4 あと一人
「もう時間のようです。さようなら…… お父さま……」
言い終わるのと同時に、周囲の景色が変わった。
ヴィクトリアは再び、あのキラキラ光る砂粒が広がる空間に戻っていた。
目の前には、消えてしまったヴィクトリアを探し回るシドがいる夜の風景が広がっていたが、それも次第に遠ざかり――小さくなったのかもしれないが――見えなくなって、他の砂粒と変わらないほどの大きさになってしまった。
光る砂粒だらけの空間を漂うヴィクトリアには、身体の怠さと眠気が顕著に現れ始めていた。
自分の魔力が急速に消費されているようだと感じたヴィクトリアは、魔力を節約するために、かけたままだった姿替えの魔法を解いて、子供ではない自分の姿に戻った。
「まだよ…… まだ…… あと一人…………」
ヴィクトリアは魔法で過去に戻り、「見殺しにした」とずっと後悔していた過去を変えることができた。
ならばもう一人、救いたい人がいる。
「ナディア…… ナディア……」
ヴィクトリアはナディアも助けたいと強く願った。
ヴィクトリアは、ナディアの死の間際の思いを知っている。あんな死に方で人生が終わるなんて、悲劇でしかないし、ナディアには生きてやるべきことがあると思った。彼女は死んではいけない人だ。
本当は、ヴィクトリアはできることなら、七年前に亡くなった自分の母オリヴィアも助けたかった。
けれど母が亡くなったのは病気が原因で、どの時点に戻れば母を助けられるのかわからなかった。
それに、昔読んだ魔法書には、治療魔法にも限界があると書かれていたから、治療魔法だけで完全に母の病を治すことができるのか、現段階では確証がなかった。
あの瞬間に、飛んできた銃弾を避けさせることさえできれば、ナディアを助けられる。
(ナディア――――!)
目の前に処刑場の風景が広がる。走るナディアがいて、それから、遠くから銃を構えた状態で、驚愕の表情になっているゼウスの姿が見えた。
弾が発射された、あの瞬間だ。
ヴィクトリアは、風景の中に片腕を突っ込んだ。
ヴィクトリアの肘から先が、薄い膜のようなものを破って「過去世界」に侵入した。
ヴィクトリアはナディアの身体を突き飛ばして、銃弾を避けさせた。
血飛沫が上がる。
ナディアは、走っている最中に思ってもみない方向から押されたために、地面に倒れてしまった。
けれど、ゼウスの撃った銃弾はナディアの腕の一部をかすったのみで、致命傷にはならずに済んだ。
「ナディアァァァァァぁぁぁっ!」
すぐに、オリオンことシリウスが、ナディアの名前を絶叫する声が聞こえてきた。
ヴィクトリアが「過去世界」から腕を引き抜くと、それまで聞こえていた音声は聞こえなくなったが、転移魔法で飛んできたシリウスが、すぐさまナディアに治療魔法を施していた。
ヴィクトリアはホッとした。ナディアは大丈夫だろうと思った途端に気が抜けてしまい、そのまま急速に意識が遠のいて、ヴィクトリアは気絶してしまった。




