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獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~  作者: 鈴田在可
『番の呪い』前編

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51 コンプレックス

リュージュ視点

 浴槽に湯を張り始めたことを告げてタオルを渡すと、ヴィクトリアは綺麗な顔に笑みを浮かべてとても嬉しそうにした。


 いつからかヴィクトリアは入浴好きになっていた。


 あの男の匂いを消すためだったことは知っている。


「ねえリュージュ、ウォグバードの所へ行った帰りに私の部屋に寄れる? 着替えを何着かと、あと下着もいくつか持ってきてほしいのだけど、頼めるかしら?」


 リュージュは若干驚く。


「別にいいけど、服や下着がどこにあるのかなんて知らないぞ」


 リュージュは苦笑した。気軽に下着を持って来てほしいと頼まれるくらいには自分たちは仲が良い。そんなことを頼まれるのは初めてだが。


 リュージュはヴィクトリアの部屋に入ったことがないのでどこに何があるのかなんて知らなかった。

 ヴィクトリアから衣服のある場所や部屋には窓から入るしかないといった説明を受ける。


「じゃあ私はお風呂を頂いてくるわね。リュージュもどこに敵が潜んでいるかわからないんだから、気を付けてね」


「お前こそ気をつけろよ。鍵は締めていくけどさ」


 ほんの少しでも一人にすることは心配だったが、ヴィクトリアの入浴中は近くにいたくなかった。


 出会った頃からずっと、ヴィクトリアが自分のことを友達としか見ていなかったことは知っている。意識している相手に下着を持って来いだなんて頼まない。

 今は弟だと打ち明けているから、それは当たり前の話なのだが。


 ヴィクトリアが背を向けて廊下の向こうに消えていく。


 やがて浴室の扉が開く音がして、シャワーの音が聞こえてきた。


 リュージュは浴室の方向を見ながらその場に立ち尽くしていた。






 ヴィクトリアは姉だ。


 父は共に獣人王シド。彼女とは異母姉弟になる。ヴィクトリアの母は獣人だったそうだが、リュージュの母は人間だった。リュージュが生まれたその日に命を落としたと兄から聞いている。


 育ての兄から兄弟たちの名前はあらかた聞いていたから、初めて彼女に会った時、ヴィクトリアという名前とその容姿から、自分と血を分けた姉であることには気付いた。


『ヴィー…… ヴィクトリアは、俺が里を出た時にはもう歩いていたな。利口な子で、「俺が兄ちゃんだぞ」ってずっと言っていたら、俺のことを「にいに」って呼んでくれて…… 天使みたいで本当に可愛いかったなぁ』


 兄は鼻の下を伸ばしながらそんなことを言っていた。


『里にいる子供たちの誰よりも綺麗な顔してて、あれはとんでもない美人になるって俺は確信したね』


 兄との二人暮らしの中で、まだ見ぬ自分の兄姉たちはどんな顔だろうと夢想したものだった。


 兄が語っていた綺麗な姉。リュージュは後に兄の番となる美しい人間の少女の中に、まだ見ぬ姉の面影を見出そうとしたこともあった。


 初めてヴィクトリアを見た時には、予想を超える美しさに、こんなに綺麗な子がこの世に存在するのかと驚いた。


 リュージュは出会ってすぐにヴィクトリアに憧憬を抱くようになった。


 それが恋だったのかどうかは何とも言い難い。


 初恋は兄の番だったので初恋ではなかったのは確実なのだが、夢の中に出てきた女性はヴィクトリアが初めてだった。


 リュージュは起き抜けに酷い罪悪感に苛まれたものだった。しかもウォグバードに気付かれた上、男女のことを軽くだが説明されてさらに青くなった。


 リュージュはその思いを封印した。


 半分しか血が繋がっていないとはいえ自分たちは姉弟である。ヴィクトリアはただでさえ実の父親に性的虐待を受けている。


 ヴィクトリアは自分にだけは心を開いてくれていた。あの男に行動が制限されているヴィクトリアにとっては、自分が唯一の友達なんだろうということもわかっていた。


 その相手が実は弟で、性的な目で見ていたことがあるだなんて、絶対に悟らせてはいけなかった。


 血の繋がりのある相手に邪な思いなど抱いてはいけない。


 でなければ自分は、忌避すべきあの男と同じになってしまう。


 リュージュは自らにヴィクトリアは姉だと強く言い聞かせた。


 リュージュは自分の出自をヴィクトリア以外の気の良い友人数名に話したことはあった。


 しかし、ヴィクトリアにだけは言えなかった。


 あの男に追い詰められて里を出奔するまで、彼女は真実を知らなかった。


 性的な対象として見ていたことさえ言わなければ、弟であると知られても問題ないはずだった。


 けれど結局リュージュは、弟であることを最後まで自分からは告白しなかった。


 リュージュは自分の考えに気付いていた。


 可能性を残しておきたかったから。


 浅ましい、と思う。


 自分の中にあの男の卑しい血が流れていることを感じる。


 結局ヴィクトリアは、リュージュのことを異性とは認識しなかったけれど。


 あれほどの美人が、自分のことなど相手にするわけがなかったのだ。


 リュージュは次第にヴィクトリアとの間に姉弟としての思いを強く持つようになり、性愛を他の女性に求めるようになった。


 それはヴィクトリアに応援されてしまったことで決定的となった。


 サーシャは薬師としてはとても優秀で生真面目で、基本優しいのだけど仕事に対しては厳しい面も持ち合わせた女性だった。


 なのに、抜けているところがある。一見きりっとした面差しをしつつもその実ぼやっとしていて、薬草摘みの最中、人間でも躓かないような所ですっ転んだりしている。


 サーシャが一番おかしくなるのはヴィクトリアを見かけたり接したりしている時だ。


 ヴィクトリアと鉢合わせしそうになると脱兎の如く逃げ出すのに、遠くから眼力鋭い眼差しでヴィクトリアを見つめている。


 ヴィクトリアと一緒に歩いていたリュージュにしてみればそれで隠れているのかというくらいバレバレで、何で隠れて見ているのかはよくわからないがやるんだったらもうちょっと上手くやればいいのなと思っていた。


