40※ お願い
~sideクロード~
ウェブズリー領についた。大きな街だが大通りにも人はまばらで活気がない。
「お店も閉まっているところがあるし、活気がないですね。」シェリルが心配そうに言った。
「商人が減って物が流れてこないのかも知れない。」
と僕も答える。
サルジャーノはそれほどまでに被害が大きかったのだろうか?
あの国の商人が動かないと物が動かない。食糧難になる地も多い事だろう。
流行病の陰はあちこちに差していて、ここでは領主までも臥せっている。
まだ未成年の息子が代理で指揮をとらなくてはならないほど困窮していた。
流行病はこの街ではかなりの拡がりを見せ、治療院は機能せず薬も手に入らない。商人も寄り付かなくなり、食料も薬も不足している。このままでは町中で餓死者が出ることになる。そんな状態だ。
さらにこの街では偽の聖女が出て多額の治療費を支払ったという。
なんて事だ。
何のために、サザーランド伯爵がシェリルの情報を流したのか分かっていないのか?
治療方法も予防方法も理解しようと、試してみようとしなかったのだろうか?
そんな大金を要求するような人物ではないことがあの手紙を見て分からなかったのだろうか?
怒っているのだろう。シェリルが何か言おうとして腰を浮かす。身元が分かるようなことを言うと困る。
僕はシェリルを止めて確認する。
「偽物の聖女のことは後でお訊き致しましょう。ですが本物の噂を聞いてはいなかったのですか?サザーランド伯爵領に数人を連れて訪れ、死者を出さずに治療し金銭も地位も要求しなかった。その治療法も予防法も無償で各国に提供したはずです。サザーランド伯爵から各地に手紙が送られましたがこちらには届いていないのですか?」
「届いております。ですが、届いたときには祖父は亡くなった後で、既に治療院も機能していなかったのです。私たちには旅の治療師に頼るしかなかったのです。」
だからと言って、シェリルを金銭を要求する偽物と同じだというような発言は許せない。
僕は何かを言おうとしていた。たぶん酷いことを言うつもりだった。
「諦めないでください!」シェリルが言った。
あぁ、彼女は自分が偽物と同類だと言われたことなど気にしていないのだ。
不幸を利用するような偽物に怒っているのだ。
彼女はなんて真っ直ぐなのだろう。
それに比べて僕の心の狭さはどうだろうか。
小さな子供を責めた僕は酷い大人に見えたことだろう。
治療を承諾した子息は隠すように泣いていた。
「偽物が治療した妹様がそのあとすぐにお亡くなりになられたのです。ご不快思われましたら申し訳ありません。」補佐官が静かにそう言うのを聞いて、僕はひどく後悔した。
だからだろうか、ウェブズリー子爵の治療が終わったとき、シェリル以上にきっと僕が安堵した。
目を覚まさなくても、呼吸が落ち着いていくのを見て緊張が解れていくのがわかった。
側にいた補佐官に子息に謝罪したいと伝えてもらう。
これは僕の自己満足だろうとわかってはいたが何か言わずには居られなかった。
しかし、謝罪をする機会は得られなかった。
一日が終わりどこか上の空だった僕に彼女が言った。
「大丈夫ですよ。お互いに誤解だったんです。領主様が良くなれば気にする必要のない誤解です。私たちが本物だと言う証明もしましたからもう疑われることもありません。悪いのは全部偽物聖女ですよ。先回りして貰ってクリスティーナ様に捕まえてもらいましょう。それで終わりです。」
彼女には僕が怒った理由も、今気にしていることもわかってしまうらしい。
「そうだね。」認めてしまおう。自分の心の狭さを自分の不甲斐なさを。
視線を彷徨わせて逡巡したあと、恥ずかしさを隠すように「聖女様にお願いがあるんだけど。」と切り出す。
「なんですか?」と聞いてくれたので
「ちょっとだけ元気を分けて貰ってもいいかな?」
やましい気持ちがあるのを悟られないようにお願いしてみる。
「良いですよ?どうするんですか?」
許可をもらったのでゆっくりと近付き、そのまま抱き締める。
「しばらくこのままでいさせて欲しい。」
きっと彼女は赦してくれる。
案の定、「大丈夫ですよ」と言って彼女も僕を優しく抱き締めてくれた。