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70 策動する男

ヴォグバード視点

 リュージュはヴィクトリアを抱えたまま新居へ向かうと、彼女を脱衣所に連れ込んだ。


 離れた所からそれを『嗅いで』いたウォグバードは、そこで踵を返し彼らから離れた。


 ウォグバードが向かった先は――――






 ウォグバードは地下へと続く階段を降りていた。階段を一段ずつ降りる度に地下独特の冷やりとした空気が濃くなっていく。


 階段を降りた正面の部屋、檻の中にある白い寝台の上に、金髪の男が寝かされていた。


 ウォグバードは檻の扉を開け放ち、眠るその男へと近付く。

 腰の剣とは別に手に握っていた剣を鞘から抜くと、廊下からの薄明かりを受けた白刃が鈍く光った。


 ウォグバードは剣を下向きに持ち替えると、男の心臓目掛けて一気に振り下ろす――――


 しかし――――


 ウォグバードが剣を振り下ろそうとした刹那、けたたましい音がして階段上の扉が開いた。

 目にも止まらにぬ速さで何かが飛んできて、ウォグバードが持っていた剣が音を立てて弾き飛ばされる。


 飛んできたのは、ナタだった。


 激しい音に寝ていたはずのアルベールも目を覚まし、状況を理解して寝台から飛び退り身構えた。


 カツッ、タン、カツッ、タンと不規則な音を立てながら松葉杖の男が階段を降りてくる。


「おいおいおい、ウォグさんよお、涼しい顔して考えることはおっかねえよなあ。仲間殺すなよ」


 オニキスの登場にウォグバードは内心で苛立っていた。オニキスはウォグバードでも勝てないくらいに強い。


 邪魔をしてくる相手が悪すぎた。これでは目的を果たし得ない。


「やめとけ。こいつが嬢ちゃんにしたことはちょっとやり過ぎてたけど、だからって命まで奪うのはやりすぎだ」


 アルベールがオニキスの発言を受けて強くウォグバードを睨む。


 ウォグバードは反論もせずに無言だった。ウォグバードのアルベールに対する害意は明らかで、弁解の余地はない。


 リュージュとヴィクトリアは番になる。それを知ったアルベールがリュージュを殺害しようとするだろうことは容易に想像できた。

 ウォグバードとしては、不穏な芽は早めに摘んでしまうに限ると思っての行動だった。


「ウォグさんが親バカなのは知ってるけど、裏でこんなことやるつもりだったなんてリュージュに知られたら、軽蔑されるぞ」


 オニキスが釘を刺す。


 ナタの投擲によって弾き飛ばされた剣はアルベールのもので、ウォグバード自身の剣は腰に提げられたままだが、ここでオニキスと争うつもりはない。


 剣を手にした所でオニキスには全く歯が立たないことをウォグバードは理解していた。オニキスが現れた時点でアルベールへの殺意は消失している。


 オニキスに目をつけられていたのなら今回は諦めるしかないなと、ウォグバードは嘆息した。


「リュージュにバレるような真似はしない。リュージュとヴィクトリアが番になったことを悔やんだアルベールの自害現場に、俺がたまたま居合わせたことにするつもりだった」


 ウォグバードは悪びれもせずに犯行計画の一部を口にした。自害に見せかけるためにわざわざアルベールの剣まで持ち出していた。


 オニキスが首を捻る。


「ん? あの二人なら放っておいてもくっつくだろうけど、でも嬢ちゃんはしばらくは誰とも番になるつもりはないって言ってたから、まだわからないぞ。

 それに今すぐ二人がどうにかなるってことはないと思うけど」


「いや、リュージュとヴィクトリアはもうすぐ番になる。今一緒に風呂に――――」


 言い終わらないうちに、アルベールが鍵の開いた檻の扉から飛び出して行こうとする。ウォグバードがそれを掴んで止めた。


「離せ! 俺のヴィーが! 俺の天使が! ヴィー!」


 アルベールは泣き叫んでいるが、ウォグバードが放すわけもなかった。


「お前のじゃない」


 ウォグバードの声には怒りが籠もっていた。


 自分と番のことを思って泣いてくれたあの子は、ウォグバードにとって今や自分の娘のように大切な存在になりつつあった。


(こんな男には渡したくない)


