50 暗殺
「ヴィクトリア、偽者のこともそうだがもう一つ気になることがある。お前が里から出てしばらくした後、幹部が立て続けに何人か死んでいるんだ」
「え……」
死んでいる。それは、穏やかではない話だ。
「首を切られたり心臓を貫かれたりして血まみれで死んでいたのが二人。それよりもやばいのが全身真っ黒焦げになって焼死したのが三人だ。
実際に燃えている最中の様子を見た奴もいるんだが、叫びながら火だるまになっていてかなり悲惨だったそうだ。
本人が倒れて絶命した後も火は燃え続けて、水をかけても何しても消えなかったらしい。
俺も焼死体を見に行ったが、かなりエグかった。油を被って火をつけられたんじゃないかって言ってる奴もいたけど、死体からは油の匂いなんてしなかったし、何で燃えていたのか理由が全くわからない。
血を流して死んでいた二人は自殺するような奴らじゃないから、他殺で間違いないけど、誰がやったのかまだわかっていないんだ。凶器は見つかっていないし、犯人の手がかりになるような匂い一つ残っていない。
事件が起こり始めたのは三日前の深夜からだ。今思えば、偽者かもしれないシドが来てからだ。今日は誰も死んでいないし、シドが二人存在していたことと何か関係があるかもしれない。
むしろ今はこっちにいたのが偽者のシドで、そいつが全部仕掛けたことなんじゃないかって思えてくるよ」
自分がいない間に里は大変なことになっていたようだ。
「ねえリュージュ、実はね、銃騎士隊は里に諜報員を送り込んでいたみたいなの」
「諜報員……」
リュージュの表情が険しくなる。
「彼らは知るはずのない私の細かい情報を知っていたわ。前から里の情報は銃騎士隊に漏れていたのよ。こっちにいたのが偽者のシドなら、きっと銃騎士隊の手の者だわ。シドになりすまして邪魔な幹部たちを殺していったのよ」
「なりすますったってあんな精巧に化けられるか? 容姿はともかく匂いを完全に再現することなんて不可能だろ」
「……不可能じゃないわ」
ヴィクトリアの発言を受けてリュージュが怪訝そうな顔をする。
その考えは突如としてヴィクトリアの頭の中に降りてきた。
「魔法使いよ」
ヴィクトリアは確信を持って断言する。
「銃騎士隊にはオリオンという名前の魔法使いがいるの。彼なら匂いを完全に再現することも、姿形を自在に変えることだって出来る」
ヴィクトリアは唐突に昔読んだ怪しげな本にそのような記述があったことを思い出した。
姿を変える魔法、匂いを変える魔法……
力を持った魔法使いならそのくらいのことは簡単にできてしまう。何故今までその本の内容を忘れていたのだろう。
眉唾ものだと思って読んでいたから、ヴィクトリアの中ではどうでもいい記憶として分類されていたようだ。
「マジか?」
ヴィクトリアが魔法書の話をするとリュージュは驚いていた。
リュージュは先程、シドの捕獲に魔法使いが参加していると話した時も、今も、あるはずないとされている魔法についての話を荒唐無稽だと一蹴したりはしなかった。
リュージュはヴィクトリアを、信じてくれる。
「じゃあ幹部連中を殺したのもそのオリオンって奴の仕業か」
「…………いいえ、たぶん彼じゃない」
ヴィクトリアは九番隊砦で見た、それまでは冷たい印象だったのに笑うと温かみを帯びるオリオンの笑顔を思い出していた。
「私はオリオンとはあまり接点がなかったけど、彼はわざわざ私の拘束具を外すように進言してくれた思いやりのある人だったわ。彼がそんな悲惨な殺しをするとは思えない」
あの少年から血の匂いはしなかった。オリオンはおそらくこれまで獣人を殺したことはない。
匂いを操れるのであれば断言はできないが。
