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10 感情

R15

襲われている箇所があるのでご注意下さい


ヴィクトリア視点→三人称

 ヴィクトリアは十五歳になった。


 シドの執着は相変わらずだが、従順なふりをしていればそこまで酷いことはされなかった。少しだけあしらい方も覚えてきた。シドに向かって微笑みの一つでも浮かべれば、なぜか嬉しそうに見つめてくるだけで、その間は触れ合わなくて済む。


 愛の囁きが効いているのか、手を伸ばされた時に嫌と言ってもあまり怒らなくなった。ただし結局は触ってくるが。


 ウォグバードがリュージュを二度と宴会には出さなかったので、宴会場でリュージュがシドに突っかかることはなかった。


 ただ、一度だけリュージュが「狩り」に出た時に揉めたらしく、ヴィクトリアはその時参加していなかったので詳細は不明だが、以降リュージュが「狩り」に参加することはなかった。


 代わりにウォグバードに付いて里の守護の任に就いた。ウォグバードも里の警備が専門なので、「狩り」に全く出ない獣人がいること自体は珍しくない。不向きなものを連れて行っても足手まといになるからだろう。

 

 リュージュは格段に強くなった。まだ十四歳なのに、戦闘訓練で大人の獣人に勝ってしまう時があった。元々戦闘の才能があるのかもしれない。


 里からの脱出を果たせぬままだったが、ヴィクトリアはリュージュがいてくれればそれで幸せだった。











「リュージュ!」


 今日も今日とて二人仲良く東屋で過ごしていると、慌てて駆けて来る人物がいた。


 息咳切って走ってきたのは、シドの娘でありヴィクトリアの異母妹に当たる一つ下のナディアだ。

 背中まである茶色い髪をそのまま下ろした少女の顔立ちは至って普通。不美人ではないが、華がありすぎて美形揃いの獣人の中では地味である。おそらく人間であると言われても違和感がない。

 着ているものも紺のブラウスに焦げ茶のスカートといった色味を抑えたもので、たまたま今日だけその色を選んだわけではなくて、ナディアは常日頃から十代の娘としては色味が落ち着きすぎた服ばかり着ている。


「お願い、助けてほしいんだけど」


 ナディアは汗を掻き肩で息をしながら、切羽詰まった表情をしている。


「どうした?」


「ミランダが父様に手篭めにされそうなの!」


 ヴィクトリアは驚く。


(あの好色魔人の犠牲者が、また……)


 ミランダといえば「狩り」で連れて来られた人間の少女だ。獣人たちの下働きにされていたはずだが、ナディアよりも一つ年下だ。


 信じられない。憤りを感じる。


「リュージュにお願いがあるの、ミランダを自分の番にしたいから、襲うのやめてって父様に頼んで!」


「ええっ!」


「はあ? 何だそれ」


 ヴィクトリアとリュージュは同時に驚いた声を上げた。


(番? リュージュに番?)


「ちょっと待て、だいぶ困る」


 リュージュは困惑している。


「番のことは嘘でもいいの。とにかく今の窮地さえ切り抜ければあとは何とかなるわよ。父様のことだもの、平凡な人間の娘に興味なんて無くなるでしょ。もしそれでも狙ってるようだったら、ミランダ連れて里を出るから」


 引き気味のリュージュにナディアは必死で食い下がった。

 ナディアは連れて来られた人間の世話をするのが仕事だ。人間からしてみると、雰囲気が自分たちに近いので親近感が沸くらしい。

 最近は、特にミランダと仲良さそうに寄り添う姿を何度も目撃していた。獣人とか人間とか関係なしに助けたいのだろう。


「力にはなってやりたいけどさ、そもそも何で俺なんだ?」


「他にも頼んでみたけど意気地なしばっかりなのよ! この里で父様に面と向かって女を寄こせなんて言えるのは、あなたぐらいしかいないと思うの! お願い! 一生のお願いよ!」


 必死に頼み込むナディアはしかし、この場に現れた時から一度もヴィクトリアを見ない。


 ヴィクトリアとナディアには、ほぼ交流がない。


 それは流血事件が起こる前からだ。幼い頃から、一緒に遊んだことも、会話をしたこともほとんどない。ヴィクトリアと同じ空間にいると、ナディアはいつの間にか姿を消していなくなってしまう。