 医療棟の地下に一人の男の嘆き悲しむ声が響いていたが、やがてそれが哄笑に変わる。

 泣き声から笑い声に変わったアルベールの様子は異様だった。


「ヴィーが純潔でなくなったとしても、何度リュージュに穢されたとしても俺の愛は変わらない。最後にヴィーの隣にいるのはこの俺だ」


 七年間、『番の呪い』に苛まれ続けたアルベールの根は深い。


「リュージュにヴィーはもったいない。あいつにヴィーの真の価値は引き出せないよ。ヴィーは極上なんだ。血の味はこれまで口にしたものの中で一番美味だし、甘くて芳しくてこの上なく最高の香りがするんだ。ヴィーは愛でればもっと花開く」


「黙れ変態」


 ウォグバードが低い声で威嚇する。


 ウォグバードの怒りに満ちた言葉を受けたアルベールは――――その瞬間信じられないものでも見たかように驚いた視線をウォグバードに向けた後、声を立てて笑い出した。


 アルベールはウォグバードを嘲るように見つめながら、堪えきれないといった様子で身体を折り、腹を抱えて笑い続けている。


「まさか、変態に変態と言われるとは思わなかったよ」


「……」


 オニキスが松葉杖を突きながらアルベールに近付いた。


「挑発するなっての」


 オニキスがアルベールの額にデコピンを食らわすと、衝撃でアルベールの首が後に反れて、膝からガクリと崩れ落ちる。


 オニキスは意識を失ったアルベールを支えて担ぎ上げると、寝台に寝かせてその上に毛布までかけてやった。


 オニキスは膂力だけならおそらくシドを上回っている。


 オニキスの潜在能力に早くから気付いていたシドは、長年彼を冷遇し続けた。オニキスは全くそんなつもりはなかったが、料理人になったのもシドに命令されたからだった。


 料理人は朝早くから晩まで目まぐるしく働く忙しい職種で、自己鍛錬の時間などほとんど確保できない。

 里では馬車馬のように働かされる料理人は人間が担うのが通常で、監督するために数人の獣人が調理にも携わりながら任に当たる。


 その貧乏クジを引かされた数名の獣人のうちの一人がオニキスだった。シドはオニキスが強くなる機会を極力削いでいた。


 ヴィクトリアが里を出奔した際に怒り狂うシドとの戦いが巻き起こった時、オニキスはウォグバードたちに加勢してくれた。


 もし彼が来てくれなかったら、ウォグバードもリュージュも確実に死んでいただろう。

 最終的にシドを抑えきることはできなかったが、誰も死なずに済んだのはオニキスのおかげだ。


「なあウォグさん、こいつのこと殺さないでやってほしいんだけど駄目かな? こいつイカれてるし、殺したくなっちゃう気持ちもわかるけど、でもなあ、それでも一応前途ある若者だし、未来を奪うのは可哀想だ」


 できればアルベールは始末してしまった方がいいが、命の恩人の頼みは断れない。ウォグバードはオニキスの意見を尊重することにした。


 ただし、条件は付けることにしたが。


「オニキスが次期族長としてこの男にリュージュを害さないよう圧力をかけてくれるなら、それで手を打つ」


 オニキスは黙ってウォグバードを見ている。


「なるんだろう?」


 問いかけへの無言は肯定に近い。


 族長になる方法の一つは、それまでの族長に勝負を挑んで倒すことだ。


 強い者が正しいとされるこの里では、簒奪は是とされているが、シドが十代のころならいざ知らず、獣人界最強生物に戦いを挑む者など長らく誰もいなかった。


 だが、シドは人間たちに処刑される。


 この場合、新たな族長を決めるためには強き者が族長になるという慣例に従い、希望者同士を決闘させて、勝ち残った者を族長にするという方法が取られるだろう。

 幹部たちの話し合いにおいてもそのような議題は出ていた。


 シドが去った今、この里でオニキスに勝てる者は誰もいない。


「新しく族長を決める必要があるなら、だけどな」


 オニキスはシドが処刑されずに舞い戻る可能性を指摘している。


「俺はあの人がこのまま黙って大人しく殺されるとはどうしても思えない。まだ一波瀾あるんじゃないかと思ってるよ」


 あの規格外の男は、このまま終わるような人物ではない。


 ウォグバードは包帯の上から自身の瞼にそっと触れた。抉られたばかりの左側ではなく、深い傷の残る右側を。


 ウォグバードはシドに初めて会った時のことを思い出していた。


 本当はこの傷を受けた時に、ウォグバードは死ぬはずだった。


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