オリオンが諜報員として里に潜んでいたことはあると思う。ヴィクトリアは初対面なのに、彼はヴィクトリアのことをよく知っているようだったから。
これはただの勘だが、オリオンは過去に里に潜入したことはあっても、今回幹部を殺したのは彼ではないとヴィクトリアは思った。
犯人は別にいる。
「じゃあ、一体誰が?」
「……魔法使いはオリオンの他にも何人かいるのかもしれないわ。
ためらいなく悲惨な方法で命を奪うことのできる魔法使いが」
九番隊砦でシドがヴィクトリアの前に現れる直前、オリオンがレインに話していた中で名前が出てきた人物が二人いる。
(ノエルとセシル……)
少なくとも魔法使いはオリオンの他にあと二人いる。オリオンが『兄さん』と『総大将』と言っていた人物も含めれば四人か。
(オリオンを入れると全部で五人)
「それってやばくないか? 敵としては厄介な力を持つ相手が何人も揃ってるってことじゃないか。あの馬鹿力のシドを魔法で抑えられるくらいの奴らが……
それに誰にだって化けられるんじゃ侵入し放題だろ。今だって現在進行形で諜報員が潜んでいる可能性があるってことじゃないか。それは、まずいだろ……」
リュージュの険しかった顔がさらに深刻そうなものになってくる。
「ヴィクトリア、俺はちょっとこの件をウォグに伝えてくる。できるだけ早く言った方がいい。すぐ戻るからお前はここにいろ。鍵をかけて、もし誰か来ても絶対に中に入れるなよ」
ヴィクトリアはそこではたと気が付いた。
「そういえば、ウォグバードはどこにいるの?」
ここはウォグバードの家だというのに彼の気配がない。幹部の話し合いにでも参加しているのだろうか。
「えーっと………… あいつは今入院してる」
リュージュはちょっと言い辛そうにしながらそう告げた。
「入院?」
ヴィクトリアは驚いて声を上げた。
「シドにやられた。ウォグは俺を庇って死にかけた」
きっと、ヴィクトリアが里から出奔した時に、ウォグバードもリュージュと共にシドを止めてくれたのだろう。
(私のせいでまた誰かが……)
「そんな暗い顔をするなよ。言っておくけどお前のせいじゃないからな! あいつが怪我を追ったのは俺が不甲斐ないせいなんだ。今は順調に回復してきて意識もちゃんとあるから」
早口でまくし立てるリュージュに対し、ヴィクトリアは項垂れている。
「ヴィクトリア?」
表情の見えないヴィクトリアにリュージュが心配そうに声をかけると、何を思ったのか、ヴィクトリアはリュージュに抱き付いた。
「ヴィクトリア…… って痛ぇ!」
リュージュが戸惑いつつも抱き締め返そうとしたが、それよりも早くヴィクトリアが回していた腕に力を籠めると、骨が軋む音がしてリュージュが悲鳴を上げた。
「リュージュ、私に隠し事は無しよ。ちゃんと全部話しなさい」
「……あばらが何本かいってる」
リュージュは観念したかのように白状した。シドと戦って無傷で済むはずがない。
「時々胸の辺りに手を置くからおかしいと思ってたのよ…… どうしてさっき私を運んだりしたの? 言ってくれれば自分で歩いたのに」
「ヴィクトリアが帰ってきたことが嬉しかったんだよ。抱き上げて運びたかったんだ……」
「無理しないで。他に怪我してる所はない?」
「大丈夫だよ」
「本当に?」
見上げると、リュージュは遠くを見るような目でこちらをじっと見てから、にこりと笑いかけてきた。
「ありがとう。心配してくれて」
リュージュが抱き締めてきたので、ヴィクトリアは今度は身体を痛めないように、軽い抱擁を返した。
「ねえリュージュ、大事なお願いがあるんだけど」
「ん?」
ヴィクトリアは身体を離すと、真剣な顔でリュージュに言った。
「お風呂、貸してくれない?」