 元々の最初から、彼女はヴィクトリアを避けている節があった。

 だからといってヴィクトリアの悪口を言ったり攻撃的な態度を取るようなことはなかった。文字通り、避けているだけだ。


「そんな行き当たりばったりみたいな作戦があいつに効くのか?」


「お願い、時間がないの…… 他に方法が分からないし、駄目なら別の人に頼んでみるから」


 ナディアは涙ぐんでいる。


「わかった。助けに行こう」


 リュージュは頷いた。リュージュならそう答えるだろうと、ヴィクトリアは思っていた。


「ありがとう! 恩に着るわ」


 二人が走り出した。その後をヴィクトリアも付いて行く。


 リュージュは振り返って叫んだ。


「ヴィクトリアは来るな!」


「いいえ、私も行くわ」


 それを聞いてナディアも振り返ると、普段は直視してこないヴィクトリアの顔を見て、言った。


「危険よ! ヴィクトリア姉様は来ないで! 姉様はいきり立っている父様になんか近づかない方がいい、絶対」


 ミランダを助けたいと訴えた同じ顔で、真剣に止めようとする。


 ヴィクトリアは目を見張った。


 ナディアにはてっきり嫌われていると思っていたが、心配してくれているようだ。


 ヴィクトリアは僅かに微笑んで、首を振った。


「私も口添えするから。そもそも話にすら応じてくれないかもしれないじゃない。私のお願いなら聞いてくれるかも」


「無理するなよ、危ないと思ったら逃げろ」


 リュージュが心配そうな顔を向けてくる。


 危険なのは分かっているが、ヴィクトリアはその場の流れでリュージュに番ができたらどうしようと思っていた。気まぐれなシドが、族長命令でリュージュとミランダを本当に番にしようとするかもしれない。そうなったら、何が何でも全力で阻止しようと思った。


 ヴィクトリアは先程、リュージュに番ができてしまうかもと思った時、胸がざわついた。

 それがなぜなのかは、あえて考えないようにした。






 シドの館の四階、最上階に彼の部屋はあった。


 三人は扉の前に立った。中からはミランダがすすり泣く声が聞こえる。

 ナディアは扉をコンコンと叩いた。


「父様、ええと、お話があります。ここを開けてはもらえないでしょうか?」


『失せろ』


 にべもないが、ナディアは諦めない。


「とても大事なお話なのです。実はそこのミランダには将来を誓い合った男がおりまして、父様には大変申し訳ないのですが、譲っていただけないでしょうか」


 ナディアは肘で隣のリュージュを突いた。


「えーと…… 俺とミランダは、あ、愛し合っていて、つ、番になる約束をしています…… カエシテクダサイオネガイデス」


 恥ずかしいのか最後に至っては棒読みが酷すぎる。これでは演技だとばればれではないか。


 ヴィクトリアは慌てて何とかしようと、できるだけ優しげな声音で呼びかけた。


「シド、他の女の子に現を抜かすなんて、とても悲しいわ。とにかく話がしたいの。ここを開けてもらえないかしら」


 返事が無い。やや間があって、ガチャリと扉が開いた。


 シドの着衣に乱れはなかったが、連れているミランダは服を辛うじて引っ掛けているような状態で、下着と柔肌が見えていた。


 シドは扉を開けるや否や、リュージュの身体めがけて膝蹴りを入れた。

 

 リュージュは咄嗟に防御の姿勢を取ったが、後方に吹っ飛んだ。背中から廊下の壁に叩き付けられて、上体がずり落ちる。


「リュージュ!」


 シドは駆け寄ろうとしたヴィクトリアの腕を掴んで止めると、反対の手で捕らえていたミランダを、荷物よろしくリュージュに向かって放り投げた。


「きゃあ!」


 悲鳴を上げたミランダがリュージュに衝突する直前、ナディアが滑り込んで彼女の身体を抱き止めた。ミランダは無事だ。


「そいつはくれてやる。交換だ」


 ヴィクトリアはシドが扉を開けて現れた時から、ぞわりと全身が粟立っていた。


 シドがヴィクトリアを見る目つきは、じっとりと絡み付くような欲にまみれている。


 この目をした時のシドには近づいてはいけないと、本能に近い部分で知っていた。


 逃げようとしたが腰に腕を回され、抱き込まれる。


「は、離してっ!」


 密室で二人きりになんて絶対になってはいけないのに、無情にも扉は閉じられ、鍵を掛けられた。


 ヴィクトリアはシドの怪力に抗うこともできず、寝台まで引っ張り込まれてしまった。


「ヴィクトリア!」


 リュージュの声がした。扉を壊さんほどの勢いで激しく叩いている。

 

 シドは組敷いたヴィクトリアを瞳孔の開いた瞳で見下ろし、舌舐めずりをした。


 ヴィクトリアは赤い舌が蠢くのを見て悲鳴を上げた。


 シドの手がスカートをたくし上げて、太ももに触れる。ガーターホルダーに収めた短剣が揺れた。


「お前、肉付きが良くなったな」


 太ももに口を寄せられながら低い声で囁かれた。逃げようとして全身をよじるが、抑え込まれて動けない。シドに顎を掴まれて上を向かせられる。息が掛かるほどの距離にシドの顔があって、さらに近づいてくる。


 ヴィクトリアの全身を覆ったのは虚無感だった。これまでなのか。自分はもう、この男のものになるしかないのか。


 ヴィクトリアは気付かなかった。


 誰も内側の鍵には触れていないのに、その鍵が、勝手に動き――――開いたことを。


 そこからは一瞬だった。一瞬よりも短い時間だったかもしれない。


 開け放たれた扉からリュージュが飛び出し、ヴィクトリアの元まで駆け抜ける。


 リュージュの姿を認めた途端、ヴィクトリアは身の内に抑え込んでいたはずの何かが溢れるを感じた。溢れて零れてどうにもならない。その感情の名前を、ヴィクトリアは知っていた。











******






 リュージュはシドを殺すつもりで、抜身の剣を振り下ろした。


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