2 オニキス無双
三人称
処刑場広場での戦闘は、アルベールとレインの二人の間に巻き起こったものだけではなかった。
「あの男は西の里のS級獣人のオニキスだ! 捕獲しろ! 生死は問わない!」
叫んだのは、上級クラスの獣人の名前と、顔写真がある場合はそれらも全て把握している四番隊長だ。
四番隊長の号令によって、観客席から広場へと降り立ったオニキスに向かい、シドとの戦いで負傷していなかった銃騎士たちが一斉に発砲した。
ナタを投げてしまったオニキスは、鉛の銃弾を弾く得物は持っていなかったし、おまけに片手片脚を負傷中で松葉杖まで突いていたが、神業的な高速移動を披露して全ての弾道から逸れた。
弾丸だけではなく、急な「熱」も感じたオニキスが身を翻すと、オニキスがいた場所を炎の塊が襲った。
アークによる魔法攻撃だ。
ゼウスたちに対するヴィクトリアの猛烈な氷攻撃が止んだため、アークは、ヴィクトリアとアルベールについてはレインに任せることにして、自身はオニキスへの攻撃に参加していた。
アークはレインと同様に何人かの手練れの銃騎士に『身体強化の魔法』をかけ、複数でオニキスと対峙させた
オニキスは自分から積極的な戦闘を仕掛けるつもりはなかったが、ヴィクトリアたちの元へ向かおうとするのを邪魔されるので、仕方なく向かってくる者たちに攻撃を加えていた。
オニキスが、斬り掛かってきた銃騎士たちの斬撃をひらりと躱して連続で彼らの身体に手刀を入れると、『身体強化の魔法』で屈強になっていたはずの銃騎士たちの身体が、悉く広場の壁まで吹っ飛んだ。
「あ、ヤベ」
飛ぶ銃騎士を見たオニキスは、思わず『やっちまった』というような表情でそう呟いていた。
オニキスの反撃にあった銃騎士たちは全員、壁にぶつかった衝撃ではなくて、オニキスの軽すぎる手刀の衝撃によって血反吐を吐き、空中を飛んでいる最中にはもう気絶していた。
いつも料理ばかりしているオニキスは、ごく稀にしか戦わないので戦闘勘もあまりなく、手加減具合は適当なのだが、そこからは指先でツンと突く程度に留めることにした。
それでも、アークの魔法で強化されて強さを得たと確信した銃騎士たちがオニキスに突っ込むが、その全員が嵐に遭遇したかのように漏れなく吹っ飛び、地面に沈んでいった。
毒を受けて瀕死のアルベールと、ヴィクトリアの元へ向かおうとするオニキスの移動に合わせて、屍になりきらない気絶した銃騎士たちの身体が累々と積み重なっていく。
オニキスの化け物じみた強さに、銃騎士たちの顔は総じて引き攣っていた。
「嬢ちゃん! アル坊を連れて逃げろ! 走れ!」
炎攻撃を避け、銃騎士たちを指一本で吹き飛ばしながらヴィクトリアたちのいる場所へ近付くオニキスが、突然叫んだ。
「俺が何とかする! 逃げろ!」
言われたヴィクトリアは最初、アルベールに治療魔法を掛け続けながら戸惑った表情を見せていたが、続くオニキスの言葉を受けて、アルベールを腕に抱えて走り出そうとした。
純粋な戦闘能力は低いヴィクトリアだが、それでも獣人なので、アルベールを抱えて移動するくらいはできる。
レインはそれまで、ヴィクトリアがアルベールを抱きしめていることに眉を寄せつつも、治療魔法が追いつかずにそのうちにアルベールが死ぬだろうと思っていた。
アルベールが絶命するまでを少し離れた場所から待つつもりだったレインは、ヴィクトリアがこの場から逃げ出そうとしたので、彼女を止めようとした。
ところが、レインは『身体強化の魔法』によって限界まで上げられた動体視力でも見えないほどの速さで、いきなりオニキスが目の前に現れたので面食らう。
次の瞬間にはオニキスに指で軽くトンと額を突かれていて、レインは何が起こったのかもわからないまま気絶していた。
オニキスは倒れ込むレインの身体を支えると、レインの隊服の中に手を突っ込み、嗅覚でアルベールに使われた毒の解毒剤を探って、目的のものを手に入れた。
レインは、もしもの場合に備えて毒と解毒剤はたいていセットで持ち歩いていたが、それが仇となった。
レインをその場に横たえたオニキスは、ヴィクトリアの後を追って超高速で追いつき、注射型の解毒剤をアルベールの首元に注射した。
オニキスがレインに迫ってから解毒剤を奪い、アルベールに注射するまでが数秒もない。
「先に行ってろ!」
「えっ! おじさん!?」
「族長も連れて帰る!」
ヴィクトリアは再び戸惑った表情でオニキスに呼びかけたが、返事をもらった時にはもう、彼は離れた地面の上に転がっているシドの生首に向かって走り出していて、首を奪われまいとする銃騎士たちを次々と地面に伸している最中だった。
オニキスはきっと誰にも負けないような気がしたヴィクトリアは、とにかく今はアルベールを安全な場所に移すことが先決だと、倒れているレインに後ろ髪を引かれる思いではあったが、処刑場広場の出口に向かって全力疾走した。




