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獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~  作者: 鈴田在可
対銃騎士隊編

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27 敵の敵は味方?

ヴィクトリア視点→三人称→ヴィクトリア視点

 ヴィクトリアは目を覚ます。夢は見なかった。ただこんこんと眠り続けていたようだ。北側の窓の向こうが薄く青色に変わっている。黎明を迎えているようだが、小屋の中は依然薄暗い。


 ヴィクトリアが横たわる寝台のすぐ側に知らない少年が立っていた。髪も瞳の色も同じ茶色で、顔立ちは鋭くキリッとした印象のある同じ年くらいの少年だ。


 その人物は、ヴィクトリアが目を覚ましたのに気付くと彼女の顔を覗き込んできた。


「おはよう、姫さん」


 冷徹な印象を感じたのは一瞬で、少年が満面の笑みを浮かべると表情が一気に温かみを帯びた。


 至近距離に異性の笑顔があり、その衝撃で一気に覚醒したヴィクトリアは掛かっていた布団を跳ね除けて寝台から飛び降りた。足枷はそのままだがなぜか手枷が無くなっていたので普段と同じように動けた。警戒するように距離を取ろうとするが、少年はヴィクトリアが動くのと同じ速度で嬉々として彼女に張り付いてくる。


「姫さーん!」


「誰? 何? 何なの? 近くに寄らないで!」


 柵の内側を必死で逃げるヴィクトリアに対し、少年は彼女を見てニコニコと笑いながら追い付いているのでかなり余裕がありそうだ。少年からは人間の匂いがして獣人ではないようだが、なかなかの手練だ。


「酷いな姫さん、俺だよ俺、俺俺」


「あなたなんか知らないわ!」


「酷いよ、俺と姫さんの仲じゃないか。姫さぁぁぁん!」


 少年が腕を広げ締まりのない顔で抱きついてこようとするので、ヴィクトリアは悲鳴を上げた。しかし寸前でレインがヴィクトリアの目の前に立ちはだかって後ろ手に庇ったのと、ジュリアスが少年の襟首を掴んで止まらせた。


「浮かれるのはわかるがやりすぎだ、オリオン」


 ジュリアスが少年を窘める。少年はオリオンという名前らしい。


 寝起きに見知らぬ少年に追い掛け回されたせいで昨日の記憶が一部飛んでいたが、レインの背中を見て昨日起こった大変な出来事を思い出した。シドに見つかったのだ。ついでにレインにとんでもないことを口走った記憶も蘇ったが、その部分に関しては記憶が飛んだままでいてくれた方が良かった。


(むしろレインの記憶こそ飛んでいてくれないかしら)


 赤面ものの失態だが、今はそんな事よりもシドだ。神経を集中させて探れば敷地内の離れた所からシドの気配がする。シドは――――――昨日よりも怒り狂っている。ヴィクトリアはよろけてその場に蹲り、顔面蒼白になってぶるぶると震え出した。


 動いたのはオリオンだ。


「大丈夫だから、安心して」


 オリオンはレインとの間に割って入ると、ヴィクトリアの額に右手を置いた。途端、脳内にとある絵がはっきりと浮かび上がる。


 赤髪の男が壁や天井から伸びる数多の鎖で繋がれ吊るされている。鎖の全てに黄白色の光を放つ不可思議な帯が螺旋状に巻き付いていた。シドの顔下半分から顎にかけて鈍色をした金属製のマスクが覆っている。


 シドがおもむろに鎌首もたげた。赤い血のような瞳が強い殺意を持ってこちらを向く。ヴィクトリアの喉の奥からひっと悲鳴に成りきらない声が漏れた。


 目の前に浮かんでいた光景が消える。レインが眉根を寄せながらオリオンの腕を掴んでヴィクトリアから手を離させていた。


「今のは…… 夢?」


「いや、現実だ。シドを捕まえた」


 ヴィクトリアはそう話すオリオンを見つめて目を瞬かせた。


「今、何て言ったの?」


「シドを捕縛した。その場から一切動けないように封じ込めてある。姫さんにはもう指一本触れさせないから安心してくれ」


 ジュリアスはオリオンがヴィクトリアの額に手を置いた時からずっと、険しい顔をしている。


「オリオン……」


 呟いたジュリアスの口調は咎めるようなものだが、オリオンに悪びれた様子はない。


「いいだろ、俺の能力が少しくらいばれたって。姫さんは俺にとっては身内みたいなもんなんだよ。それで姫さんが安心してくれるなら安いもんだ」


 ヴィクトリアは混乱し、頼るような視線をジュリアスに向けた。


「オリオンが君に見せた光景は現実だ。俺たちはシドを捕まえた」


 ジュリアスがオリオンの言葉が真実であると後押しする。


 ジュリアスの身体からシドの匂いがする。この人は確かにシドと一戦交えている。なのに、ジュリアスに目立った怪我はない。隊服は所々破れたり汚れたりしているが、彼はシドに痛めつけられることなく生きている。


