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39 過去

R15

「やめろ! やめてくれ!」


 何もかもが壊され血の匂いが漂う村で、少年の絶叫が聞こえる。


「いやあああっ!」


「クリスティナ!」


 少女の悲鳴と、少年が名前を叫ぶ声が聞こえる。そして、シドが少年と少女を煽り、詰る声も。


 何が起きているのかは行かなくてもわかった。


 ヴィクトリアは恐ろしくて震えていた。


 あれは将来、自分の身に起こるかもしれないことだ。


 助けになんて飛び込めない。行ったら、自分にも類が及ぶかもしれない。


 空気を裂くような少女の悲鳴と、少年がやめてくれと泣きながら懇願する声が絶え間なく響き続ける。


「誰か! 誰か助けて!」


 その叫び声が少年のものなのか、少女のものなのか、耳を塞いだヴィクトリアには判断がつかなかった。


 ヴィクトリアはそこから背を向けて、逃げた。






******






 商店街を抜けてしばらく行くと、噴水のある公園が見えてきた。公園内にはアイスクリームを売っている露店もあった。甘い匂いに釣られてじっと見ていると、気付いたレインに「食べる?」と問いかけられた。ヴィクトリアは目を輝かせてこくこくと頷く。


 共に列に並び「ミルクだけのものでお願い」と注文をするが、レインはなぜだかヴィクトリアの分しか頼まなかった。

「食べないの?」と不思議そうに聞くヴィクトリアに、レインは、「俺はいいから」としか答えない。


 二人は近くの長椅子に腰掛けた。カップに入ったそれをスプーンですくって口に入れると、冷たさと共に甘さが口に広がり、幸せに包まれた。


 顔を綻ばせるヴィクトリアを眺めて目を細めていたレインは、突然立ち上がった。


「そろそろ歩き疲れただろう? 俺は馬を取りに行ってくるから、ここで待ってて」


「なら私も一緒に行くわ」


「俺一人でいい。ゆっくり食べてなよ」


 レインはそう言って、腰に下げていた二本の剣のうちの一本を、鞘ごとヴィクトリアに差し出した。


(何だろう? 護身用?)


 受け取りながら戸惑うヴィクトリアにレインが告げる。


「これは元々は俺の親友の剣で、とても大事なものなんだ。君に預けておくから、必ず返してね」


 おそらく、一人にするけどこれを返すまでは逃げるな、ということだろう。


 正直、レインから逃げる気持ちはだいぶ失せている。


「親友……」


「そいつはもう、銃騎士隊にはいないけど」


 レインはどこか、寂しそうな顔をしている。


「もし誰かに声をかけられても、連れ合いがすぐに来るとだけ言ってあとは全部無視していいから。俺もすぐ戻るようにするけど、この場所から動かないで。間違っても誰かに付いて行ってはいけないよ。もし困ったことになりそうだったら、あそこに駆け込んで保護してもらって」


 レインの指差す先には、銃騎士隊の駐在所があった。建物の中に隊服を着た銃騎士の姿が見える。


「レイン」


 ヴィクトリアは立ち上がり、行ってしまいそうになるレインに声をかけた。


「私、あなたともっとよく話がしたいの。その親友のこともそうだし、私が知らないあなたのことをもっと知っていきたいの。それに…… あなたにきちんと話をしなければいけないことがあるのよ…… 大事な話なの」


 ヴィクトリアの瞳が、不安そうに揺れている。レインがヴィクトリアに近付いてきて安心させるように頭を撫でた。


「うん、わかった。戻ったらちゃんと話をしよう。俺も話したいことがあるから」






 アイスクリームを食べ終えたヴィクトリアは、一人長椅子に座りながら握り込んだ剣を見つめた。少し鞘から抜いて刃の部分を確認する。


 レインの身体から獣人の血が濃く漂うのに対し、この剣からの血の匂いは薄い。しばらく使われていないようだが、きちんと手入れはされていて、レインが大切にしているのがわかる。


