113 心の天秤
*連動中(実質的前話)*
「その結婚お断り…」の「41 セシルの考察」「42 二つの禁断魔法」「43 『番の呪い』」
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レイン視点
レインはアークに身体強化の魔法をかけてもらった状態で、ヴィクトリアに近付く。
『攻撃力、素早さ、動体視力の全てを魔法を使って限界値ギリギリまで上げた。S級とは言わんがA級の獣人並の身体能力はあるだろう。魔法無しの状態であれば、ヴィクトリアよりも今のお前の方が強い。
ヴィクトリアの魔法攻撃は全て俺が防いで援護するから、気にせずに突っ込め。防御力も上げたから今のお前の肉体は鋼だ。もし氷柱が当たっても即死はしないだろう。すぐに治癒魔法をかけてやる』
レインは頭の中で先程までアークとしていたやりとりを反芻していた。
『レイン、確実に仕留めろ。無駄な温情はかけるな。むしろ、一思いに殺した方が苦痛も少ないだろう。
ヴィクトリアを思うお前に免じて、あの娘には感覚遮断の魔法をかけておいてやる。怒りに呑み込まれているあの状態では、実際に斬られる前にその魔法に気付かれる可能性も低いだろう。
痛みはゼロだ。ただ安楽に死なせてやるだけだ。
まあ、失敗したら俺がやるまでだがな。嫌なら確実に殺れ。
わかっていると思うが、妙なことは考えるなよ』
アークはレインの心の内に気付いている様子だった。
アークは、レインにとって今日まで親代わりのような存在だった。
アークとの出会いは、レインの故郷の村が焼かれて、家族を失った時だった。
レインは復讐を強く胸に宿して銃騎士になることを決意し、獣害対応のために村に来てた銃騎士と接触を図ろうとした。
その時にレインが声をかけた相手こそが、アークだった。
銃騎士になるための知識も金も何もなかったレインを、アークは首都まで連れ帰った。
銃騎士養成学校に入校するまでの短い間だったが、アークは自宅に住まわせてくれて、人並みの生活ができるようにしてくれた。
試験の手続きはもちろん、合格のために鬼かというくらいに身体を扱かれたり、筆記の勉強法も教えてくれたりと、時にはジュリアスを使ったりもしつつだが、アークは様々にレインの面倒を見てくれた。
あの人がいなければ、銃騎士になるにはもっと時間がかかっただろう。
アークが恩を売り、子飼いの手駒にしているような銃騎士は他にもいる。特段アークが立派な人間だったわけではない。
しかしそれでも恩は恩だ。レインは自らも進んでアークの手駒となり、アークがどういう人物なのかを間近で見続けてきた。
それはアークにも言えることだった。レインとアークにはどこか似通った部分もあり、レインの考えそうなことなどは、アークには筒抜けだろう。
レインの中では、ヴィクトリアに『人体発火の魔法』を使われるくらいなら、自分の手で楽に殺してやりたいという思いと、何とかアークを出し抜いて、この状態でもヴィクトリアを助けられる方法はないかと模索する思いが、同時に混在していた。
しかし、ヴィクトリアに近付くレインからは、後者の考えは失せかけていた。
魔法使いである二番隊長アークを出し抜くことは、自分では不可能である。
他の魔法使いの力を借りようとしても、ジュリアスは気絶、ノエルはヴィクトリアの攻撃を防ぐので精一杯だ。
あまり頼りたくない最終手段セシルまでもがなぜかぶっ倒れていた。
唯一動けるのはシリウスだが、ナディアの死亡で精神がどうなっているのかがわからない。
破綻寸前でなければいいが、仮にシリウスに頼み事をしようにも、その間にアークがヴィクトリアを殺してしまう可能性の方が高い気がした。
(この場での最善策は、アーク隊長の気が変わらないうちに、ヴィクトリアをできるだけ苦しめないようにして殺すことだ…………)
ヴィクトリアに近付くと、先程も受けた冷たい雪混じりの吹雪が吹いてきて、レインを遠ざけようとする。
しかしヴィクトリアはゼウスたちへの攻撃のように、殺傷能力の高そうな氷柱攻撃をレインに仕掛けてくることはなかった。
ヴィクトリアはレインを殺そうとはしないが、近付こうとするレインから何度も距離を取り逃げ続けた。
変わらずにゼウスたちに向けられているヴィクトリアの魔法攻撃は凄まじかった。仮に遠くから弾丸を飛ばしたとしても、気付かれれば氷か吹雪で弾き飛ばされてしまいそうに思えた。
「接近して剣で殺すのが良いだろう」と、レインはアークから前もって指示を受けていた。
それから、ヴィクトリアに近付こうと繰り返す途中で、アークは精神感応でこうも付け加えてきた。
『ヴィクトリアは他の者は巻き添えで殺しても構わないようだが、レインだけは殺したくないようだ。この任にはお前が一番適任だったかもしれないな』
自分を見失った状態になっても、「信じない」と発言しても、ヴィクトリアはそれでも、レインへの気持ちがあるのだろう――――
(俺もヴィクトリアを愛している。愛しているからこそ、俺は…………)
レインは自分がこれからしようとしていることを、避けられないどうしようもないことなのだと、心の中で正統化しようとした。
しかし堪えようとしても、涙が溢れて止まらない。
こんなことは間違っていると、心の中で思う気持ちもあった。
レインの中では、ヴィクトリアを思う気持ちと、酷い死に方をした妹や父を思う気持ちが、天秤のようにぐらぐらと揺れていた。
『レイン、今だ』
精神感応でアークから合図が送られる。
アークとあらかじめ決めていた通り、瞬間移動の魔法によって、レインは一瞬でヴィクトリアの間合いに現れた。
何度も何度も何度も焦がれて、妹の死の際に初めて見た時から片思いし続けてきた、ヴィクトリアの美しすぎる顔がそこあった。
ヴィクトリアは驚いた顔をしていて、本当は抱きしめたいのに、レインは剣を持つ手を動かした。
たぶんヴィクトリアは魔法でレインに反撃をしても良かったはずなのに、何も仕掛けてこなかった。
もしかするとヴィクトリアは、至近距離からの魔法攻撃で、レインが死んでしまうことを恐れたのかもしれない。
レインの中では様々な感情が渦巻いていた。
レインの心の中にあった天秤が一方に傾く。
レインはヴィクトリアの心臓目掛けて、打突を放った。
《ハッピーエンドへの分岐点です》
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