(そんな馬鹿な)


 こんな奇跡みたいなことが起こるのだろうか。


(まさかシドに勝てる者がいるだなんて)


 再び集中して気配を探ってみても、シドは怒ってはいるが同じ場所に留まったままだ。この距離ならシドはヴィクトリアの所在を把握しているはずだが、こちらに来る気配はない。


「シドの脅威は去った。もう怯えなくていい。君の苦しみは終わったんだ、ヴィクトリア」


 そう言って、美しい顔に極上の笑みを讃えるジュリアスを、ヴィクトリアは呆然と見上げていた。


(この人は、神か何かか?)











 ヴィクトリアは寝台の上で薄掛けの布団に包まり足を抱えて座り込んでいた。ヴィクトリアの手枷は取り払われたままだ。


『姫さんに枷付けるとか信じられないよな。俺が猛烈に抗議してやったよ。手枷は外してもらったけど、足枷はどうしてもだめだって。まったく、しょうがない連中だよね』


 外してもらえたのはあのオリオンという少年のおかげだ。前に会ったことがあるような口振りだったが、ヴィクトリアに覚えはない。彼は最初からヴィクトリアに打ち解けた様子で気さくに話しかけてきた。不思議な少年だ。そして奇妙な能力を持っている。


 ヴィクトリアに親しげなオリオンとは逆に、レインは早朝のやりとりにおいて一言も言葉を発しなかった。


 後処理があるといってジュリアスがオリオンと共に小屋から出て行った後しばらく二人きりだったが、レインはやはり何も話さなかった。きっと昨日のヴィクトリアの発言を呆れているに違いない。


 ヴィクトリアは正直そんなことはどうでもいいような心境に陥っていて、自分からレインに話しかけることもしなかった。


 小屋の中を太陽の明るい光が入り込み始める。朝食が運ばれてきて、付随するようにジュリアスがやってきた。レインは鍵束をジュリアスに渡すと小屋から出て行った。


 鉄格子の小窓が空いて平台の上に食事が載ったトレイが置かれたが、ヴィクトリアは寝台の上で膝を抱えたまま動こうとしない。


「どうしたんだ? ヴィクトリア」


「いらないわ」


 距離が測れるほどの場所にシドがいる。胃が押し潰されそうだ。食事をする気になんて到底なれない。


 シドは怒り狂っている。 


(シドを拘束しているあの鎖が外れたらどうなってしまうのだろう。怖ろしい)


「ごめんなさい。食欲がないの。悪いけれど下げてもらえる?」


「ヴィクトリア……」


 心配そうに名を呼ばれたが応えず、ヴィクトリアは頭からすっぽりと薄掛けを被り、寝台に横になってジュリアスから背を向けた。






 昼食も同様に拒否してヴィクトリアは寝転んでいた。朝から何も口に入れていない。胃の中は空っぽで、喉の奥も乾いて身体が食物を欲しているのは理解していたが、それを思考の脇に追いやる。もう何もしたくなかった。


 鉄格子の内側まで入ってきたジュリアスに、何度か水分くらいは摂るようにと促されたが全て無視し、ヴィクトリアは寝台の上に身体を投げ出していた。


 目を閉じて眠る。身体は疲れていないのだが動かすのがひどく億劫だった。眠りに誘われながら、このままもう二度と目覚めなければよいのにと願った。


 人の気配と、カラリと氷が揺れる音で目を覚ます。爽やかな香りがした。見ればレモンの輪切りを縁に飾ったグラスを乗せたトレイを、ジュリアスが持っている。


「これなら飲めるんじゃないか? 好きなんだろう? レモネード」


(この人はなぜ私の好物を知っているのだろう)