 一度ならず、それが何度も続けば挙動不審。ただの不審者だ。


 リュージュが一人で歩いていてもそんなことはされなかったので、目的はヴィクトリアに違いないのだろうと思った。


 サーシャならヴィクトリアの友達になれるだろうと思っていつもの顔合わせに連れて行ってみても、サーシャはヴィクトリアの簡単な質問や薬草などの仕事に関する話題には的確に応じることができたが、その他の日常会話が壊滅的だった。


 暇を持て余すヴィクトリアはたまに調理室で料理をするらしく、その時は肉をマリネにして焼いたものを試食してほしいと持って来ていた。


『次は魚でマリネを作ってみようと思うのだけど好きな魚はある? 明日人里まで買い出しに行くらしいから頼めそうなの』


『でしたらチューリップとユリですよ! その組み合わせがとっても素晴らしいのです!』


(チューリップとユリのマリネって何だそりゃ)


『……花、食べるの?』


『……食べないですね…………』


 その場に何とも言えない空気感が漂った。サーシャをヴィクトリアに引き合わせるとだいたいいつもそんな感じだった。


 サーシャの様子がヴィクトリアに対する時はとびきり変になることはヴィクトリアも感じていたようで、一時思いつめた顔で相談されたことがあった。


『私はサーシャに嫌われているのではないかしら? ほら、例の薬草の件がやっぱり迷惑だったのよ』


『……たぶん違うと思うぞ』


 仲良くなりたいのに上手くできないのだろう。不器用で変な奴。


 普段はしっかりした物言いをする大人の女性という感じなのに、ヴィクトリアを前にすると駄目獣人に変わるその落差が激しすぎて見ていて面白かった。


 いつだったか、ヴィクトリアへの接し方だけがおかしくなるのはどうしてだと聞いたことがあった。


『ヴィクトリア様は美人すぎて本人を目の前にすると緊張するのよ。憧れの人だから』


 憧れの人。その思いが、自分と重なった。


 サーシャへの興味は好意に変わり、やがて愛情に育っていった。


 サーシャに告白の返事を貰えた時は、それまで生きてきた中で一番幸せな瞬間だった。


(だが全てはあの男に仕組まれたことで、結局サーシャと結ばれることはなかった…………)






 夜、里の入り口近くの魔の森にリュージュがいたのは、出て行ってしまったサーシャがもしかしたら戻って来てはくれないだろうかと思ったからだった。


 砕けそうな心を抱えて暗闇の中を見据えていたリュージュは、その人物の匂いに気付いて走り出した。


 戻ってきたのはサーシャではなくて、ヴィクトリアだった。


 あの男に捕まらずに無事でいてくれたのだと安堵する一方、ヴィクトリアから別の男の匂いが強くすることに気付いて、リュージュは衝撃を受けた。


(ヴィクトリアが、誰か、俺の知らない男と口付けをしている)


 胸の中に形容し難い不快な気持ちが芽生えてしまった。だが、リュージュはその気持ちを身体の中から追い出した。


 ヴィクトリアはいずれ他の男と番になる。それはずっと前からわかっていたことだった。自分が嫉妬する権利などそもそもの最初からどこにもなかった。むしろあの男に奪われずに済んでよかったと思うべきなのだ。


 リュージュは胸に燻る思いを、姉を取られてしまうことを寂しく感じているだけだという気持ちにすり替えた。


 出会ってからずっとヴィクトリアへの思いを封印してきたリュージュにとって、それは造作もないことだった。


 しかしヴィクトリアの姿を視界に認めたリュージュは、再度衝撃を受けて立ち止まった。ヴィクトリアは首輪をしていて髪の毛は切られてざんばらだし、おまけに号泣している。


 ヴィクトリアの様子を見てリュージュは胸が抉られたように苦しくなった。


 ヴィクトリアがそんな身なりをしているのは何故なのだろう。ヴィクトリアに口付けたその男は彼女を守らずに一体何をしていたのだろう。誰が彼女をこんな目に遭わせたのだろう。


(ヴィクトリアを悲しませて傷付ける奴は誰であろうと俺が絶対に許さない)


 リュージュは帰ってきたヴィクトリアを強く抱き締めた。


 ヴィクトリアは里に――――リュージュの元に帰ってきてくれた。


 彼女を苦しめ続けたあのどうしようもない男はもうここにはいない。


 ヴィクトリアは自分の思う通りに、自由に生きたらいい。






 ヴィクトリアのことは俺が守らなければ。


 ヴィクトリアが、いつかちゃんとした番を決めるまでは。






 居間に立ち尽くしていたリュージュはやがて浴室から背を向けて戸口へと進んだ。


 思考の渦に絡め取られていたリュージュが外の異変に気付いたのは、玄関の扉を開けようとしたその時だった。


 はっとして顔を強張らせたリュージュは踵を返し、ヴィクトリアの元へと走った。


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