 レインの親友の剣。


 きっとその親友は、レインが辛い時に彼の支えとなったのだろう。


 いない、というのは、銃騎士隊はやめてしまってどこかで元気にしているのか、それとも、もしかしたら親友は死んでしまっていて、この剣を形見として持ち歩いているのか、そこら辺は聞いてみないとわからない。


 親友のことだけではない。レインについて知らないことはたくさんある。


(あれからもう、六年経つのね……)


『あの時』から、レインがどういう人生を歩んできたのか、ヴィクトリアは知らない。


 話をしなければいけないと思う。話す機会は何度かあったのに、勇気が出なくてずるずると先延ばしにしてしまった。


 レインはどう思っているのだろう。


 レインはあの時のことを何も言わないが、覚えていないはずがない。 


 今でも、汚されて自ら死を選んだ少女の姿が目に焼き付いたまま、鮮烈な光景となってヴィクトリアの身の内に刻まれている。そして、全てに絶望した少年の姿も。


 あの時ヴィクトリアを睨んでいたレインの表情がずっと忘れられない。お前を殺してやると、顔にはっきりそう書いてあるようだった。


 ヴィクトリアはずっと悔いていた。もしも時間が巻き戻るなら、あの時とは違う選択をするのに。


 里から逃げ出して林の中でレインの姿を認めた時から、彼があの時の少年であることは気付いていた。


 レインはヴィクトリアを殺したいに違いないと、再会してからずっと思っていた。小屋で話をしてくれなかったのも、憎まれているのだから当たり前だと思っていた。だから好きだと言われた時は意味がわからなくて驚いた。


 六年前のあの時、レインがヴィクトリアに向けた殺意は真っ当なものだ。結果論ではあるが、ヴィクトリアはレインの家族を――彼の大切な少女を見殺しにしたのだから。


 本当はヴィクトリアならシドを止めることができたはずだ。けれどあの時のヴィクトリアは、上手いあしらい方も知らず、シドが絶対的な恐怖の対象だった頃だ。助けに入ったが最後、欲情したシドに今度は自分が襲われる番になると思った。


(まさか、死んでしまうなんて思わなかった…………)


 シドが狩場で女を見初めることはよくあることだ。その場で事に及ぶこともままあった。シドが自分のものにすると決めた女は、全員里に連れて行かれて、飽きるまで抱き潰されることになる。


 あの時もそうなるだろうと思っていたが、結末は予想とは全く違うものになってしまった。


 もし、少女が死を選ぶと予めわかっていたら、あの時のヴィクトリアでも助けに入ったかもしれない。


 シドは、ヴィクトリアの父親だ。身内の凶行を止める責任がヴィクトリアにはあった。少女の代わりに✕されることになったとしても、それでも、止めなければいけなかった。関係のない少女が犠牲になっていいはずがなかった。


 自分と同じ年頃の少女が、純潔を奪われて死んでしまいたくなるほどの絶望を味わった。その絶望は想像するに余り有る。


 口と身体から血を流し横たわる少女の姿は、そうなるかもしれなかったヴィクトリア自身の姿だ。


(本当は、たとえ自分が死ぬことになったとしても、止めなきゃいけなかった)


 あの時のヴィクトリアにとっては、行われていることの全てが怖ろしく…… ただ、怖ろしく…… ヴィクトリアは自分を守るために逃げたのだった。


 ヴィクトリアに出来たことは、ほとぼりが冷めた頃に戻り、生き残ったレインを助けたことくらいだった。


 本当はあの子も助けることができたのに、怖くてそれをしなかった。その結果彼の大切な少女が死んだのだ。






 それでもレインは、私を許してくれるだろうか。


 私を、愛してくれるだろうか。






 ヴィクトリアだって、もしもリュージュが同じように激しく損なわれて死んでしまったとしたら…… それを助けられた人物がいたのに見殺しにしたとしたら…… そんな相手、きっと許すことはできないと思う。


 自分の罪を話すのが怖い。でも、話さないといけない。


(揃いの指輪を買ってくれると言われて、とても嬉しかった。この人と一緒に生きて行きたいと思った。私もあなたを愛していると言いたかった)


 でもこのまま何も償うこと無く、一緒になんてなれない。


 なってはいけない。


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