。


 ヴィクトリアは恐慌状態に陥った。


 シドの腕を掴み、身体全体で抜け出そうとしたが無理だった。


(何も見たくない、何も覚えていたくない)

 

 思考停止。眼をぎゅっと瞑った。


 シドは――――――額に口付けた。


 その瞬間、緊張が解けて身体が弛緩し、反動でぼろぼろと涙が出てきた。


 シドの唇は額から頬へと移動し、涙を舐めている。


 シドが本気になれば、すぐに何もかも奪われるだろう。


 まだ二人は父と娘だ。触れ合い方が過度で極端だが、肝心なことはしていない。まだぎりぎり親子だと言い張れる。


 シドは踏み込んで来ない。いつ境界を越えてくるのか、それが怖い。


 シドに何度も「愛してる」と言わされた。


 自分で言っていて心が籠っていないのがわかる。


 こんなもので嬉しいのだろうか。


 けれどシドは嬉しそうで、いつもより少しだけ優しい顔になって、ヴィクトリアを見つめていた。


「部屋に来るか?」


 宴会ももうお開きという時、シドはとんでもないことを言った。ヴィクトリアはただ頭を振るばかりだ。


「ふん、まあいい」


 顎をくいっと上向きにされる。


「これからは名で呼べよ」


 首に強く口付けが落とされる。ヴィクトリアはされるがままだった。


 シドは痕を見つめて満足そうだ。ヴィクトリアを離すと、控えていた金髪美女と共に宴会場から去って行った。
















 どうやって部屋の近くまで歩いてきたかよく覚えていない。


 三階に辿り着くと、部屋の前でリュージュが怒った顔をして立っていた。


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