61 殺人者、語る
R15
襲われているのでご注意ください
「アルは人間が嫌いなの?」
「そんなことない。むしろ好きだよ。一瞬の煌めきを見ることができるから」
「煌めき?」
「そう、煌めき。最初はね、ヴィーに会えないのもあってむしゃくしゃして殺してただけだったんだ。生かすも殺すも好きにしろって言われてたから。
人間を殺すと、とても胸がスッとしたんだ。ヴィーに近付かないようにシドに監視されていて毎日が思い通りにならないことばかりなのに、人間の生き死にが――他者の全てが俺の手の中にあったんだ。俺は人間を殺すことで癒やされていた。
人間は死ぬ時にね、色んな奴がいるよ。みっともなく命乞いをしたりただ泣き叫ぶだけで見苦しい奴もいるけど、中には死を覚悟した時、清廉なほどの強さや真心を見せる奴がいる。
自分の命を投げ出してでも愛しい者を守ったり、全然関係のない小さな子供を助けるために自分自身が傷付くことも厭わないような奴がいたりする。
俺は感動したんだ。だって、それってすごいことだと思わない? 自分の命よりも他者が大事だなんて。
そいつらはその時自分の存在意義そのものを懸けて俺にぶつけてくるんだ。
思いを貫くその姿は、まるで生きるはずだった残りの命を全て燃やし尽くしているようで、輝いて見える。
全部が全部そんな奴らばかりじゃないしハズレも多いけど、最近ではもうずっと、憂さ晴らしというよりはそれが見たくて、人間を追い詰めては殺してた」
話を聞くうちにヴィクトリアの顔色がみるみる険しいものに変わっていく。
「そんなものが見たいがためだけに殺すなんて最低よ!」
自分たちは獣人で肉食だ。他者を殺して食らわなければ生きられない。けれどそれは必要最小限に留めなければならないはずだ。
シドもアルベールと同じだ。生きるためではなく楽しみのためにただ殺す。そんなことをずっと続けていたら、人間に恨まれてしまうのは当たり前だ。
ヴィクトリアは睨んで厳しい言葉を掛けるが、アルベールが気にした様子はない。
「ヴィーがそういうのが嫌いなのは知ってるよ。ヴィーがこのまま大人しく俺のものになるならもう殺しはやめる。煌めきももう散々見てきたしね。
ヴィーがそばにいてくれるなら俺はそれだけで満たされる。自分を保つためにもう誰かを殺す必要もない。ヴィーは尊い」
アルベールが唇を近付けてくるので顔を背けたが、無理矢理口付けられる。
ヴィクトリアはまた噛んでやろうと思ったが、動きを察知したアルベールが唇を離した。
「ヴィーは悪い子だね。大人しくしてて。俺に逆らうなら、ヴィーが番だと思っているその男を殺しに行くよ」
ヴィクトリアはぎょっとした。
「い、今殺さないって言ったばかりじゃない!」
「ヴィーが大人しく俺のものになるなら、だよ」
ヴィクトリアの身体から漂うレインの匂いをアルベールは知覚している。ヴィクトリアの匂いに敏感になっているアルベールが、彼女が里にやってきた道程を辿ればやがてレインに辿り着くのも不可能ではない。
アルベールは強い。レインがどのくらい強いのかはわからないが、人間ではアルベールに勝てないだろう。
(レインが死んでしまう。そんなのは嫌)
「ヴィー……」
アルベールの顔が迫ってくる。ヴィクトリアは泣きそうになりながらも抵抗を断念し、目を瞑った。
ヴィクトリアはアルベールの唇を受け入れた。気持ち悪さしか感じないが、レインを害されたくない一心で耐えた。
「そう、いい子だね……」
堪えようとしても溢れる涙が止まらない。
「ヴィー、ヴィー…… 俺のヴィー」
スカートのスリットから手を入れられて、ガーターホルダーから短剣が抜き取られた。
目の前に刃を見せつけられて、ヴィクトリアは息を呑み戦慄した。
「いいよね?」
(何がいいというの? 何もかもが、ちっとも良くない)
「昔やってたみたいに傷が残らないようにするから安心して。傷痕はいずれ治る。ヴィーの綺麗な身体にできるだけ傷は残したくないからね。
……ここは痕になってしまったけど」
アルベールがヴィクトリアの首筋に手を伸ばし、うっすらと残る七年前の傷痕を撫でた。
短剣の切っ先が傷痕とは反対方向の首筋に向く。
七年前の恐怖が蘇り、ヴィクトリアはガタガタと震えていた。
「動かないで。死ぬよ」
ヴィクトリアは呼吸を浅く繰り返しながらアルベールを見ていた。昔、血を飲む直前に見せていた時と同じ、ギラギラした顔付きをしている。首に冷たい感触が当てられて、ヴィクトリアは恐怖から目を硬く瞑った。
「っ、うっ……」
痛みが走り、ヴィクトリアは顔を顰めて声を漏らした。
部屋にヴィクトリアの血の匂いが漂い始める。
アルベールは短剣を床に投げ捨てると、付けたばかりの傷痕に顔を寄せて血の匂いを嗅いだ。
「愛してるよ、ヴィー」
アルベールは傷口に唇を付けて血を啜っていく。アルベールは首筋にむしゃぶりつきながら、片手でヴィクトリアの身体に触れる。
「この味…… この香り…… ずっと、求めていたんだ…… 最高だよ」
血を啜る傍ら、アルベールは時折横目でヴィクトリアの表情を窺っていた。
声も上げず涙を流しているヴィクトリアは、恐怖に引き攣った顔で天井を見ながら、浅い呼吸を繰り返しているだけだった。
「もうずっと諦めていたんだ。いつかヴィーはシドのものになってしまって、真っさらのままのヴィーは手に入らないと思っていた。俺からヴィーを取り上げたシドが本当に憎かった。
いつかあいつが死んだら――――最強の獣人って言われていたって不老不死じゃないから、いつかは老いて死ぬだろう? そうなったら鼻を焼いて思いを遂げようと思っていたんだ。
俺はヴィーをそれくらい愛してるんだよ? でも瑕疵なくヴィーと番になれるなら、こんなに嬉しいことはない」
スリットから侵入した手が脚に触れて――――
「痛いっ! やめて!」
抵抗を再開したヴィクトリアがアルベールの身体を退けようとする。アルベールは首筋から唇を離し、暴れるヴィクトリアを押さえ付けた。
「ヴィー、このままじゃ『呪い』が解けないぞ。身体の力を抜け」
「いやっ! やめて! 助けて! レイン! レインレインレイン!」
レインの名を繰り返し叫ぶヴィクトリアはほとんど錯乱しているのに近かった。アルベールはヴィクトリアの拒絶を受けても彼女に触れるのを止めなかった。
「ヴィー、その男のことは忘れたいんだろ? これは通らなくちゃいけない儀式だ。落ち着け。ヴィー、俺を愛してくれ」
「嫌よ!」
「服を脱げ、ヴィー」
「嫌!」
ヴィクトリアが泣き叫んだその時だった。
硝子が割れる盛大な破裂音が響いて、室内に赤茶髪の少年が現れた。
リュージュの姿を見たヴィクトリアの胸に、強い親愛の情が溢れてくる。
二人の様子を視認したリュージュの表情が、すぐさま怒りの形相に変わる。
その顔が、シドに似ていた。
ブチッ、と、何かが切れるような音が響いた気さえした。
「てめぇヴィクトリアに何してやがる! ぶっ殺すぞ!」