 ヴィクトリアはジュリアスに投げやりな視線を向けたあと、ぷいっと背を向けてまたふて寝する。


 カタリとテーブルの上にトレイを置く音がした。ジュリアスが近付いてくる。少しひんやりとしたジュリアスの指先がヴィクトリアの前髪を上げて、額に触れてくる。


「熱はないよな」


 ジュリアスの手が動いた。頭を撫でられる。


「ヴィクトリア、一人で抱え込むな。辛いことがあるなら話してみたらいい」


 ヴィクトリアは黙ったままだった。






 夕方になり西側の窓から橙色の光が差すが、それも段々と消え始める。早めの夕食が届けられたが、やはり口にする気にはなれない。


 ヴィクトリアはテーブル前の椅子に座らされていた。ジュリアスがフォークに肉片を刺してヴィクトリアの口元に持っていくが、彼女は頭を振った。ジュリアスがため息を吐く。

 ジュリアスはフォークを皿に置いて水の入ったグラスを持つと、ストローをヴィクトリアの口元へ差し出した。暗い顔をしたままのヴィクトリアは硬く口を引き結んでいる。


「朝から何も食べていないじゃないか。せめて水くらい飲みなさい」


 ジュリアスにそう言われるのは何度目だろう。


「何もいらない。私のことは放っておいて」


 ジュリアスは眉根を寄せているが、心配そうな顔をしていた。


 いきなりノックも無しに小屋の扉が開いた。現れたのはレインだ。

 ジュリアスが鉄格子の鍵を開けてレインを招き入れる。もう交代の時間だ。


 すっかり冷めてしまった料理を見たレインは、つかつかとヴィクトリアに歩み寄った。


「なぜ食事を拒否する」


 強い口調で咎められたが、ヴィクトリアは返事をしない。


 レインがフォークを口元へ持っていくがヴィクトリアは食べないし、水を飲ませようとしても無駄だった。


「飲め」


 全く口を付けようとしないヴィクトリアを見て、だん、とレインがテーブルに手を叩き付けた。レインは苛立っているようだ。


「口移しで無理矢理にでも飲ませてやろうか」


 ヴィクトリアの身体が強張った。


「やめないか」


 ジュリアスが止めに入る。


「レイン、外に出ていろ」


「だが――」


「出ていろ」


 有無を言わせない響きがあった。レインは不服そうな様子だったが、鍵束を受け取ると外へ出て行った。


「レインはあれで君を心配しているんだ。悪く思わないでくれ」


 俯いて身体を硬くしているヴィクトリアに、ジュリアスが優しく語りかけた。


「可哀想に、ずっと怖かったんだね」


 ジュリアスが近くに寄り、跪いてヴィクトリアと目線を合わせてくる。


「本来なら全幅の信頼を寄せて守ってくれるはずの相手からずっと狙われていたんだ。辛かったな」


 ジュリアスの手が伸びてきて、ヴィクトリアの手を強く握った。


「過去の出来事は、消せないし覆せない。起こった事を無かった事にはできない。過去の悲劇を見なかったことにするんじゃなくて、理解して飲み込んだ上で押し潰されないように強くなれ。少しずつでいいんだ。大丈夫、君なら乗り越えていけるよ。君は諦めずに抗い続けた。だからここまで来られた。君は偉いよ。自分をしっかり認めてやることだ。生きなさい、ヴィクトリア。君は幸せにならないといけないよ」


「……幸せになんて、なれるのかしら」


「幸せになろうとし続ける限り道は閉ざされない。放り投げたらそこでお終いだ」


 ジュリアスがヴィクトリアの目の前に水の入ったグラスを差し出す。


「飲める?」


 ヴィクトリアはグラスを眺めた。次いでジュリアスの顔を見て、頷く。


 グラスを手に取ってストローを口に咥える。氷は溶けてしまったが、まだ冷たさが残る水が身体の中に染み渡った。


「食べられそうか?」


 ジュリアスに促され、ヴィクトリアは料理に手を伸ばした。切り分けられた肉片を摘んで口に入れる。


 美味しかったけど、涙の味も混ざっていた。


 ジュリアスが布ナプキンで涙を拭ってくれたが、拭いたそばから涙が溢れて頬が濡れていく。布ナプキンを受け取ったヴィクトリアは自分で瞼を抑えた。


「もう何も我慢するな」


 ひとしきり泣いたあと顔を上げれば、ジュリアスが安心させるように笑んでくれる。


 とても頼りになる、優しい人。


 リュージュ以外で、初めて信頼するに足る人物に出会えた気がした。


 ヴィクトリアはジュリアスに心からの笑顔を返した。






******






 レインは薄く開けた扉の隙間から、中の様子を窺っていた。


「……」


 レインは二人の様子を、ただ眺めるだけだ。






******






 夕食が終わるとジュリアスは見張りをレインと交代し、皿の乗ったトレイを持って去って行った。


 昼間もそうだったが、シドへの警戒でそちらにかなりの人員が割かれることになったらしく、物々しかったヴィクトリアへの監視は薄くなった。建物の周囲に配置されていた者たちは全員いなくなり、今日からヴィクトリアへの見張りは一人だけになった。昼はジュリアス、夜はレインだけになる。


「ヴィクトリア」


 名前を呼ばれてヴィクトリアは、はっと顔を上げた。小屋の中には自分とレインしかいないのだから、呼んだのは彼以外ありえない。


 ヴィクトリアはレインに話しかけられたこと、何より初めて名前を呼ばれたことにかなり驚いた。


「ジュリアスにあまり心酔するなよ」

 

「……どうしてそんなことを言うの?」


 ヴィクトリアはレインを見つめた。レインの表情も、意図も読めない。


「あいつはああ見えて、冷酷な男だ」


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