15 獣人の国
シド視点→ヴィクトリア視点
真っ赤な薔薇の花束を五つ携えたシドは、異変に眉を顰めつつも、いつものように墓地に向かった。
待ち受けたように墓の前にいたヴィクトリアに、「これはお前のだ」と花束の一つを渡してから、残りの四つを墓前に供えた。
「で、これはお前の仕業か?」
シドかかつて愛した女たちの墓前には、シドが供えた真っ赤な薔薇の花束の他に、もう一つ、色とりどりの種類の花々でまとめられた花束が飾られていた。
これらの花束はヴィクトリアが供えたものだが、類稀な程に強すぎる嗅覚を持つシドは、それらの花束が、いきなり何も持っていなかったヴィクトリアの腕の中に出現したことには気付いていた。
なのでシドは、ヴィクトリアがとうとう妙な術の力に本覚醒したのかと思い尋ねてみた。
「いいえ、私じゃないわ。でもね、マグが言うには、私は魔法が使える可能性があるみたいなの。
お伽噺みたいにすごく不思議なことだと思うけど、シドは信じてくれる?」
「マグ」というのは、ヴィクトリアが夢の中でよく見る「マグノリア」という名の人間の女のことだ。
ヴィクトリアがその「マグ」という女の夢を見る時は、いつも幸せそうなので、シドが嫉妬に駆られて問い詰めた所、名前と、里から出て行ったシドの長男ロータスの番であるということは判明している。
「信じるも何も無い。処刑場で俺が死にかけた時に、氷の壁を出現させて俺を守ったのはお前だった。お前には何か力があるだろうとは思っていた」
「ねえシド、私、あなたに言っていなかったことがあるのだけど、怒らないで聞いてくれる?」
「内容による」
答えながらシドはヴィクトリアに近付き、その腰を抱いた。今の話の内容から、花束を出したのはその「マグ」に違いなく、たぶん近くにいるはずで、ヴィクトリアを奪われる可能性を恐れたからだ。
「大丈夫よ、私がシドの前からいなくなることは絶対にないから」
ヴィクトリアは番になって以降、以心伝心のようにシドの心を読んでくることがある。
「あのね、その花束を出してくれた人が今近くに来ていてね…… それで、その人は『番解消の魔法』っていう、番の絆を切って、番ではなくさせる魔法が使える唯一の魔法使いなの。
だからその人に、『番解消の魔法』をシドの番たちに使ってほしいんだけど、そうすれば私たちは唯一無二の番同士になれると思うんだけど………… 魔法を使う前にシドと話がしたいらしくて、ここに呼んでもいい?」
ヴィクトリアが少し言い難そうに話しているのが気にはなったものの、「マグ」に会うのは構わないと思っていたシドは、二つ返事で了承した。
「良かったわ」
ヴィクトリアがそう言い終わるのと同時に、四つの墓の後ろにいきなり人影が現れた。
シドの嗅覚でも出現の前兆を察知できなかったことから、その人物が魔法を使って現れたのは明白だったが、誰が現れたのかが大変に大問題だった。
男は銃騎士隊の隊服ではなく、襟や裾に煌びやかな刺繍の施された、明らかに貴族と思われる格好で現れた。
いや、思われる、ではなくて、奴は現在確かに貴族だった。
シドの目の前にいるのは、最近婿入りで貴族家の当主となり、おまけに、処刑直前のシドを取り逃がすという大失態を犯したくせに、なぜか、二番隊長代行から銃騎士隊副総隊長に就任するという、訳のわからない出世を果たした男だ。
その場の空気を変えかねないほどの、憎たらしくも凄まじい美貌を放ちながらシドに貴族風の礼を取っているのは、処刑場で殺されかけたことからシドにとっては正に仇敵とも呼ぶべき、ジュリアス・キャンベル伯爵だった。
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ジュリアスが現れると、案の定シドが怒りの気全開になったので、ヴィクトリアはシドを押し留めた。
「シド! お墓が壊れちゃうから暴れないで!」
思った通り、墓は壊したくなかったらしいシドは、ジュリアスに攻撃は仕掛けなかったが、彼に射殺さんほどの激しい憎悪の瞳を向けている。
「その節はあなた様に刃を向けてしまい大変申し訳ありませんでした。あなたの怒りは当然のものです。
しかし、どうか私の話を聞いてください。『番解消の魔法』が必要なのではありませんか?」
「貴様、俺を脅す気か?」
「お気に召さないのであれば、私はここから去るのみです」
「…………目的は何だ?」
シドが険しい顔をしつつも話を進めてきたことに、ジュリアスは口元に僅かな笑みを乗せていた。
「話が早くて助かります。
魔法を使う見返りは――――――この地に獣人のための国を作っていただきたいのです」