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1　本能の叫び

リュージュハッピーエンドです

ヴィクトリア視点→三人称

　レインはヴィクトリアの心臓目掛けて、打突（だとつ）を放った。

　レインの剣はヴィクトリアの胸を裂き、真っ直ぐ心臓の中心部を貫いていた。

　ヴィクトリアに痛みはなかったが、衝撃は感じた。次いで心臓が悲鳴を上げるように痙攣し、鼓動を停止しようとしていることが、ヴィクトリアにははっきりとわかった。

（私は、もう死ぬのね……）

　愛する番（レイン）に殺されて――――

　涙が溢れ出してヴィクトリアの視界を覆う。

　レインが今一体どんな表情で自分を見ているのかはわからないが、彼が嗚咽を漏らして号泣しているのはわかる。

　レインがヴィクトリアの胸から剣を引き抜くと、ごぼりと音を立ててヴィクトリアは血を吐き、傷口からもおびただしい鮮血が流れて落ちた。

　不思議と痛みは感じないが、ゆらりと身体が揺れて目の前が霞む。

　このままでは確実に死ぬ。

　ヴィクトリアは、自分はレインに殺されても仕方がないことをしたと思っていた。

　だから、彼が自分に死んで欲しいと望むのなら、そうしても良いと思った。

　けれど、「悲しみ」としか表現しようのない言葉にならない感情が込み上げてきて、同時に、死にゆく自分の身体が悲鳴を上げているのがわかった。

　ヴィクトリアの中の何かが、「死にたくない！」と叫んでいる。

「レインへの罪を償うために殉じるべき」という、理性が出した答えに、ヴィクトリアの身体が全力で異を唱え始めていた。

　自身の心臓の機能が弱まっていく中、ヴィクトリアは頭の中でガラスが割れるような音を聞いた。

　――――解けた！

　ヴィクトリアの『番の呪い』についての知識は多くない。けれど、それが『呪い』が解けた合図だということに、ヴィクトリアはほぼ直感のように気付いた。

（死にたくない！　私は！　私は……っ！）

　ヴィクトリアが頭に思い描くのは、陽だまりのように温かく微笑む赤茶の髪の少年だった。ヴィクトリアが無性に会いたいと切望するのは、目の前にいるレインではなかった。

（リュージュに会いたい……　「ごめんね」って言ってから、死にたい）

　もしもレインへの『番の呪い』が、通常の番の絆と同等のもの――本物――であれば、ヴィクトリアは静かに目を閉じて、番が自分へと望む「死」受け入れただろう。

「生」を望むヴィクトリアは、過去に読んだ魔法書の知識を潜在意識下から蘇らせていた。人生初の治癒魔法を自分へ施せないかという考えが頭の中に浮かぶ。

　死の寸前でヴィクトリアが生きたいと強く願うと、彼女の全身から光が溢れた。

　治癒魔法の効果によってヴィクトリアの涙が消え始めると、光の向こう側に、レインが立っているのがわかった。

　レインはヴィクトリアを殺そうとした罪悪感からなのか、号泣しつつも、治癒魔法の光を溢れさせたヴィクトリアを見て、どこかホッとしたような表情も見せていた。

　元より、レインはヴィクトリアの死を心の底から望んでいたわけではないのだろう。

『人殺しなんて君には似合わない！　やめるんだ！』

　負の感情に支配されていたヴィクトリアに向かって、レインはそう呼びかけていた。

　ヴィクトリアのゼウスたちへの氷攻撃は既に止んでいる。

（きっと、レインは全力で私の凶行を止めてくれたのね）

　心の中にレインへの恋心はもう無かった。

　あるのは、レインの家族を見殺しにしてしまったという、罪の意識だけ――――

（私はどうしてあの時、あの子を助けようとしなかったのだろう…………）

　できることなら、あの時に戻ってもう一度やり直したい――――――

＊＊＊＊＊＊

　レインはヴィクトリアの心臓(急所)を刺したが、ヴィクトリアはその後に自分自身で治癒魔法をかけていた。

　アークは、攻撃に際しヴィクトリアが魔法で何かしらの対処をするだろうとは思っていた。

　だから、魔法で逃げられないようにと、ヴィクトリアの周囲のみに「転移魔法封じ」の魔法はかけていた。

　アークが転移魔法封じを処刑場一帯にかけなかったのは、ノエルが転移魔法でヴィクトリアの攻撃から逃げようとする場合に、その妨げにならないようにするためだった。

　ところが、ヴィクトリアの使う治癒魔法の光が消え去ったのとほぼ同時に、ヴィクトリアの姿もまた、処刑場から忽然と消えていた。

　ヴィクトリアがその場から移動するために使った魔法は、転移魔法ではなかった。

　ヴィクトリアはレインへの強い罪悪感から、ほとんど無意識的に、『過去干渉の魔法』を発動させていた。